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カタルシス  作者: つきたておもち
第1章
4/42

3

 ただ、それは褒め言葉なのだろうか、との疑問も持つ。

 貶された、舐められた感も抱く。

 とはいえ、気にしすぎ、といえば、気にしすぎだとも、思う。

 人は裏の顔を持っているのは当たり前で、社会生活を波風立てずに泳いで行くには、本音ばかりでの付き合いはダメだということも、29年間この社会の中で生きてきているので、とうに経験で学んでいた。

 ただ、それがタクヤには当たり前のようにできないようだった。

 周りの皆は息をするように当たり前に表裏の顔を上手く使い分けていることに、なんとなく嫌悪感があった。けれども、社会生活を波風立てずに渡っていくためには、必要不可欠であり当然のことだと理解し、嫌悪感を抱く自身はどれだけ立派な人物なのだろうと、自分自身への嫌悪感も募った。

 つい、相手の言動が本音なのか、裏に何か感情を抱いていないのか、いつしか探ることが癖になっていた。それは、相手を傷つけたくない、ではなくタクヤ自身が傷つきたくない、といった強い思いがあるからだ。強い保身からのものだ。

 ただ、それで人間関係の構築ができない、といったことはない。多分、周囲の者たちと大差なく、他人とはうまくつきあっているとタクヤは思っている。他人から極端に好かれることはないが、反対に極端に嫌われるということもない。うまく付き合う反動で、タクヤ自身が他人との付き合いの中、気がつけば疲労が蓄積して身動きがとれなくなってしまう、といったことだけだ。

 学生時代は、疲労感を感じれば、人から距離を置いて過ごすことで何とかなった。たまに友人関係の距離を遠くに置くことに、友人たちは不思議がったが、彼らはそれでもそのことに詮索せず、またタクヤと縁を切ることはなく、卒業して何年も経つ今でも時折、連絡を取り、予定が合えば呑みに行ったりもしている。

「では、私の永良さんへのカウンセリングは、これで終わりますね。」

 月島からの再度のカウンセリング終了宣言に、タクヤも同じく再度うなずく。

 月島のこの心地よい空間のカウンセリングが終了するのは、なんとはなく残念な気持ちになるが、治療のひとつだと考えれば、治癒が進んだ結果ではあるので、良いことだと納得する。

「あとは、担当医師の指示に従って、今後も心療内科への受診は続けてください。」

 優しい、耳に心地よいリズムと声音で月島が今後の指示をする。それにもタクヤは素直にうなずいた。

「ぼんやりとした感じは、今はどうですか?」

 月島の自然な流れの、話の続きのその話題に、タクヤは、

「そう、ですね。今はぼんやり感はなくなっていて、頭はすっきりしています。」

 そう答えた。

 いつの間にか先ほどの頭がぼんやりした感じは一掃されていて、いつもの、カウンセリング終了時のすっきり感の清々しさが、頭も心も満たしていた。

 が。

 心地よいリズムで、柔らかで穏やかな声音で、静かな笑みを浮かべた月島からそう問われたそのことに、タクヤは何となく、違和感を憶える。

「じゃあ、今日もよく眠れますよ。」

 タクヤからのその返答に、少し嬉しそうに、にこり、と月島は笑む。

 いつもの月島の雰囲気。

 けれども、何となくいつもの月島との距離が、極端に縮んだ気がした。

 なにが、どう違うのか。

 物理的な距離はこの部屋に入って、月島に勧められたこの椅子に座った時と変わっていない。月島もタクヤも動いていない。

 物理的な距離の話ではなく。

 何とはなく。

 何となく、月島からほんの少しだけ、馴れ馴れしさが感じられた。

 加え、タクヤはこのカウンセリングを受けると、その途中で頭がぼんやりしていたことを、月島に話したことはない。カウンセリングを終えると、そのぼんやりとした感覚は無くなり、すっきりと清々しい気持ちで満たされていた、ということも話してはいない。

 カウンセリングの感想を2回目の面談時に訊かれた際には、気持ちが楽になった、といった、ありきたりの所感しか話していなかった。2回目以降は、カウンセリング後のタクヤの精神状況を訊ねられはしなかった。決まって訊かれていたことは、眠ることができるか、くらいだ。

 あとは月島の診察室の雰囲気について、壁紙の色や家具の配置などがタクヤにとって圧迫されるものではないか、との問いもあった。それには、壁紙の色はタクヤが想像していたような、一面白色で統一されておらず、一見白かと思うくらいではあるが淡い緑色であることが、診察室らしくなくてなんとなく落ち着く感じがする、と答えたように記憶している。

 そのほかは、病休のため出勤できずに1日家で過ごしている、その日常生活に関することや、時折、タクヤの仕事に関することを世間話のように話すくらいだ。それもタクヤから積極的に話題を提供しているのではなく、月島から問われたことをぽつりぽつりと話し、タクヤが返したそのことに、タクヤはどう思っているのか、何を考えたのか、考えているのか。どう思っているのか、気持ちはどうなのか、といったようなことを月島がさりげなく聴き取っていく。そのような面談だった。

 カウンセリング中に頭がぼんやりする、などといったことはひと言もタクヤは話していない。

 タクヤのその疑心が、表情に出たのだろう。

 月島が、

「永良さんは、聡いですね。敏感、感度が高い、と言った方が良いか。」

 そう言いながら浮かべる笑顔は、いつものカウンセリング時に浮かべる笑顔と変わらない。柔らかな、微笑だ。


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