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カタルシス  作者: つきたておもち
第6章

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 橘の提案したその内容は、タクヤには充分に理解できていた。月島からも、深層に降りる時間は5分間だけだと、強く念押しをされていた。タクヤも、深層に降り立つ前までは月島の言いつけはもちろん守るつもりでいた。5分という時間制限は、『浄化』に慣れない、また深層に慣れていないタクヤが、それ以上の滞在になれば、体調に変調をきたす恐れがあると、聞いていたからだ。タクヤの体調を心配してのことだ。だから、月島の注意事項の意味も、十二分に理解していた。タクヤがタクヤ自身の深層に降り立つ時も、5分と約束させられており、タクヤはそれを従順に守っている。

 就寝前に自身の深層に降り立つ時は従順に守ってはいるが、そもそもタクヤは深層に降り立つと、どうも自分の理性が緩くなってしまうようであり、その自覚はあった。

 今までもそうだった。思ったこと、感じたことを素直に月島や橘にぶつけて、行動を押し通そうとしてしまう。現実に戻ると、まるで子どものようだったと恥じ入るのが常だった。彼らから、深層に降り立ったタクヤは、高校生くらいの年代だと、言われてはいる。が、だからといって、駄々を捏ねることが許されるタクヤの実年齢ではない。

 今回の件も、強引に連れ戻されたとは言え、タクヤに非があることは、現実のタクヤは重々理解している。あの場では、橘の指示に従うことが賢明な判断だった。自分の非力さを目の当たりにして、自分の力はこんなものか、と事実を突きつけられ、それを素直に認めたくなかったゆえの行動だった。

 いわば、打ちのめされた感があった。

 月島からはタクヤの『浄化』の力は希有なモノだと。とても清んでいて、綺麗だと、ほめそやされていたので、自分は他人の深層に降り立ったとしても自身が納得できるくらいの『浄化』ができるのだと、力があるのだと過信していた。だが、結果としては、『浄化』の風をホンのわずかに渡らせることはできたが、対象者の深層に良い変化を何ももたらすことはできなかった。少なくとも、タクヤには変化を見つけることができなかった。

 だから、戻らない、と駄々を捏ねてしまった。

 アレは叱られて当然の、注意を受けて当然の恥ずべき行為だ。強引に連れ戻されて、当然だ。

 と、言っても。

 この場に戻ったオトナのタクヤの心の中に、ひとつの不満らしきモノはある。

 ソレは。

 月島も橘も、タクヤを深層から強引に戻すときの方法は、一緒なのか、と。

「永良さん。気分は大丈夫、ですか?」

 タクヤから少し離れた位置で椅子に座っている橘が、心配そうにタクヤにそう声をかける。

 その彼女の雰囲気は、先ほどの深層に居た橘がまとっていた凛とした厳しいモノは、ない。ふわふわとした、柔らかい雰囲気をまとっている。

 本当に、同一人物なのか、と疑ってしまうくらい、正反対だ。

「永良さん、気持ち悪い、っておっしゃっていましたから。」

 けれども。

 タクヤが深層で橘に伝えた言葉を、彼女はそのままタクヤに告げるソレは、深層の彼女とこの場の彼女が同一人物であることをタクヤに確信させるものだ。

「はい。大丈夫です。そのような気分になっただけなので。本当に、気持ちが悪くなった訳ではないみたいです。」

 ふわふわとした雰囲気の彼女ではあるものの、タクヤが戻りたくないとゴネたことに、彼女からの叱責があるのではないかとおそるおそるといったていでタクヤは答える。

 けれども、

「なら、良かったです。」

 彼女はタクヤに苦言を呈することなく、ふわりと笑むと、

「身体を暖めて、落ち着きましょうか。」

 椅子から立ち上がり、紅茶を淹れますね、と給湯室へ入っていった。

 橘が給湯室に入っていくその後ろ姿を見ながら、タクヤは再び大きく息を吐く。

 と、同時に、全身の力が抜けた気がした。

 タクヤにとって初めての、他人の深層での『浄化』。

『浄化』だけではない。他人の深層に降り立ったのも今回が初めてだった。タクヤは、自覚はしていなかったが、全身の力が抜けてしまったこの感覚から、かなり緊張していたようだ。それは第三者への『浄化』が初めてだった、ということもあるが、多分に、月島を除いた、橘と二人きりで深層に降り立った状況下だったこともある。

 その意味は、タクヤが橘の力を決して信用していない、のではない。そもそも、タクヤの深層を『浄化』してくれたのは、橘だ。橘は月島がその力を保証している、能力者だ。

 緊張の理由は橘の能力値のことではなくて、やはり、橘の現実と深層との、その姿のギャップへの戸惑いが大きいからだと思う。加え、深層での凛とした厳しい雰囲気を纏った橘に、深層に立つタクヤは少し、苦手意識を持っている。

 タクヤを取り巻く現実世界にも、深層の中に立つ凛とした橘のような人物は居る。職場にも、厳しい女性上司や同僚は、幾人かは存在していた。けれどもタクヤは彼女たちに苦手意識は持っていない。仕事上の付き合いでは、彼女たちの姿勢はとても勉強になり、見習いたいところもたくさんあるからだ。それに、彼女たちも仕事上のアドバイスを請うタクヤを、邪険には扱わない。態度が厳しいからと言って嫌われている感覚は無かった。

 それは、深層に立つ橘の態度と類似していた。

 なのに、深層のタクヤは、深層に立つ凛とした雰囲気をまとう橘に対して、かなりの苦手意識を持つのだ。その意は、深層のタクヤは、高校生くらいのまだ子どもだから、といったことと関係するのだろうか。


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