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カタルシス  作者: つきたておもち
第6章

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「微かにしか、風を渡らせられませんでした。『浄化』ができたといった手応えが、僕には何も感じなかったんです。」

 それを言ってしまえば、橘のランタンによる『浄化』もそうだった。彼女が光放つ水晶玉が入ったランタンを掲げても、あの茶色の風景は何も変わらなかった。それなのに、彼女はすぐにあの場を立ち去ろうとしたし、実際に立ち去った。ただそれは、月島から言われていた5分といった時間の縛りのせいかもしれないが。

「そうなんですね。」

 と、タクヤの言葉に、月島はひとつうなずく。それは、タクヤの言いたいことが、気持ちが理解できた、といった意味にタクヤは思える。

 月島がうなずいたその続きに、彼が何かを話そうと口を開きかけたそこに、橘が、

「『浄化』を施したからといって、劇的な変化はそもそも起こりません。」

 そのような断定した言葉を挟んできた。

 気がつけば橘は、先程まで彼女が座っていた椅子をタクヤの隣に動かしてきている。

 タクヤの隣に座る橘は、現実の彼女のままでふわっとした雰囲気ではあるが、その物言いは深層の橘そのものだった。

 思わず彼女を見遣ったタクヤへ、

「わたしたちの『浄化』は、その深層の(あるじ)を少しずつ回復させるためのキッカケをつくる作業でしかありませんから。」

 そう語る彼女には笑みはなかった。

「最終的に自身を癒せるのは、本人の力でしかありません。」

 深層の橘とは違い、ゆっくりとした口調。けれども纏う雰囲気は深層の彼女のような、凛としたものだ。

 間違いなく、現在タクヤの隣りに座っている橘と深層の彼女とは同一人物だ。

 現実のふわりとした彼女も、深層の彼女も、どちらも心の芯に核とした信念を抱いている。そのような厳しさをタクヤは感じる。

 否。

 厳しさ、ではない。彼女がその芯に抱き現在まで培ってきたそれは、揺るぐことのない価値観だ。今、彼女がタクヤを見るその瞳は、彼女が深層でタクヤへ向けてくる、タクヤの甘い考えを、弱い心を責めるかのような、瞳と同じ色だ。

 タクヤの弱いところを見透かし、ソレをタクヤに自覚させるかのような、瞳の色。タクヤが意図せずとも隠しているそれらを、白日のもとに曝すかのような、瞳の色だ。

 その瞳の色は確かに、タクヤの職場で共に働く厳しい同僚の女性たちとは違う。彼女たちの厳しさは、仕事に対して向けられている。タクヤを成す根幹へと向けられては、決していない。

 あぁ、そうか。

 だから、タクヤは深層の橘が苦手なのだ。

 橘を凝視してしまったタクヤへ、

「永良さん。」

 月島がカウンセリング時の柔らかなトーンで、タクヤの名を呼ぶ。

 いつもの柔らかなトーンで月島から呼ばれたタクヤは、今度は斜向かいに座っている月島へゆるゆると視線を移す。

「永良さんが気負う必要はありません。」

 カウンセリング時の、爽やかな笑顔。

 それは、タクヤにとってほっと落ち着く、彼の笑顔だった。支援者の顔だ。

 彼の笑顔を見て、タクヤの肩の力が不意に抜けた気がした。

 その笑顔のままで月島は、

「『浄化』は、橘医師の治療や私のカウンセリングの補助、みたいなものです。」

 柔らかなトーンで、カウンセリング時の抑揚のある言葉で、タクヤに語りかける。

「補助、ですか。」

 カウンセリングを受けていたときのように、タクヤは月島の言葉を無意識になぞっていた。

 そのタクヤの返答に月島は爽やかな笑顔のまま、そうです、と肯定すると、

「『浄化』が、その人の心の闇を薙ぎ払ったり、心の病を治癒させるものではありません。そのような力は大きいほど反動も大きく、相手にかなりの負担をかけてしまいます。」

 それに、と、

「永良さんひとりではありません。これは、私、橘医師、コトネさん、永良さんといったチームです。」

 そう言う月島の顔は、変わらず支援者の顔だ。つまりタクヤは今は、被支援者の立ち位置ということか。

「チームで動くのですから、永良さんは私たちに頼ってくださって当然良いのですし、私たちも永良さんを頼りますので。」

 爽やかな笑顔を浮かべた月島からのその言葉に、タクヤは、はい、とうなずいた。

 素直にうなずいたが、彼が今、浮かべている笑顔は支援者の、カウンセラーとしてタクヤと関わっているモノであり、つまり今はタクヤが被支援者だといった立ち位置となっているようにタクヤには思える。その状況になんとはなく、タクヤは自分が情けなく思ってしまう。

 それは、最初は月島からの、『浄化』の手伝いの依頼だったとはいえ、最終的にはタクヤ自身から手伝いたい、と月島へ願ったから、ということだからだ。月島たちの役に立ちたいといった思いではあったが、それ以外に、タクヤには他者にはない心の『浄化』能力があり、その能力を認められ月島から、月島のカウンセリングの手伝いを請われたのだといった、自負がいつしか芽生えていた。

 自分は月島たちにとって特別な存在である、という奢りに似た感情をいつの間にか抱いていた。


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