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カタルシス  作者: つきたておもち
第6章

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「橘さん、ありがとうございます。」

 タクヤは再度礼を言い、いただきますと手にしていたカップに口を付ける。

「あぁ。美味しい。」

 ひとくち、口にし、思わずタクヤから飛び出した感想。

 砂糖が入っているのだろう。紅茶を口にすると、良い香りが鼻から抜けたのはもちろんのこと、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。また、生姜が入っているせいか、しばらくするとじんわりと身体が暖かくなってくる。

 気持ちの悪さ、澱みが清んでいくような感覚。

「上手く洗い流されていっているようで、良かった。」

 橘がタクヤの隣で、現実世界での、いつものふわりとした柔らかな笑顔を浮かべた。

「橘さん。僕、いつもの紅茶も好きですが、この紅茶も、とても美味しくて好みです。」

 タクヤ自身、気づかない間にかなり喉が渇いていたのだろうかと、自身が驚くほど、その紅茶をひとくち口にしたことをきっかけに一気に飲み干してしまった。

 この紅茶は、橘がいつものように丁寧に淹れてくれたものだ。茶葉も先ほど橘がタクヤに説明していたように、こだわっている。普段ならタクヤは、橘が丁寧に淹れてくれた紅茶をおしいただき、じっくりと味わっている。それが今は、果たして味わっているのか、と疑問に思うような、飲みっぷりだった。 

「お疲れだったんです。あの場は、寒かったですから。」

 一気に紅茶を飲み干してしまったタクヤへ、橘は特に気分を害している様子はない。もう一杯どうですか?と、ふんわりとした雰囲気は変わらないまま、訊ねてくる。

「あの場は、寒かった、ですか?」

 空になったマグカップを受け取ろうと手を差し出してきた橘に、タクヤは恐縮しながらカップを手渡すと、そう訊ねる。

 タクヤは特に、あの場が寒かったとは感じなかった。視覚的には、砂漠の茶色の風景だった。暑い、とも思わなかったが、寒いとも感じなかった。

 澱んだ空気が蔓延している、といったイメージだ。

 そういえば、タクヤはタクヤ自身の深層に降り立ったときも、暑いとか寒いとかといった体感の感覚や意識はなかった。

 感じていたのは、心地良い、といったものだ。

 爽やかな心地の良い微風が吹いていて。空気が清み、懐かしくて気持ちが良い場所といった、感覚だった。いつまでもあの場にとどまっていたい、そう願ってしまう場所。

「僕には、あの場所は、砂漠といったイメージだったので、寒くはなかったです。かといって、暑くもなかったですが。」

 タクヤのその言葉に、橘がタクヤからマグカップを受け取りながら、砂漠?と、首を傾げる。

「砂地でしたけど、砂漠、ではなかったですね。あの場所は『彼』の心情を映しているせいか、寒かったですよ。」

 紅茶を淹れてきますね、と橘は自身も飲み干して空としたマグカップも携えて給湯室へと入っていった。

 橘に指摘され思い返してみれば、確かにあの場は砂地ではあったが、砂塵は巻き上がっていなかった。足元は固めの砂地だった。砂漠のような、足元を掬われるような、足元を取られるような場所ではなかった。ざらざらとしていたが、歩きやすい地面、だった。

 見上げた空が、茶色に覆われていたため、この場は砂漠のようだとそう思い込んでいたのか。

「自己肯定感がとても低い方なんです。」

 月島がタクヤの斜向かいで、マグカップに口を付けながら、ぽつり、と言葉を落とす。

 指している対象者は、先程まで月島がカウンセリングをしていた、そして、橘とタクヤが降りていた深層の持ち主のことだ。

 受付のソファーで月島からのコールを待っている『彼』、つまりクライアントを視認したタクヤが彼に抱いた印象は、会社勤務をしている普通の青年、だった。それは、『彼』がスーツ姿で来院していたその姿からタクヤはそう受け止めたのだとは思う。

『彼』は見た目から、タクヤと年齢はさほど変わらないような印象だった。月島のコールを静かな佇まいで、ソファーに座って待っている『彼』は、心に何かの闇を抱えているような青年には見えなかった。タクヤが勤めている会社にも、タクヤの部署にも居るような健康的な雰囲気の青年だった。

「自己肯定感が、低い方、なんですか?」

 タクヤからの問いに、月島は、そうですね、と、

「正確には『彼』は、自己肯定感が下がってしまっている、という状態ですね。本来は実年齢相当の、しっかりとした自身の価値観を持っている人です。今までの生活歴の聞き取りをしても、それが崩れてしまった経験はなかったようです。あの年齢まで健全な育ちでこられた、といった、私の見立てです。」

 その『彼』の心が、あのような茶色一色の世界となってしまったのか。その理由は、何だったのだろう。

 月島はタクヤへ『彼』への見立てをそう答えた後、綺麗な所作で紅茶を数口、口にする。そして、永良さん、とタクヤを呼ぶと、

「『彼』の茶色の世界は、『彼』が元から持っていた深層です。自己肯定感が下がったから、ではありません。」

 タクヤが持つその考えを否定した。その、月島の否定に、タクヤは、え?と聞き返す。

「でも、『彼』の深層は茶色一色で、命の息吹は感じられなくて。橘さんは違うと言っていましたが、僕には死にかけた世界に思えて。」

 しかも橘は、あの場所は寒い所だと、言っていた。それは、『彼』の心情を表しているから、と言っていなかったか。


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