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それは、タクヤがいつまでも彼らの言葉を理解できないからか。また、月島を信頼しつつもそれに相反して、心の奥ではいつまでも彼らへの疑心を拭うことができないでいるから、月島は先ほどのようなイラつきではないが、そのような態度をタクヤへとってしまったのか。
「決して、永良さんに非はありませんから。私の問題です。」
気にしないでください、と月島は、タクヤが膝の上で無意識に強く握り締めてしまっている手を包むように触れる。
「緊張させてしまいましたね。」
申し訳なかった、と、月島は再び謝罪の言葉を落とし、
「永良さんは、甘いものは食べられますか?」
そうタクヤに訊ねながら立ち上がった。
今までの流れとは全く関係のない、月島の問い。
「あ。はい。」
反射的にそう返答したタクヤに、月島は柔らかな笑顔を浮かべると、
「頂き物なんですが。」
と、ローボードへ向かい、その引き出しを開けて中から四角い缶箱を取り出した。それをテーブルに持ってくる。その缶箱には白地に薄い青い花のような模様が描かれていた。
「どうぞ。」
と、月島の手で蓋が開けられたその缶の中には、クッキーが詰められていた。
「珈琲も淹れますね。」
再びローボードの上で、月島が丁寧な所作でドリップバッグにお湯を回し入れて珈琲を淹れる。新たなカップに注ぎ淹れられる珈琲の、とても良い香りがタクヤのところまで漂ってきた。
先ほどまでの、緊張感があった雰囲気が途切れ、和らぐ。
これに静かな音楽が流れていたら、ちょっとした喫茶室だな、と先ほどまでの緊張感を忘れてしまったかのような考えがタクヤの中に、ふ、と浮かんだ。
そのような考えが浮かんだことで、月島のこの、今までとは全く関係しない行動は、もしかしたらタクヤの緊張を解すためのものなのかも、とタクヤは気づく。緊張からか握り締められていた両手は、いつしか解けている。
この配慮は、月島の職業柄からできることなのだろうが、それでも、タクヤはやはり月島の細かい配慮に月島を信用したい、と思ってしまう。思い返せば、今までの彼のカウンセリングでも、さりげない気遣いは多々あった。それらをタクヤは、それが月島の仕事だから、と受け止めていた。確かにそうなのだろうとは思うが、それでもカウンセラーだからといってその誰もができることでもないだろう。これは月島の人柄から、のものだと思う。
ドリップ仕立ての珈琲を差し出され、月島に勧められるがまま、今度は素直にタクヤはクッキーを手に取り口にした。口にしたそのクッキーは、見た目はシンプルなものだったが素材が良いのか、とても美味しい。
「このクッキー、とても美味しいですね。」
おもわずそのような感想が零れてしまった。
タクヤはこの手の菓子のブランドにも疎くてわからないが、クッキーが入っている缶の作りから、有名な菓子店のもののように思う。
「コトネさんからの、差し入れなんです。」
月島も1枚手に取り口にしたあと、美味しいですよね、とタクヤに同調しそう答える。
橘さんからの?のタクヤの問いに、
「橘が関係者か誰かから、貰った物なんでしょうね。それをコトネさんが差し入れてくれたのだと思います。」
月島からの答えが、かみ合わない。
「橘さん?から、ですか?」
もう一度問い直すタクヤを月島は、タクヤが何を疑問に感じているのかが一瞬、理解できない、といった表情を浮かべたが、すぐに、あぁ、と小さく笑む。
そして、
「『橘』は永良さんの主治医の、『橘医師』のことです。彼は私の高校時代からの友人なんです。」
月島のその答えにも、タクヤは首を傾げる。
月島が指すタクヤの主治医とは、このカウンセリングに隣接する、心療内科の『ツカサクリニック』のタクヤ担当の医師のことだと話の流れからそうタクヤは推察する。
確か、ツカサクリニックは複数名の医師で運営しておらず、独りの医師だったと、タクヤは記憶している。だから、タクヤの主治医は『ツカサ医師』のはずだが。
「僕の主治医はツカサ先生だったと。」
そのタクヤの疑問にも、月島は、そうですね、と肯定するが、
「彼は『橘ツカサ』です。最近、クリニック名に医師のファーストネームを付けるのが流行りみたいで、彼もそうしたようです。だから、『ツカサ医師』でもあり、『橘医師』でもありますね。」
月島のその説明を聞き、タクヤの中で少し気まずさが出てくる。つまりタクヤはクリニックに受診してから今までの間、主治医をファーストネームで呼名していたということだ。
「気にしなくても大丈夫です。そもそもクリニックの名をファーストネームで付けた時点で橘もそのことを推察できたでしょうし。もしかしたら、親しみやすさを狙っていたかもしれませんから。」
珈琲と菓子のせいか、先ほどの雰囲気とは違い、この場は柔らかな空気が流れている。月島を纏っていた緊張感のある空気も、今はない。ドリップしている時間で気持ちを切り替えたのかもしれない。




