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カタルシス  作者: つきたておもち
第1章
7/43

6

 しかし、月島はいったん止まってしまったその動作を再開させ、彼はそのままひと口、紅茶をこくり、と飲む。そして、手にしていたカップをゆっくりとソーサーに置くと、そうですね、と、肯定とも否定とも受け取れる答えを返してきた。

 その、月島の曖昧な返答から、月島が話したい内容の道筋が、タクヤにはよく見えない。月島が伝えたい意味や意図がうまく汲み取れずにいる。ゆえに、タクヤは月島の意図を訊ねようかどうしようか、と躊躇ったが、一拍置いたあと、月島さん、と呼びかけ、

「彼女が請け負っている月島さんの事務仕事と、先ほどの月島さんがおっしゃった僕とのビジネスの話とが、僕の中でうまく繋がらないのですが。」

 申し訳ありません、とタクヤは正直に月島へ更なる説明を求めた。

 そのタクヤへ、月島は、

「こちらこそ、永良さんを混乱させてしまうような物言いで、申し訳ない。順を追って説明します。最初は関係が無いような内容に思われるかもしれませんが。」

 と、居住まいを正し身体をまっすぐタクヤへ向けた。そして、少し間を置いてから、

「まず、永良さんの状態のことです。」

 月島が説明を始めたその内容は、確かに先ほどの月島からの「ビジネスの話」とは、かけ離れている気がする。

 けれども月島は順を追って説明をする、と言っていたので、タクヤは月島のその言葉に、話しの続きを促すようにうなずいた。

 月島はタクヤのそのうなずきにうなずき返すと、ありがとうございます、と礼を述べ、

「永良さんの今の状態から、永良さんの職場への復帰は、私の見立てだと、もう少し先なのではないかと、考えています。私のカウンセリングの結果を受け取った主治医から、これから永良さんが診察を受けて、その結果と永良さんの希望からいつ頃の復帰が良いのか、職場の方と相談の上決まる、といった流れでしょう。」

 そのように言葉を発してきた月島は、タクヤがカウンセリングを受けているときの雰囲気を纏っている。カウンセラーの顔だ。

 その月島の発言は、だいたい、そのような流れになるのだろうな、とタクヤも考えていたことを肯定する内容だった。といっても、仕事復帰への流れは口にすれば簡単に進みそうに聞こえるが、実際はタクヤの体調も、主治医と職場とタクヤとの遣り取りも、行きつ戻りつになるだろうと推測できるため、そう簡単にはいかないだろうとも思っている。

「とはいえ、早々の職場復帰はないでしょうし、私も勧めません。」

 月島はタクヤが考えていることを同調する内容を口にする。月島のその、専門分野の者からのその言葉に、やはり、と思ったタクヤに、

「それでですね、永良さん。私から永良さんが職場復帰までの間の過ごし方の提案、があるのですが。」

 そう、言葉を続けた。

 提案?と首を傾げるタクヤに、

「提案というか、お願いというか、永良さんの職場復帰までの、リハビリというか。」

「リハビリ、ですか?」

 月島の物言いは、やはりはっきりとしない。それは先ほど、月島がちらりと言った「ビジネス」と関係することだから、だろうか。けれども月島が今口にした、リハビリ、という単語は「ビジネス」とは繋がらない。

 そう訝しんでいるタクヤへ、

「わたしが担っている、センセの仕事の手伝いをお願いできませんか?」

 月島の隣で静かにタクヤと月島の話を聞いていた女性、橘が突然、言葉を挟んできた。

「月島さんの、仕事の手伝い、ですか?」

 月島の仕事を手伝う、ならば、それは確かに勤労、と位置づければビジネスだろう。しかしそうなると月島の仕事の手伝いとリハビリと、どう関係するのか。

 橘の発言の意図がよくわからず、怪訝な口調でそう言葉をタクヤは返す。

 月島はこれらタクヤと橘のやり取りに軽くため息を吐くと、コトネさん、と隣りに席する橘へ少し咎めの色が混じった呼びかけをした。橘は月島からの注意のような呼びかけに、はい、と返事をしたが、反省の色は見えない。ふわりとした笑顔を月島に向けただけだ。

 月島は橘のその笑顔に再び軽くため息を吐く。しかし、橘はそれにも気にする様子はない。

 彼らのやり取りから、このふたりの関係は果たして、雇用者と被雇用者なのだろうか、といった疑問がタクヤの中に浮かんできた。月島と橘の力関係が同等に見えなくもない。それとも、月島と橘は雇用者と被雇用者の関係ではあるが、橘の雇用期間が長期にわたっており、気安い関係、ということなのだろうか。

 ふたりのやり取りを不思議そうに見ているタクヤに、月島は再び視線を戻すと、率直に言いましょう、と、

「リハビリ、と言うのは、少しはその意味合いがあるので、そう言ったのですが。正直なところは、彼女が言うように、永良さんに私の仕事の手伝いを、つまり彼女の仕事の一端を担って欲しいのです。」

「橘さんのお手伝い、ですか。」

 そう願われても、タクヤは一般企業に所属している職員だ。勤務規定に副業禁止、と謳われてはいなかったとは思うが、そこは総務課に確認しなければわからない。しかも、副業が大丈夫だとしても、タクヤは今、病気休暇中であり、病気休暇中の職員が休業中に副業をするなど、常識から照らしてみても許されない。そのことは月島も重々承知のはずだ。

「えぇ、解っています。」

 タクヤの表情の変化に気づいた月島が、そう答える。

「永良さんは現在病気休暇中ですし、副業をするなどもってのほかだということは、理解しています。」

 しかも、と、

「だいぶんと調子が戻ってきたとは言え、私も直ぐに復職することは、先ほども言ったようにお勧めしません。」

 では、何なのだろう。


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