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カタルシス  作者: つきたておもち
第7章

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 そこは。

 茶色一色の世界は。

 前回訪れた時と比べ、一見、特に大きな変化は無いようだった。

 けれども『彼』の深層に降り立ったとたん、橘がタクヤの隣で息を呑むのがわかった。なぜ驚いたように息を呑むのか、その理由がタクヤにはわからない。

 タクヤから見る『彼』の深層は、前回に降り立った時と変わらない、茶色の景色。足下の砂地も一緒だ。

 砂地からひょろりと伸びている木々も歪に曲がりくねっていて、前衛的な風景は変わらない。

 ただ。

 タクヤの肺に入ってくる空気の澱みは、それほど気にならないくらいに清んできていた。

 それに。

「花が、咲いていますね。橘さん。」

 前衛的に曲がって伸びている木々の内の一本に、小さな白い花が一輪咲いているのをタクヤは見つけた。

「『彼』が元気な時は、この場にはあのような可愛い花がいくつも咲いていたんでしょうか。」

 タクヤにとっては、死にかけた世界だと感じてしまった、深層。生命の息吹が感じられなかった、世界。

 それが、ぽつんと一輪だけ、しかもそれはとても小さな花。けれども、この深層の『彼』は、小さくとも白い花をこの場に咲かせていた。

 そのせいなのか、少しだけではあるがこの世界にうっすらと光が射し、なんとなく明るいように感じる。

「今日も『浄化』をするんですよね。」

 この、状態が良くなったような変化の根源は、橘の『浄化』の力がほぼ占めているのだろうが、この変化の中にタクヤの微かに吹かせた風が少しでも役に立っていたのなら、嬉しい。

 そう思いながらタクヤは目を閉じ、いつも自身の中で『浄化』をしているように、水晶玉を感じる丹田辺りに意識を集中させ始める。

 が。

「永良さん。今日はこのまま何もせずに、戻ります。」

 隣りに立つ橘から、腕を取られた。

「え?」

 突然に腕を取られ、タクヤの集中は霧散する。

「『浄化』は、良いのですか?」

 せっかく、小さな花を咲かせることができるまで『彼』の深層は快復に向かっているのだ。更なる快復に向けて、支援をしなくても、良いのだろうか。

 けれども、橘はタクヤからの問いに答えず、

「戻ります。」

 タクヤの目蓋に手を置き、強引に深層から離脱させた。

 タクヤが開けた目蓋の先、そこはいつもの月島の診察室に隣接している事務室、だった。

 橘は、とタクヤから少し離れた場所の椅子に座している橘を見ると、普段と変わらない様子に見えたが。

「橘さん?」

 彼女の表情は、普段と比べ少し硬いようにタクヤには映った。

 橘は初めて出逢ったときから、ふわふわとした雰囲気を纏っていた。深層の凛とした、緊張感が漂うようなぴりっとした雰囲気とは、現実の彼女は真逆だった。

 ふわふわと。

 話すときはいつも柔らかな、優しげな笑顔を浮かべるので、タクヤは現実の橘とはあまり緊張せずに話すことができていた。

 たぶん、深層の橘を知らなければ、タクヤはもっと気さくに彼女と会話ができているのだと思う。深層の、あの、凛とした厳しさを纏った橘を知っているから、また、あの姿の橘が彼女の本質だと知っているから、現実のふわふわとした彼女を前にしても少しだけ、緊張が拭えなかった。

 その橘の様子が、今はそのどちらでもなかった。

 現実のふわふわではなく、深層の厳しさを纏ったものでもなく。

 例えるなら、緊張、困惑しているような表情の強張り。

 どうしたのか?

 もしかしたらあの深層でタクヤが気づかない間に、彼女の身に何かがあったのか。

 大丈夫か、と、タクヤが橘へ声をかけようと席を立とうとしたその時。

「コトネさん、大丈夫ですか?」

 診察室に続く扉がスライドして、月島が入ってきた。

 その、月島の感じは特に慌てている風ではない。いつもの月島と変わらないように見える。

 けれども、開いたままの扉の向こう、診察室の机の上には茶器が置いたままになっていた。

 平素なら月島は、カウンセリングを終えて事務室に戻ってくるときは、その手にカウンセリング時に提供していた紅茶の残りが入った茶器を載せたトレイを携えていた。それが今は、机に置きっぱなしであり、普段の彼とは違う行動をしている。

「いえ、センセ。大丈夫です。」

 と橘は、橘の前で片膝をつき、体調をうかがうように覗き込む月島へ、

「どうしたら良かったのか、わからなくて、混乱しただけです。」

 心配ない、とふわりと笑んだ。


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