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カタルシス  作者: つきたておもち
第5章

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 月島は2、3日に1度、タクヤが月島の診察室へ訪室する意味はカウンセリングではなく、社会復帰のためのリハビリであり、いわば作業所に通っているのと同じだとして、彼はカウンセリングの代金をタクヤから受け取ることをしなかった。

 確かに、タクヤは『浄化』の手ほどきを受ける合間に、月島が自身のカウンセリングに関する、彼が抱えている事務仕事を手伝っていた。事務仕事といっても、散らかっている、または乱雑に積み上がっている書類たちをカテゴリー別に分け、インデックスを付けて纏めて綴る、といったような簡単なものではあった。その都度片づければ、ここまで関係書類が散らかることも山積みになることもないだろうに、とタクヤは思うのだが、橘が言うには、それが月島の横着さ、だとのことだ。

 ただ、月島は月島で、モノが片づいてしまうと反対にどこに何があるのかがわからなくなる、といった言い訳をしていた。確かに、彼はこの山積みで散乱といった表現が合う書類たちの中から、特に大きく探すことなく、彼が必要とする書類を探し出している場面を何度となくタクヤは目撃していたので、コレが彼なりの片づけ、なのかも知れないとも思う。

 が、月島からの所望で書類を探さなければならなくなる立場としては、やはり最低限、カテゴリー別に綴っている方が、効率よく見つけることができるので、纏めている方がありがたかった。

 橘は毎日、月島の事務仕事を手伝っているわけではないようで、彼女は不定期に来室している。タクヤが推測するにおそらく、彼女は『浄化』を施すクライアントが来院時のみ、在室するようだ。

 つまり、月島は、彼がカウンセリングをしているクライアントすべてに『浄化』を施しているわけではないようだった。その選別の法則に関しては、タクヤは未だ見つけられていない。ツカサ医師からの紹介書があった者のみ、かとも思ったが、紹介書があってもなくても関係がなかった。タクヤは月島と橘に浄化を治療として施す者と施さない者との選別は、何なのかを訊ねてはみたが、月島は爽やかな笑顔を向けてきただけであり、橘は月島の指示通りにしているだけだ、との返答で終わってしまった。

「熟睡できていますし、体調は、大丈夫です。」

 タクヤは月島が丁寧にドリップした珈琲を押しいただき、口を付ける。

 月島が、タクヤが珈琲をひと口飲み込んだタイミングで、

「今日の珈琲は、豆がいつものと違うのですよ。」

 何故だか自慢気な笑顔でそう告げてきた。

「そう、なんですか?」

 申し訳ないが、タクヤは珈琲にも特に精通していない。口にしてみてわかることは、とても丁寧に淹れられた、美味しい珈琲だということだけだ。

「ごめんなさい。いつもと同じく、美味しいとしか、わからないです。」

 タクヤからのその答えに、月島は特に落胆する様子もなく、そうですか、と言いながら、彼もひとくち、口にする。

 こくり、とソレを飲み込んだ後、うん、とうなずきながら、

「先日、外出した先で立ち寄った喫茶店で売っていたブレンドの豆なんですが。」

 と、豆の入手先を口にし、

「私も、いつもスーパーで購入している豆との、味の違いがよくわからないですね。」

 真顔でそう答えた。

 月島のその答えにタクヤは思わず、むせてしまう。そして、そのまま笑い声がこぼれてしまった。月島はタクヤの失礼な態度に不快な感情を見せず、タクヤの笑いに釣られたのか、カップをソーサーに戻すと彼も小さな声を立てて笑う。

 この3か月の間で、タクヤは随分と月島たちに打ち解け、彼らの中にとけ込んでいた。そのおかげか、月島の砕けた感の態度も、新たにいくつも見ることができた。タクヤがカウンセリングを受けているときの、カウンセラーの顔の月島とは違う側面を、いくつも見つけていた。

 カウンセラーの彼は、穏やかで静かで、冷静沈着、加え少し堅い印象がタクヤにはあった。月島はカウンセリング中に笑うこともあったが、それは笑うと言うより静かな笑顔だった。彼が見せる笑顔に爽やかさはあったが、静かな印象だ。彼が声を出して笑うところは、タクヤが『浄化』の話を持ちかけられる前では、見たことがなかった。

 それはタクヤとの面談は、彼にとってカウンセリングといった仕事の時間だったからなのだろう。カウンセラーはクライアントに対して、大きな感情をあまり見せることのない職業なのかもしれない。カウンセラーが被支援者の前で自身の感情を大きくブレさせてしまったなら、ただでさえ被支援者はセンシティブな状態であるのだ。支援者のその感情に引きずられ、体調が悪化する可能性は否めない。

「もう、良い頃かと思います。永良さん。」

 ふたりの笑いがおさまったところで、月島がふたたび珈琲カップに口を付けながら、そのような言葉をタクヤに投げかけた。

「何が、ですか?」

 もう良い、とは何がだろうと、タクヤは月島の言葉の意味がつかめず、何のことかと月島に問い返す。

 それに対して月島は、

「永良さんの、リハビリの卒業の話です。もうリハビリを卒業しても良い頃合です。」

 と、カウンセリング時に見せる、爽やかな笑顔でそう答えた。

「え?」

 一瞬、タクヤは月島から何を言われたのか、わからなかった。

 珈琲の良い香りが漂う、まったりとした空間。少し笑いがあって、穏やかな時間。

 それらはここ最近の、タクヤが『浄化』の練習をした後の、月島の診察室の風景だった。今は橘の姿はないが、普段ならそこには、彼女の姿もあった。

 もしかして月島のその科白の意は、それらの時間の終了を告げるもの、なのか。

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