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カタルシス  作者: つきたておもち
第1章
6/42

5

 タクヤはこのカウンセリングを受けだして半年は経つが、初めて見た女性だった。そもそも、月島のカウンセリングの受診時、タクヤは月島以外の人物と出逢ったことがなかった。

 ここは心療内科に付随する「カウンセリング」といった、現在は随分と世間から受け入れられてはいるが、それでも偏見のこもった視線を投げてくる人が確かに居ることは否めない、診療科だ。それにここは、心になにかしらの病を持った人たちが扉を叩いているのだから、でき得るだけその視線を受けないように、また、同じ病を持っている人同士のニアミスを避けているといった配慮かもしれないと、月島以外の他人と出逢うことのない理由をタクヤは勝手にそう考えていた。

 つまり今、この、紅茶を注ぐ女性は、タクヤがこのカウンセリングを受けだして初めて出逢った第三者。

 タクヤがそっとうかがい見たその女性の年の頃は、20歳半ばくらいだろうか。タクヤよりも少し年下に見える。華やかさがあるわけではないが、ふんわりとした優しい雰囲気を纏っており、人混みの中、誰もが目を惹くような存在感はないが、少なくともタクヤだったら一瞬目を惹かれる、そのような柔らかさがある。彼女が着ている服装も、タクヤはブランドに疎くよくわからないが、シンプルなシャツとフレアスカートの、上下ともパステルカラーで、彼女の雰囲気に合った装いだった。

「永良さん、どうぞ。」

 紅茶が注がれたカップを目の前に差し出され、ふわりと微笑まれたタクヤは、いつしか彼女を注視していたことに気づかされる。

「あ。あの、あり、がとう、ございます。」

 いつしか彼女の横顔を注視していたタクヤのその行動に、注視されていた彼女に気づかれていた気恥ずかしさがあり、タクヤが発した感謝の言葉はたどたどしくなってしまった。

 しかし、当の彼女は、いいえ、と柔らかな笑顔とともにそう返事をし、先ほどまで月島が座っていた隣の椅子に、

「失礼します。」

 と、腰をかけた。

 彼女からなのだろう。先ほどにはなかった、少し甘い香りがタクヤの鼻腔をくすぐってきた。

 この彼女は、この場ではどのような立ち位置なのか。紅茶を振る舞ってくれたこと、タクヤの名字を知っていたことから、月島のスタッフだと推測はできる。ただ、いちスタッフが月島の披支援者であるタクヤと席を同じにはしないだろう。

 この彼女の行動は先ほど月島から発せられた「ビジネスの話」と関わることなのだろうか。

 そのように、タクヤがいろいろと推理を巡らせていると、

「お待たせしました。永良さん。」

 と、月島が隣室から戻ってきた。

 戻ってきた月島は、月島が席を立つまでに彼が座っていた椅子、つまり彼女の左隣に躊躇いなく腰をかける。たぶん、いちスタッフであるだろう彼女がこの場に居ることに、月島は何の疑問も呈さない。つまり彼女がこの場に同席するこのことは、月島の許可の下といったことだ。

 月島と彼女を意識せず交互に見やるそのタクヤに月島は気づくと、月島は、あぁ、と笑む。

「永良さんは彼女とは初めてですね。紹介させていただきますが、まずは紅茶を冷めないうちにどうぞ。」

 せっかく彼女が淹れてくれたので、とタクヤに勧めながら、月島はカップを持ち上げて紅茶のその香りを嗅いだあと、ゆっくりと口を付ける。月島が紅茶に口を付けたことで、月島の隣に座っている彼女も月島に倣いカップに口を付けた。彼らが紅茶を口にしたことからタクヤも紅茶の礼を言い、カップに口を付ける。

 いつもながら、良い香りがする紅茶だ。

 タクヤは普段は紅茶をあまり口にすることはない。だいたいは珈琲を選ぶ。とはいっても、珈琲の銘柄にこだわりがあるわけでもなく、緑茶か紅茶か珈琲かのどれか、となれば珈琲を選んでしまう、といったくらいだ。だから、紅茶の銘柄も全くといって良いくらい、わからない。わからないけれども、月島のこのカウンセリングの場で出される紅茶は、いつも美味しいと感じていた。もしかしたら毎回紅茶を淹れてくれているのは、このふんわりとした雰囲気の彼女かもしれない、とタクヤは新しく淹れられた紅茶を口にしながらそう思う。そう思うと、なんとなく優しい味がする。

 では、と月島がこの場にいる者が、皆が紅茶を口にしてしばらくしてから、そう声をかけた。そして、

「彼女は私の事務仕事を手伝ってくれています、たちばなさんです。」

 と、月島の隣の女性をそう紹介した。

「いつも紅茶を淹れてくれているのは、橘さんで。」

 美味しいでしょう、と月島は続けて彼女の淹れる紅茶を褒める。

「橘」と紹介されたその女性は、月島のその褒め言葉に、柔らかなふわりとした笑顔を浮かべ、少し頭を下げた。

 やはり彼女が淹れてくれていたのか、とタクヤは、

「いつも美味しい紅茶をありがとうございます。」

 と、タクヤも頭を少し下げ、いつも紅茶を振る舞ってもらっている礼を述べた。

「彼女は私の事務や仕事の手伝いをしてくれているんです。大変有能で随分と助かっています。」

 と、月島が続けたその言葉と、「橘」と紹介された彼女がこの場に同席をしていることから、先ほどの月島からの「ビジネス」という話は彼女も関係することなのだろうか、とタクヤは思う。月島はタクヤの職場関係の話ではない、とも発言していたとタクヤは記憶している。

 なので、橘の同席と月島の発していた言葉からタクヤはそう確信し、あの、と、

「月島さんからの僕への話というのは、橘さんが請け負っている月島さんの事務仕事に関係することですか?」

 と、タクヤは訊ねた。

 ソレは、特に変わった問いではなかったはずだ。月島からその答えがすぐに返ってくるものだと思っていたのだが、なのにタクヤのその問いに、月島は紅茶を口に運ぶその動作が何故かいったん止まった。


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