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月島がタクヤには理解できない、意味深な言葉ばかりを告げるから、タクヤの中に疑心が生まれ、ソレが残ってしまう。
疑いたくないのに。丸っと信用したいのに。
あぁ、そうだ。
カウンセリングを受けて、月島の人柄をタクヤなりに受け止めて、タクヤは先日まで、彼のことを信用していた。それはカウンセラーとしての月島、も当然のことながら、職業を外した月島自身への信用もあった。たぶん、彼はカウンセラーでなくとも信用に値する人物像ではないか、とタクヤは思っていたし思っているのだ。
だから、先日からのタクヤにとっては意味の分からない、そして現実的ではない発言を繰り返す月島は、タクヤに対してなんとなく不満といった感情を持たせてしまっていたのだ。
心を見透かされている、といった気持ち悪さよりも、信を置いていた月島への信用の目減りが、タクヤに不満といった感情を抱かせている。
それら今タクヤが持つ気持ちの本音のところは、月島からタクヤのカウンセリングの終了を告げられて、タクヤは心底ではかなり残念に思っていた証だった。
本当は、このまま治療が終了し、月島と縁が切れてしまうことが残念だったのだ。その気持ちをタクヤは、自身の治療が進んだ良い証だ、と割り切ったつもりの感情で押し込めていた。
けれども、タクヤがそう考えたことは間違いではないはずだ。今までも、さまざまな場面でそうやって割り切って生きてきた。特別なことではなく、普段からあり得る出来事であり、考え方と感情のコントロールの方法のはずだ。
特に、タクヤと月島の関係は、治療者と披治療者でしかない。タクヤが心の不調にならなければ、会社から勧められた心療内科の一覧の中から、月島が構えているカウンセリングの隣の心療内科を受診しなければ、医師から勧められるがまま月島のカウンセリングの扉を叩かなければ、タクヤは月島との接点は全くなかった。タクヤと月島の縁は、高校や大学で築くような友人関係といったものではない。
また、自分を取り巻く社会といった世界が広がるにつれ、このような人間関係の縁のつながり方は普通にあり、縁のつながりも解除も『割り切り』といった方法を会得し、そして過ごしてきた。それなのになぜかこの場では子どもっぽさが前面に出てしまう。
「昨夜と一昨夜、ここで橘さんがランタンを掲げていたのを見たのですが、アレは何を?」
子どもっぽい対応をしてしまっていることに、なんとなく気まずさがタクヤにはあり、話題の転換をする。
タクヤが夢に見た、この場での橘の意味があるようで無いような行動。そして、それに対して満足そうな顔の月島。それらの光景がこの場に立ったからか、タクヤの脳裏に蘇ってきたのもある。
そのタクヤの質問に、月島はその表情を困ったようなものから柔らかな笑みへと変化させ、
「アレはコトネさんの力を使って、永良さんの深層、つまりこの場の『浄化』を施していたんです。」
そう、答えた。
先日から月島と橘の口からよく聞く『浄化』。タクヤにその『浄化』の手伝いをして欲しいと、月島と橘は依頼していた。
『浄化』とは、なんなんだろう。
「あの。月島さんが言うその『浄化』って、どういう意味なんですか?」
一昨日は、荒唐無稽だと、怪しいモノだと切り捨てた、タクヤにとって意味がわからない単語。その時は疑問として月島に訊ねようとも思わなかった。
それが、今は気が付けば、タクヤは月島にそのことを訊ねていた。コレは、タクヤが月島からの依頼を受けるつもりになった、と月島に捉えられてしまわないだろうか。そのような一抹の不安が、タクヤの心中に過ぎる。タクヤの中には、月島を受け入れるにはいまだ疑心と、恐れがある。
橘が月島に傾倒しているあの姿と自分が重なることに、拒否感がある。
タクヤのその不安に、月島は、
「大丈夫ですよ。」
と、いつもの爽やかな笑顔で、
「永良さんの疑問に私はきちんと、お答えします。この世界に触れたことのない永良さんが不安や、私たちに疑心を抱くのは当然のことですし、それらを私が答えることで、取り除けるのならお安い御用です。」
タクヤに向き合い、それに、と、
「永良さんに、無理強いはしません。」
タクヤを安心させるかのようにそう答える。
「この世界は、永良さんの瞳には、どのように映っていますか?色鮮やかですか?」
月島からそう問われ、タクヤは改めてぐるりとこの場を見渡した。
澄んだ、景色。
緑色が鮮やかで、透明感のある、とても気持ちの良い景色。
「色鮮やか、なんですが、けばけばしさではなく透明で澄んだ色に僕には見えます。」
タクヤのその言葉に、
「ありがとうございます。とても嬉しいです。」
と、月島の微笑みが深まる。
どういうことか、と、少し首を傾げたタクヤへ、
「永良さんが私の診察室へいらした時のこの景色は、白と黒しかない、無機質でした。」
月島はそう答えながら、タクヤと同じくぐるりとこの風景を見渡す。
そして、その視線をタクヤ戻すと、
「いわゆる、死にかけた世界、でした。」
ひたり、と見据えた。




