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タクヤはカップに残っていた最後の珈琲を口に含み、ゆっくりと、こくり、と飲み干す。
月島は、と月島を見遣るが、彼は少し視線を落として、珈琲をじっくりと味わうようにゆったりした動作で、カップに口を付けていた。
タクヤは意を決して、あの、と机を挟んでタクヤの斜め前に座り、タクヤと同じく珈琲をゆっくりと味わうように口にしている月島に声をかけた。
声をかけられた月島は少し下げていた視線をタクヤに向け、はい、と笑んで応うと手にしていたカップをソーサーに戻す。そしてタクヤが月島に訊ねようと口を開くその前に、永良さん、とタクヤを呼ぶと、
「体調は大丈夫ですか?あのあと、眠れない、といったことはありませんでしたか?電話がなかったので、少し心配だったのですが。」
と、月島がそれに先じてそうタクヤの体調を心配する言葉をかけてきた。月島のタクヤを心配するその言葉からは、月島はタクヤが見ていた夢のことは知らないようにタクヤは受け取れた。
そのことへの、落胆。
タクヤは、月島がタクヤにかけてきたその言葉から、落胆の気持ちが一気にわいた。
それはどこか期待が、タクヤにはあったのだということだ。アレは夢ではなくて、現実のことなのではないか、と思っていた自分がいたのだ。だから、この場に足を運んだ。もしかしたら、と。
けれども。
やはり、オカルトチックでスピチュアルな内容は胡散臭く、信じるに値しないのだ。エンターテイメント的な、造り物だと理解しながら楽しむものでしかないのだ、と、改めてタクヤは思ってしまった。
月島も所詮は彼が主催するセミナーか何かに、タクヤを勧誘するためのものだったのではないのか、といった負の感情を再び抱く。
月島へそのような感情を抱きながら、タクヤは月島からのその問いに、いいえ、と首を横に軽く振ると、
「一昨日、昨日ともよく眠ることができました。体調は、大丈夫です。」
と答える。
そう。体調は大丈夫だ。
大丈夫、というより、あれ以来すこぶる調子が良い。今朝も30分ほど軽くジョギングをした。だから、彼のこのカウンセリングも先日彼が治療終了をタクヤに告げたように、今日で終わりだ。先日の月島からの依頼も提案も、断るつもりに今、なった。
月島の人柄やタクヤに対するカウンセリングから、月島への信用はあるが、それは治療者と披治療者との関係からくるのものだ。一昨夜、昨夜の夢か現実か、間のようなあのことは、所詮タクヤが混乱した感情と情報を整理するために見た、夢でしかなかったのだ。
「あの、月島さん。」
一昨日の月島からの依頼を断ろうと、口を開きかけたタクヤへ、月島はいつもの爽やかな笑顔を見せると、
「一昨日も昨日も、調子は良さそうに見えていましたしね。」
と、月島はタクヤへそう言葉をかける。
月島からかけられたその言葉の内容に、え?と聞き返したタクヤへ、
「手を振り返して貰えるとは思わなかったので、嬉しかったです。」
と、本当に嬉しそうな笑顔を向けてきた。
月島の、続けて放たれたその言葉に、タクヤは目を見開き驚いた表情を浮かべていた。
「・・・アレは僕が見た、たんなる夢ではなかったのですか?」
そして、思わずそう訊ねていた。
タクヤの驚きの色の質問に、月島は笑みを崩さず、
「永良さんの夢、と言えば、夢ですね。」
と、再びタクヤには理解できない答えが返ってくる。それがどういう意味かとタクヤが問う前に、
「私はこの間のように、コトネさんと共に永良さんの深層へ訪ねて『浄化』を施していました。私たちのせいで永良さんの体調が不調になってしまいましたし。一昨日は、申し訳なかったです。」
月島が改まった感で、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
アレは、タクヤの混乱した心と情報を整理するが為にタクヤの脳が見せた、タクヤだけが見ることができる夢、ではなかったのか。夢を誰かと共有することなど、常識的にはあり得ない。
なのに、月島は本来ならタクヤしか知らないはずの、タクヤの見た夢の中の月島との遣り取りを、月島も体験していたかのように話す。
一昨日のこの診察室での出来事は、タクヤが月島からかけられた催眠や暗示の類、ではなかったということか。この場にいた3人が共有していた実体験、だったのか。
「また、あの場へ僕を連れて行ってもらえますか?」
月島の仕事の手伝いやリハビリ、といった月島からの提案を断る言葉を告げるはずだったタクヤは、知らず前のめりになり、反対の意の言葉を発していた。
なぜなら。
タクヤはあの場にもう一度降り立ちたいのだ。あの、緑鮮やかで、優しい柔らかな微風が吹くあの場に、機会があるならもう一度立ちたい。
それほどまで印象的だった。タクヤの心に刻み込まれ、忘れられない良い意味での感覚。
「良いですよ。」
タクヤから依頼された月島は、容易いことだと快く諾との返事をする。
「あまり、長く居られませんので、5分程度ですが。今から入りますか?」
続けてのその言葉に、タクヤは、
「お願いします。」
と、頭を下げていた。
「では。」
と、月島は立ち上がり移動し、タクヤの隣の椅子に腰をかける。
「一昨日のように、目蓋を閉じてください。」
椅子を動かしタクヤの横から向くような形で座っている月島は、一昨日と違い、なんとなく嬉しそうに見える。
もしかしたら、月島の術中にはまってしまっているのかもしれない。
月島のコントロール下に置かれてしまったのかもしれない。
けれども。
タクヤは自身の心の動きを探ってみる。そこから得た答えからは、タクヤは橘のような、月島への傾倒感は、持ってはいない。
洗脳はされてはいない。大丈夫。このタクヤの気持ちは、タクヤ自身の意思だ。
そう確信し、タクヤは月島が指示するとおりに、一昨日のように目蓋を閉じた。




