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カタルシス  作者: つきたておもち
第4章

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 タクヤは月島を信頼している。感謝もある。

 けれどもタクヤのこれらの言葉を、気持ちを月島本人に受け取ってもらえていない感覚があった。

 だから、口答えをしてしまう。

 ホントウに昏かったのだ。

 この場に立たせてもらって、タクヤはわかった。

 アレはぼんやりとした昏さ、ではなかった。

 本当に。

 本当に、昏かった。

 思い返せば、心療内科を受診する前の、月島のカウンセリングを受ける前のタクヤの心情を喩えるのなら、昏さ、しかない。光さえ吸収してしまうような、底知れぬ闇の昏さ。

 そこから出ようともがくこと、足掻くことの気力を削ぎ落としてしまう、昏い、昏い闇。

 タクヤにねっとりとまとわりつき、離れることのない、引き離すことのできない、昏い闇。

 あぁ、そうだった。

 なぜ、ソレを忘れていたのか。ソレを忘れ、ぼんやりとした、闇までではない昏さ、だと認識していたのか。まったく動けなくなっていた時は、ねっとりとした闇の中でなす術がなく、タクヤは小さくなっていたではないか。

 それまでも、昏い、と感じる時は多々あった。その時は、他人との距離を置くことで、時間を置くことで何とかなっていた。今回もその方法で、タクヤはこのような状況に陥ることを回避しようとしたのだが。

 けれども、今回はそれができなかった。仕事の多忙さもあり、他人との距離を置く環境がなかなかと整わなかった。人との距離や時間を置くことができる環境になったときには、すでにタクヤの状態は為す術がなかった。

 昏い闇は、それまでどこに隠れていたのか、と驚くくらい、タクヤの中で突然に表出し、タクヤを一瞬で呑み込んだ。

 それはタクヤからしてみれば、ホントウに突然だった。前兆はなかった、はずだった。昏い闇がタクヤの中にじわりじわりと滲出しているような、感覚はなかった。それともそれは、タクヤが気づけなかっただけか。

 気づける元気が、タクヤにはもう無かったのかもしれない。確かに、今までにない疲労感が蓄積していっている感覚はあった。疲労感は蓄積していっているのに、眠れない日々が続き出した。前兆だと考えられることは、ただ、それだけだった。眠れない、熟睡感が得られない。ただ、それだけだ。

 タクヤは、突然に被われてしまったその昏闇の中でただ膝を抱えてうずくまり、外部を、自身の内の感情を遮断するしか、方法がもうなかった。闇の中に溶けてしまうことを避けるためには、何もかもを遮断するしか、術がなかった。

 タクヤだけでは、どうしようもなかった。月島が指摘したとおり、ただ時間が経つのを待つしか、タクヤには術がなかった。

 その闇を、昏さを、月島はタクヤの言葉に耳を傾けることで、ゆっくりと静かに薙ぎ払ってくれたのだ。

 彼のカウンセリング受診は、イヤではなかった。自覚は無かったが、今振り返れば、カウンセリングを受けるごとに闇が薄まっていた。それはホンの微々たる変化だったから、タクヤはその当時は気がつかなかった。

 唯一気が付いていたことは、眠れるようになった、だ。ただそれは、主治医からの眠剤の処方があり、タクヤが指示に従って服薬した効果だと思っていた。

 けれども今は、タクヤの心の内の昏さが薄まっていったのは、月島のカウンセリングの影響が大きいのだと、タクヤは受け止めている。この場に立たせてもらったことで、感覚的に理解できている。タクヤの中に取り込まれた、と指摘された水晶玉が、タクヤの中でソレを肯定している。

『コトネさんが、永良さんの深層の浄化を施していたんですよ。』

 不意に蘇った、月島のその言葉。

 月島が、橘がタクヤの深層を浄化してくれていた、と言っていたことをタクヤは思い出す。つまり、タクヤの心の昏さが薄まって行ったのは、ここまで緑映える景色に戻ったのは月島のカウンセリングだけでなく、橘の助力があってこそだと、遅まきながら今、気が付いた。

 そのことに気付いたタクヤが、うつむいていた顔を上げたその視線の先の橘は、やはり凛とした雰囲気を纏い、表情に変化が無く澄ましたままだ。どのような感情を抱いているのか、読めない。怒っているようにも見えるし、そうでもないようにも思える。

 何か声をかけた方が良い、と思うが、どのような声をかけて良いのかが、わからない。橘には何を言っても、それが例え謝意であっても、怒られてしまいそうなイメージしかタクヤには無いから、躊躇ってしまう。

 そのような思いを抱いているため、タクヤが橘へ声をかけることを躊躇っている中、永良さん、と、タクヤは月島から呼びかけられた。呼びかけられ、タクヤは橘から月島へと視線を移す。そのタクヤに、

「ありがとうございます。」

 と、月島は診察室で見せる爽やかな笑顔でタクヤに礼を述べた。この彼の様子とその言葉から、タクヤの小さく呟きのような謝意の言葉は、月島の耳には届いていたようだった。

 月島からの礼の言葉に、いえ、あの、とタクヤはいったん口ごもったが。

「月島さんだけでなく、橘さんにもとても感謝しています。」

 ありがとうございます、とこの場の勢いで、タクヤは表情の読めない橘にも頭を下げて、謝意を述べた。

 今更ながら感、はあった。だから、ばつの悪さも抱いている。現実のタクヤだったら、誤魔化したままやり過ごしただろう。

 けれども、この場にいるタクヤは、それでも素直に苦手意識のある橘へ礼を述べることをした。それが、できた。


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