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「うわっ。」
月島から突然に受けたその行為に、タクヤは思わず驚きの声をあげる。とは言え、月島の手はホンの一瞬だけタクヤの目蓋の上に置かれただけで、彼の手はすぐにタクヤの目蓋から離れた。タクヤは目蓋から月島の手が離れたとたん、すぐにその目を開く。目蓋を開いたタクヤの瞳に飛び込んできたのは、先ほどまで立っていた心地の良い緑映えるあの場所ではなく、タクヤも良く知っている月島の診察室だった。
「体調は、大丈夫ですか?」
気が付けば、月島がタクヤが座っている椅子の前にいつものように跪き、タクヤを心配そうに覗き込んでいる。
「あ。はい。」
そう問われ、タクヤは自身の心を探ってみるが、タクヤの心に変調はない。混乱も拒否感も、ない。
「大丈夫です。あの、気にかけてくださり、ありがとうございます。」
心配の色を瞳に浮かべ、タクヤをのぞき込む月島へ、タクヤは礼を述べた。
強引に戻された不満はある。もう少しあの場所で、月島たちが期待する気持ちに応えたい思いはあった。あの場に立つ素直なタクヤは、それをきちんと月島に伝えていた。
けれども。
月島はタクヤの願いを聞き届けず、タクヤを強引に月島の診察室に連れ戻した。
ただ、それには理由があるのだとは思う。
5分といった、時間の区切り。制限。
タクヤから初めて月島に願って、タクヤがあの場に連れて行ってもらったときも、月島は『5分』と時間を区切っていた。
もしかしたら、あの場に立つことは5分が限界だということなのかもしれない。それは、これらのことに慣れていないタクヤだから、か。それとも、月島も橘も時間制限があるのか。
タクヤの体調に変調が無いことを確認し、安堵の表情を浮かべた月島は、
「思ったより、長く居すぎてしまいました。」
そう言いながら立ち上がると、
「コトネさんも、大丈夫ですか?」
丸テーブルの、タクヤから斜向かいの椅子に腰掛けている橘にも声をかける。
橘は月島からの問いにすぐさま、はい、と首肯すると、
「大丈夫です。センセ。」
ふわふわの笑顔を見せる。
先ほどの、緑鮮やかな場所で見せていた、凛とした雰囲気の彼女と、現実の、今、タクヤの斜向かいで柔らかい雰囲気をまとっている彼女のその姿のギャップに、タクヤは慣れず、戸惑う。戸惑うというより、何となく違和感があって座り心地が悪い。
「センセも知ってのとおり、わたしは10分くらいなら平気ですから。」
心配ない、と柔らかく、笑う。
タクヤから見れば、彼女にも変調はなさそうに見える。
そもそも彼女は、月島からの依頼を受けて、タクヤだけでなく月島のカウンセリングを受けにくる人たちへも、おそらく彼らの言う『浄化』を施しているはずだ。慣れているのではないか、とタクヤは思うが。
「それでも、負担がかかりますから。コトネさんに何かあれば、橘に申し訳ない。」
月島はタクヤから離れ橘のもとへと移動し、タクヤに対してしていたように橘が座っている椅子の前に跪き、橘を心配そうに見る。
月島のその対応に、その言葉に、橘はそのようなことはない、と否定し、
「ツカサもセンセのことを、わたしと同じく信頼していますから。」
と、言葉を返した。
が、でも、と続け、
「わたしよりもツカサの方が、センセのことを、よく知っていましたね。」
彼女が月島のことを語るものではなかったと、笑んだ。
疎外感。
タクヤにはわからない、月島と彼女との関係だ。否。この場に居るこのふたりだけの話ではなく、この場には居ない、タクヤの主治医で月島の友人であり、橘の夫であるツカサ医師も、この場に存在している感覚だった。
タクヤだけが、その場に入れない、異質な者、だ。
門外漢、だ。
この場のその雰囲気にも、タクヤの心の中に不満が顔を出した。
彼らの中にタクヤが入れないのは、タクヤと彼らとの関係性、そして付き合いの長さによるものであり、仕方がないとは思う。タクヤは所詮、月島とツカサ医師の被支援者だ。月島がカウンセリングを施している際に、タクヤの中に月島が望む力を持っていたことに気づき、それによる勧誘を受けただけの立場だ。しかも、タクヤはその勧誘を、怪しげなものだと言って断っている。彼らとの関係が続いているのはいわば、タクヤへのリハビリ、といった名目であり、タクヤはいまだ月島とツカサ医師のいち患者にしか過ぎない。
そもそも、タクヤがその立場を選んでいる。差し出された月島たちの手を取ってはいるが、それはタクヤがタクヤ自身の持つこの力をコントロールすることができ、闇に取り込まれないためのものだ。
そう。
タクヤが選択したはずなのに。
ふたりのやり取りに対するこの疎外感。そして、なぜか淋しく感じてしまう。
「次の方が来られるまで、時間はありますよね。センセ。だから、休憩をしませんか?」
橘にも変調がないことを確認した月島が、跪いていた状態から立ち上がったそのタイミングで、橘も椅子から立ち上がる。
「わたしよりもむしろ永良さんの方が、お疲れでしょうし。」
ふたりのやり取りになぜか淋しさを覚えてしまっている自分自身に戸惑いながら、彼らのやりとりを眺めていたタクヤへ、彼女はふわりとした笑顔を向けてきた。その中には、タクヤを心配する色が見え隠れしている。




