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タクヤからの礼に、橘は澄ました表情を少しだけ驚きの表情へと崩す。しかも、その後、ほんの少し笑んだような気がした。
そのように見えたのは、タクヤの希望、からかもしれないけれども。
「いいえ。どういたしまして。」
それでもそう答えた橘の雰囲気が、今までとは違い柔らかさがあるように、思える。
橘のタクヤにとって良い方向への雰囲気の変化に、タクヤは更に何か言葉をかけた方が良いのだろうか、と迷っていたそのとき、
「そろそろ5分が経ってしまいますね。」
と、月島が少し申し訳なさそうに、声をかけてきた。
声をかけられタクヤが見遣った月島は、月島としては保護者的な立場でこの場に居る自分が、タクヤと橘の良い雰囲気を壊したくなかったようだが、そもそもの目的があってこの場に立っていることもあり、その目的を果たさん、といったところのようだ。
「今日は永良さんにコトネさんの浄化を見て貰いたいのですが。」
お願いできますか?との月島からの依頼に、橘はひとつうなずく。そして橘は、その懐からきらきらした輝きを放っている小さな水晶玉が収められているランタンを取り出した。
橘がその手に掲げているランタンの中に収まっている小さな水晶玉は、その大きさに反比例し大きな光を放ち、輝いている。
「とてもキレイ、ですね。」
タクヤの口から零れ落ちた、素直な感想。
最初にそのランタンを見せられた時は、タクヤは混乱と錯乱の最中であったため、橘のそれを注視できていなかった。
後日の夢の中では、硝子越しで少し遠目からだった。
今、改めて間近で心落ち着いて見たソレは、とてもキレイだった。タクヤの語彙では、キレイ、としか表現ができない。副詞である、とても、ぐらいしかタクヤには付けられないことが申し訳ないくらい、キレイな輝きを放っている。
タクヤの素直なその感嘆の言葉に橘が一瞬目を見開き、次いで頭を軽く下げた。そして、そのランタンを橘の胸の辺りに掲げる。
どのようなことが起きるのか、とタクヤは期待のこもった視線を橘が掲げたランタンに注いだ。
けれども。
やはり、夢の中で見ていたように、橘が輝く水晶玉を収めたランタンを掲げても、タクヤが期待する何かが起こることはなかった。
あの時、夢の中ではタクヤは硝子越しに彼らの行為を眺めていた。硝子越しだから微細な変化に気づけなかった、と思っていたが、今、この場の、状況の変化の無さからも、それは硝子越しに見ていたから、ではないようだ。
なのに、
「ありがとうございます。コトネさん。」
月島は周囲をぐるりと見渡すと、満足そうに橘に礼を述べる。
どういうことだろう、とタクヤが月島に訊ねようとした、そのとき。
どくん、とタクヤの中の水晶玉が、今までになく大きく脈を打った。
「あ。」
タクヤは思わず胸を押さえる。
それは、共鳴。
タクヤの中の水晶玉が、橘の掲げているランタンの中の、水晶玉の輝きに共鳴している、その徴、だ。
脈打つ水晶玉が納まってしまったと思われる自分の胸の辺りをぎゅっと右手で握ったタクヤへ、
「ソレが、あなたのするべきことですよ。永良さん。」
月島は笑んだまま、タクヤに意味の分からない言葉を投げてきた。
まただ、とは思った。
月島が発する、タクヤの今までの人生で縁の無かったスピチュアルな、タクヤにとって意味が理解できない内容。
先日までなら、タクヤは否定していた。荒唐無稽なことなど、あるはずも、起こることも無い、と。月島のソレは新興宗教的な、怪しげなセミナーの案内の類だと、疑ってかかっていた。
けれども。
「僕のすること、ですか?」
タクヤの口からは、するり、と月島の言葉を肯定するかのような問いが出る。タクヤからのその問いに、月島は静かに笑んだ。
疑いはない、とはまだ言い切れない。タクヤの中では、月島の何もかもを受け入れている、ことはない。
ただ、信用はある。
タクヤは月島への信は、確かに持っている。それは橘が月島へ抱くほどではないにしても、傾倒、まではいかなくても、信ずるに値する人物だ、と、それはタクヤの中での月島の立ち位置だ。
静かな笑みでタクヤの問いに肯定した月島を受けて、タクヤは心落ち着け、ゆっくりとタクヤの中に取り込まれた水晶玉を意識する。
タクヤがそのような行動を起こそうと思ったのは、初めてだ。
水晶玉がタクヤの中に取り込まれたと月島が告げたことは、そもそもタクヤには理解できなかった。
タクヤが今まで送ってきた生活の中では、そのようなことがあり得るはずが、なかった。
夢物語か、エンターテイメントの作り物か。偽物だと知った上で、見聞きし体験したことばかりだ。
それが。
信用している、カウンセラーの月島からの荒唐無稽な話。
先日は受け止めきれず、混乱と錯乱により、過呼吸を引き起こした。
それなのに。
怪しげな人物だと、関係を切っても良かったのに。自然に関係が切れる、時、だったのに。
混乱し、受け入れられず、理解できず、疑心を抱き、過呼吸まで引き起こしてしまったのに。
月島から求められて、のものだったにしろ、タクヤも月島から伸ばされたその手を、取った。




