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カタルシス  作者: つきたておもち
第6章

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 彼女のその反応から、タクヤのあの問いは、突拍子のないものだったということか。タクヤが抱いた疑問は、斜め上の考え方、だったのだろうか。

 タクヤにとって、少し居心地の良くない、沈黙の時間が再び始まるのか、と、自身が発した問いに後悔の念を持ったとき。

「コトネさん。それは、私にも答えがわからない永良さんの質問です。」

 月島がその沈黙を破って口を開いた。

 タクヤが、そして、考えるかのように目を伏せていた橘が、月島へと視線を移す。

「元々は、生まれつき、なのではないかと思っています。持って生まれた才能、というものだと私は考えています。」

 彼のカウンセリング時の、穏やかな雰囲気。独特の、抑揚のある科白が紡がれる。

「持って生まれた?」

 タクヤの聞き返しに、月島は、

「絵画や音楽の才能がある。運動神経が飛び抜けて良い、といったような類いのモノではないでしょうか。」

 と、うなずいた。

「じゃあ、たまたま僕はその才があった、ということですか。」

 タクヤからのその問いにも、月島はうなずく。

「コトネさんもそうです。大きな括りで言えば、私もそうなのでしょう。まぁ、私は永良さんやコトネさんのような、『浄化』能力は持ってはいませんが。」

 と、苦笑を浮かべた。そして、一拍を置いて、ただ、と、

「才があっても、それを護り育てることは、その本人次第です。とは言っても、当人を取り巻く環境も大きく影響をするでしょうが。」

 だから、と、月島は橘を見、次いでタクヤへと視線を移し、

「コトネさん、永良さんのあの輝く清んだ『浄化』の力は、様々な要因が絡んだものとはいえ、あなた方の心のありようだと私は思います。」

 敬服します、と笑顔を見せた。

 それは、カウンセリング時の爽やかな、笑顔。

 月島は、今、どのような心情でソレを語っているのか。タクヤ、橘へのカウンセリングのつもりなのか。初めて他人の深層へ降り立ち、少し自信を無くしてしまったタクヤへの、カウンセリングか。

「でも、センセ。」

 じっと、月島を見て、その言葉に耳を傾けていた橘が、

「センセもとても綺麗なモノを。他の誰もが持つことのない力を、お持ちじゃないですか。センセのその、誰しもが持つことのできないそのお力で、わたしは救われたのです。」

 と、静かに頭を下げた。

 その橘へ月島は軽くかぶりを振り、

「私の力はコトネさんのような相手自身の自浄を促すものではありません。…かなり強引だったでしょう。」

 困ったような表情で、

「アレは、コトネさんがその中に宿していた『浄化』の力のおかげで、上手く行ったのです。それまでは。」

 と、そこで月島は言葉を区切り、いったん黙す。そして、一拍置いたあと、

「私のモノは綺麗、ではなく、恐怖、です。それなのに、綺麗、と言っていただけると、嬉しいですね。」

 取り繕ったような弱々しい、笑顔を見せた。その、彼の笑顔は、タクヤにはとても意外で、そして新鮮に映った。

 人は、様々な顔を持つ。

 それは当然だ。

 裏の顔もあり、表の顔もある。意識せずに使い分けている者がほとんどだとは思うが、意識して分けて見せている者も確実に存在する。

 月島は後者だと、タクヤは思っていた。

 それは彼がカウンセラーといった、心理に長けた職業人だからだ。心理に精通していれば、己の心も他人の心も見透かし、理解とコントロールできるのだと、そう考えていた。

 特に月島は、人智を越えた不思議な力を持っている。

 けれども、彼が今浮かべているその表情は、彼が計算しての、彼が彼自身の心のコントロールをした上でのものではないように、タクヤには見えた。

 月島はいつも自身の行動に自信があるように、迷いなどないように見えていた。

 間違いなどない、と。

 自身が指し示す方向に、間違いはない、と。

 自信があるといった、そんな風に見えていた。

 だから。

 もしかしたら。

 今までの彼の行動から、言葉から鑑みると、この取り繕ったような弱々しい笑みも、計算してのものなのだろうか。

「私は今、そんなに情けない表情をしていますか。」

 と、突然、月島がタクヤを見て苦笑した。

 月島のその言葉に、タクヤの隣に座する橘が軽くため息を吐く。

「センセが永良さんに気を許してしまっている証拠です。以前までは、ツカサが居る前でしか、見せなかったのに。」

 なぜか少し拗ねた感がある。

 橘のその態度と言葉に、そうでしたか?と月島は意外だといった表情で首を傾げた。

 しばらくの沈黙のあと、月島は飲み干して空になってしまっているカップを両手で包み込むように持ち、少し目を伏せると、

「私の持つこの力は、受け止めた側にとっては、ただの驚異でしかないのです。この力は『浄化』といったものではありません。コトネさんや永良さんが内包しているあの綺麗な水晶玉では、決してない。」

 ぽつり、と独り言のような小さな声で、

「私が力を発揮するときは、無論、意識して力を使っていますが、」

 と。

 そこで月島は押し黙ってしまった。

 誰も言葉を紡がず、この場は静寂に包まれる。

 タクヤと橘は、月島から次の言葉が語られるのをただ静かに待った。

 それは、数分か。それとも十数分か。

 不意に、月島は伏せていた目蓋を閉じる。そして、ゆっくりと開けて、タクヤを見やってきたその瞳の色は。

「このまま『彼』の深層が、暖かくなれば良いですね。」

 柔らかな薄茶色の瞳。

 はい、とうなずく橘と黙したまま月島を見ているタクヤへ、月島はいつもの爽やかな笑顔を浮かべる。

「『彼』は再来週の土曜日の午後に来院予定です。そのときに、今日の『浄化』の評価をしましょう。」

 大丈夫ですよ、と普段と変わらない口調だった。

 月島はそれ以上は、彼自身のことを何も口にすることがなかった。タクヤも、敢えてソレを話題にしなかった。多分、橘もそうだったのだろう。

 月島は己の力のことに触れられるのを、忌避しているようにタクヤは感じた。橘から月島の力は綺麗で、月島のおかげで助かったのだと、感謝の念を伝えても、だ。あんなにも月島に傾倒していても。

 月島のこの応対から、とてもじゃないが、今は月島の力のことを問える雰囲気ではない。

 ゆえに訊きたい気持ちを呑み込みタクヤが口にしたのは、タクヤが次回の月島の診察室へ訪れる日時の確認、それだけだった。


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