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カタルシス  作者: つきたておもち
第6章

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 水晶玉に意識を向けると、臍の下の辺りがじんわりと暖かくなる。その暖かさが身体全体に行き渡る頃に、タクヤの周りに微風が吹く。その微風をタクヤの深層の、緑鮮やかな景色に渡らせる。そのようなイメージだ。

 微風を渡らせたあとのその景色は、タクヤの目からは透明度が増しているように見えた。また、タクヤ自身も清々しい感情に包まれて、とても気持ちが良かった。

 そのことができるようになったきっかけが何かを、敢えて言うのであれば。

 タクヤは、『浄化』を施すというのは、橘がランタンを掲げて灯りをその景色に向けるあのようなことだと考えていた。橘の『浄化』は、ランタンの灯りで以って澱み張り付いた膜を、薄皮を剥ぐがごとくに剥ぐことだ。剥ぐことで本来その者が持つ彩りを解き放つ作業なのだと、そのように理解していた。ゆえにタクヤが施す『浄化』も、澱み彩りを失ってしまった景色の色彩を、輝きを、それを覆うように張り付いてしまっている昏い闇のような膜を剥ぐことであり、タクヤも橘と同じように何かを輝かせて昏闇を薄く剥いで、その者が本来持つ彩りを復活させることなのだと、そのような考えで挑んでいた。

 そう考えていたタクヤは、橘が施している灯りを掲げる『浄化』のイメージそのままで取り組んでいたのだが、それが巧くいくことがなかった。

 指南役のひとりである月島も、『浄化』とは橘が施しているそのイメージのものだと思っていたようだった。

 けれども。

 練習を始めて1か月が過ぎた何度目かの、タクヤの深層での『浄化』の練習時に、それまでは月島の隣で凛とした雰囲気のまま静観していた橘がタクヤへ、タクヤの深層で吹く微風は心地が良い、とぽそり、と呟くようにタクヤへ告げたのだ。

 それは、多分に、橘からのアドバイスだった。

 その、橘の呟きを耳にした瞬間、

(この場の、永良さんが、こうあって欲しいとするイメージを、景色を思い浮かべると良いですよ。)

 不意にタクヤの脳裏に思い出された月島の、言葉。

 橘が落としたその言葉は、最初にこの場で『浄化』の練習をしたときの月島の科白をタクヤに思い出させた。タクヤは月島の言葉を思い出すと同時に、立っている自身のこの深層の、この緑映える景色に優しい風が渡る景色が浮かび、そしてとても懐かしい感情がわいた。とたん、タクヤの中にある水晶玉が暖かくなり、微風が吹いたのだ。

 タクヤがタクヤの力をコントロールできるようになったコレと言った本当のきっかけはわからないが、少なくとも橘のその言葉が関与している、のではないかと思っている。橘が、タクヤの深層の景色が、渡る風が心地良い、と言ってくれなければ、いまだタクヤは橘の『浄化』方法にこだわり、力のコントロールを掴めていなかっただろう。

「橘さん。やってみます。」

 タクヤは橘の隣で、タクヤが最近、眠りに就く前に自身の深層に施している『浄化』の体勢をとる。それは水晶玉へと意識を向けると同時に、この茶色一色の景色に微風を渡らせるイメージを浮かべることだ。

 浮かべてから一時いっとき。タクヤの丹田たんでん辺りがじんわりと暖かくなり、その暖かさがたちまち全身を覆う。と同時にタクヤの周囲で、ホンの少しだけ、風が動いた。

 ふわり、とした微風が、一瞬だけこの茶色の景色に渡った。

「では、戻りましょう。」

 微かながらもタクヤが吹かせた風が、この深層の景色に行き渡ったことを確認した橘が、現実に戻ることを提案する。

「もうそろそろ、5分です。」

 そう告げる橘の姿の輪郭は揺らぎ、不鮮明になっている。

「え、でも。」

 橘が掲げたランタンの光で、この場に何か変化が起きたとはタクヤには思えなかった。もちろん、タクヤが渡らせたあのような微かな風くらいでは、とてもではないか『浄化』ができたとは思っていない。

 この場の景色は、降り立ったときと同じく茶色一色だ。歪な形で伸びている、葉のない木々。不気味な風景。そして澱んだ空気が呼吸するタクヤの肺を蝕む感覚は、何も変わっていない。

 何も変わらないこの状態のままで、現実へと戻ると言うのか。タクヤはまだ何も、コレといった役に立ててはいない。

「僕はもう少し『浄化』をします。」

 頭を振り、橘のその提案を拒絶するタクヤに、

「センセが心配します。」

 橘はその姿を不鮮明にしながら腕を伸ばし、戻ろうとしないタクヤの目蓋に、タクヤの許可無く手を置いた。

「うわっ。」

 橘の手がタクヤの目蓋に置かれた時間は、ホンの一瞬だった。

 橘のその行為に驚きの声を発してしまったタクヤの目蓋から橘の手が離れ、タクヤが目蓋を開けた先の景色は、深層に降り立つ前に居た、月島の診察室に隣接する事務室だった。この事務室の扉の向こうは、月島がカウンセリングを行っている診察室だ。その事務室の椅子にタクヤは深層に降りる前と同じ体勢で座っていた。

 タクヤは目蓋を開けて目に入ってきた事務室の景色から、自分が深層から強引に連れ戻されたのだと認識した。認識すると同時に、知らず大きなため息をついていた。

 そのため息の意味は、タクヤを強引に連れ戻した橘に対してではない。タクヤ自身に対してのものだ。


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