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彼らに対する疑心暗鬼で、タクヤの心の中は占められていた。
スピチュアルもオカルトも、タクヤには縁はなかった。
それは今もそれらに関する縁はないし、特に興味もない。興味がないそのことは、現在タクヤが、月島たちが言う『浄化』を自分の心の深層に実際に施していても、だ。月島の診察室の椅子に座り、目蓋を閉じると瞬時に、緑映える、あの懐かしく思う景色に立つことができていても、タクヤはオカルトもスピチュアルな話にも、未だに興味はわかなかった。
タクヤには今まで全く縁のなかったスピチュアルなこの、『心の深層の浄化』といったことを月島からの支援を受けていても、タクヤは橘のように月島に対して傾倒までには至っていない。タクヤが持つ感情は、感謝と彼らの『役に立てれば』、くらいだ。
そのとき。
ふ、と。
タクヤには、何かが。
強いて言うならばこの場の空気感が、途切れた気がした。
この場は、緊張感のある場面でもないし、月島は、彼の瞳の色さえ気にしなければいつものカウンセリング時の、穏やかな雰囲気だ。話の内容も、そんなにも怪しげな内容ではない。第三者から見れば、カウンセラーがクライアントにカウンセリングを施しているようにも取れる、話の内容だ。何かの、緊張感があり、その空気感が途切れるような状況ではない。
そう思い、タクヤが落としていた視線を上げた先の月島は。
瞳の色が銀色ではなく、いつもの薄茶色の、柔らかな瞳でタクヤを見ていた。
その瞳の色で、永良さん、と彼はタクヤに呼びかけると、
「ありがとうございます。」
彼は深々と頭を下げた。
「永良さんのお力を貸していただけるなら、大変心強いです。」
そう言って上げた月島の顔は先ほどまでの口角を上げるだけの笑みとは違う、笑顔。
「永良さんの持つ『浄化』のその力は、私も今まで見たことのない、とても澄んだ綺麗なモノです。その力を貸していただけることは、とてもありがたい。」
破顔一笑。
けれども月島は、ただ、と、言葉を続け、
「永良さんができるようになったのは、『浄化』」だけです。」
申し訳なさそうに、そう言う。
月島の言葉の真意が、タクヤには理解できなかった。
それはそうだろう。その練習を、リハビリと称して3か月間、タクヤは月島の診察室に通ったのだ。そもそも『浄化』以外の何かの話があったわけでも、何かを教えてもらってもいない。
そもそも、『浄化』ができれば、それで良いのではないのか。
「その『浄化』は、永良さんが、これから心の不調を来すことなく、また不調を来したとしても、もとの状態に戻れて社会生活を送れるための基本動作です。」
月島は、いつものようにタクヤの疑問に、タクヤがソレを言葉に出さずとも答える。
月島の、タクヤの心が読めるかのようなやり取りに慣れてしまっていたタクヤは、
「基本動作、ですか。」
と、そのまま会話を続けた。
タクヤからの問い返しに、月島はうなずくと再度、
「永良さんの『浄化』は、基本動作なんです。」
と、答える。そして、
「永良さんがこのまま職場復帰をし、社会生活を営むだけなら、これで私のリハビリは先ほども言ったように、もう卒業でした。」
けれども、と、
「私の手伝いをしていただける、となると。」
そこで月島は少し目を伏せ、何かを考えるかのように押し黙ってしまった。
懸念事項でも、あるのか。
タクヤは月島からの、次の言葉が紡がれるのを、静かに待つ。
しばらくして、
「永良さんには。」
月島が視線を上げ、タクヤを見ると、
「『浄化』だけではなく、本当は防ぐ力も必要なんです。」
そう告げる。それは、真剣な眼差しだった。そこには彼が先ほどまで浮かべていた笑みは、無い。
「防ぐ力、ですか?」
タクヤからの問い返しに、月島は大きくうなずき、
「私が以前、永良さんは何もかもを受け入れてしまう、と言ったことを憶えていますか?」
そう問うてきた。
憶えている。
月島のこの診察室で、2回目の、あの緑鮮やかな場所に降り立った後に、月島からタクヤは、他人がタクヤを糧にしようとするその拒絶の仕方がわからない、と。タクヤは何もかもを許してしまい、タクヤの言わば『浄化』のその力を弱ってしまっている相手に分け与えてしまうのだと、そう忠告された。
あぁ、そうだ。
今まで月島の診察室で行っていたリハビリは、貪られ、分け与えてしまい弱ってしまった自身を回復させるための練習だった。タクヤは月島や橘から、タクヤを貪ろうとするモノたちを、拒絶する術を教えてはもらっていない。
「そうです。私は永良さんにソレらを教えてはいません。」




