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月島からは先ほど、上手くできている、とタクヤの『浄化』する能力を認めてはもらえていた。
彼の職業上、褒める行為が当然ではあるが、彼らがタクヤに求めているものは、タクヤが施すことができる『浄化』といった、怪しげな特殊能力だ。ゆえに、下手に月島は褒めはしないだろう。そこから推測するに、彼の先ほどタクヤの『浄化』を褒めたことは、彼の本心からのものだ。
「永良さんが持つ今のその気持ちは、私に洗脳されたから、とは疑わないのですか?」
そう問いかける彼は、笑んでいる。
月島からのその問いに、タクヤは、え?と訊き返した。それは、月島の問いが聞き取れなかったからではない。その意味が理解できなかったから、ではない。
月島のその問いに、タクヤは自身の顔色が引いたのを自覚した。月島は、彼が最初にタクヤへこの話を持ちかけたときのタクヤの心情を問い直している。確かに、あのときは月島たちが胡散臭く思え、彼からの話は怪しげなセミナーか何かの勧誘かも知れない、と疑っていた。
「永良さんが私たちに、依存しているのではない、と言い切れますか?」
月島は、月島の問いに訊き返したタクヤに、そう問いを重ねる。その月島の表情は変わらず穏やかだ。『浄化』の話をタクヤに持ちかけようとした、あの最初のときとは雰囲気が違う。あのときの彼は、タクヤにイヤな慣れを見せてきていた。タクヤを彼らに取り込もうとした、彼からの画策が隙間から覗いて見えていた。
だから、タクヤは警戒したのだ。胡散臭い、怪しげなものだと、近寄っては駄目だと、タクヤの本能といった部分が警戒をした。
けれども今の彼は、そのときとは正反対だ。彼はタクヤに、この場に通い続けること、『浄化』といった怪しげな月島のその話を信用して良いのか、と今更ながら問うている。
「永良さんをこの世界に引き込もうと、私たちがそう環境を整えた、とは思わないのですか?」
月島はタクヤの返答を待たずに続けて、月島が時間をかけて、タクヤをこの世界に取り込んでしまおうと画策しているのではと、タクヤは疑ってはいないのか、と訊ねる。
「この、月島の診察室は、永良さんにとって心地良かったでしょう?」
爽やかに笑んだ彼はカウンセラーの月島だった。
けれどもその瞳はいつしか銀色の虹彩だった。それは冷たく、細く長い鋭い刃物、剣を連想させる瞳。
その瞳を向けられたタクヤは、思わず息を呑む。まるで本当に、鋭い剣の刃先を喉元に突きつけられた感覚だった。
それは彼が、タクヤはたんにこの場から去りたくないといった単純な感情で、月島に月島のこの診察室に残る提案を発したことへ、怒りを憶えているからだろうか。いちどは全面的に月島たちを拒否したくせに、何を都合の良いことを言っているのだ、と。
とはいえ、今までの銀色の瞳を見せたときの月島のような、彼の感情が大きく動いている気配は見られない。瞳の色さえ気にしなければ、彼は穏やかな雰囲気を纏っているカウンセラー時の月島だ。
月島とは、この数ヶ月で距離が縮んだ、とタクヤは思っていた。何とはなく、月島たちの『仲間』に入ったのだと、そのように思っていた。けれどもそれは、タクヤが勝手にそう位置づけていただけだ。タクヤは変わらず月島の被支援者だ。クライアントでしかない。
もしかしたら月島たちは、タクヤが心地良くこの場に来られるように、また、『浄化』の練習ができるように、わざわざお膳立てをしてくれていたのではないだろうか。月島が手ずから丁寧にドリップしてくれる珈琲、他愛のない世間話や談笑は、月島たちの演出だったのかもしれない。
それでも。
月島から銀色の冷たく鋭い、剣の刃先のような瞳を突きつけられていても、このまま彼らと縁を切ってしまうのは嫌だ、といった気持ちは、タクヤの中で揺るぎなく鎮座している。それはタクヤの本心だった。
別れに感傷的になってはいない。一時的な淋しさに動かされて、でもない。気の迷い、的なモノでもない。
彼らに依存は、していない。
タクヤが今抱いているこの気持ちは、間違った感情、ではない。
何か、彼らの役に立てれば、と思っている。ここまでタクヤが回復したのは、月島や橘、ツカサ医師の助力があってのものだ。
彼らに何かを返したい気持ちが、タクヤの中にはいつしか強くあった。その何かが、タクヤのこの持つ、彼らが言う『浄化』能力であるのならば。
「私は怪しげな力を持つ、心理職ですよ。」
被い重ねるように月島は、それでも自分たちを信用し、信頼するのか、とその表情には爽やかな笑顔を浮かべてはいるが、変わらず銀色の鋭く光る瞳をタクヤに向けて問いかけてきた。
「…わからない、です。」
タクヤは彼からの更なる問いに、少しうつむきそう答えていた。
タクヤは己が持つこの気持ちに、感傷的、淋しさ、気の迷いではないと確認はした。彼らの役に立ちたい、とも。
けれどもそのタクヤの気持ちは、月島たちに踊らされてではないと、言い切れる何かはない。月島が自分で言うように、彼は心理職だ。心理操作は容易いのかも知れない。しかもタクヤが未だ知らない、理解していない怪しげな力を彼は持っている。その力で以て、タクヤを洗脳していない、とは言い切れない。彼は最初、タクヤに『浄化』の話を持ちかけてきたときに、タクヤを彼らの仲間に引き込もうとしていたことは、事実だ。
あのときは、拒否をした。
月島を拒絶した。




