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カタルシス  作者: つきたておもち
第3章

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 月島がカウンセリングの診察室を構えているのは、医療モールの一番奥に位置する場所だ。

 この医療モールは内科や整形外科、眼科、耳鼻科、タクヤが受診している心療内科など、いくつかの診療所が軒を並べている。モールの入り口近くに整形外科や内科、眼科などの診療所があり、心療内科もモールの奥に位置していた。

 心療内科、にタクヤは偏見はないが、もし、人目を気にして受診しにくいと感じている人がいるのなら、この並びは割と受診しやすいのではないか、とタクヤは思っている。しかも医療モールなので表通りの入り口から入った人がどの科を受診するためにその入り口をくぐったのか、表通りの道を行き交う人たちにはわからないだろう。なので、割と気安く足が運べる場所だと、タクヤはそう感じていた。

 タクヤはモール奥まで足を運び、月島がカウンセリングをしている入り口の自動ドアから中に入る。いつもならその入り口を入って右斜め前に受診カードを通す機械にカードを通すのだが、その機械は今は電源が落とされていた。そういえば、と。照明もいくつか落とされていてこの部屋全体が普段より薄暗い。そして、タクヤがいつもカウンセリングを受ける診察室へと続く廊下は窓に面していないせいか、いっそう薄暗かった。

 このまま、診察券を通さずに、月島の診察室まで入ってしまって良いのだろうか、とタクヤが迷っていると、

「よく来てくださいました、永良さん。」

 タクヤが来院したことがわかったのか薄暗い廊下の先、診察室の扉がスライドして診察室からいつもの出で立ちの月島が出てくる。

「あの、診察券を。」

 と、言いかけたタクヤを、

「今日は私のプライベートで行うカウンセリングなので、このまま部屋へどうぞ。」

 と月島はタクヤの言葉を遮って、タクヤを診察室へ入るよう、促した。

 タクヤは月島のその言葉に素直に、はい、と返事をして促されるまま月島の診察室へ入る。

 入った先の診察室は、入り口からの薄暗さとは違い、いつものように明るかった。それは、部屋の電灯がいつものように点いていることもあるが、月島からいつもカウンセリングを受けるこの部屋は外に面した窓が2箇所あり、そこから陽の光が入ってくるせいもあるのだろう。

「永良さん。どうぞ、おかけください。」

 部屋に入ったタクヤへ、月島はいつものように椅子に座るよう勧める。勧められるがまま、タクヤはカウンセリングを受ける時に座っている椅子に腰を下ろした。しかし月島は普段のカウンセリング時のように、タクヤのその斜向かいの椅子に座ることなく、部屋入り口から入って左側のローボードの前に立つ。そして、タクヤへ振り返りながら、

「永良さんは、珈琲は飲めますか?」

 と、月島はそう訊ねた。

 清涼飲料水に関して、タクヤには特に拘りはない。提供されればなんでも口にする。それに普段、タクヤは飲み物としては珈琲を好んで選び、飲用しているため、

「はい。むしろ好きなほうです。」

 と、答えていた。

 タクヤのその答えに、それは良かった、と月島は笑顔で返す。そして、月島はそのままローボードに向かう。

「診察時はコトネさんが拘って淹れてくれる紅茶を提供するのですが、今日は午後からは休診なので、彼女は退勤しました。まぁ、つまりは私はコトネさんの茶葉を触ることができないんです。」

 だから今日は珈琲です、と言いながら月島はローボードの上で作業を開始する。少し時を経て、珈琲をドリップする時の、とても良い香りが部屋全体を包むように漂ってきた。

「月島さんがひとりの時は、珈琲なんですか?」

 との、タクヤのその問いに、そうですね、と、

「ひとりの時は、主にお湯を注いですぐに飲めるインスタント珈琲ですね。」

 と、タクヤの位置から見える彼の横顔は、柔らかな笑みを浮かべている。彼はタクヤからの問いに手を止めることなくゆっくりと時間をかけて、ドリップバッグにお湯を注ぎ淹れる。

 月島はその作業をしながらしばらくして、ただ、と言葉を続け、

「私は何かを切り替えたいときは、ドリップするといった手間をかけて淹れていますね。インスタントにはない良い香りがしますし、注ぎ淹れている時間が貴重なときもありますし。」

 ただし、と。

「豆に拘りはありませんから、近くのスーパーで買ってきたブレンドですけれども。」

 と、月島は注ぎ淹れ終わったカップをトレイに載せ、タクヤが座っている、いつも彼がカウンセリングをしている机まで運んでくる。そして、お口に合えば良いのですが、とひとつのカップをタクヤの前に、そしてもうひとつは月島が座る椅子の前に置き、彼は椅子に腰を掛けた。

 タクヤの目の前に置かれたカップからは、珈琲の独特のとても良い香りが鼻腔をくすぐってくる。確かに、インスタントではここまで良い香りは引き出せない。

 けれども、珈琲の良い香りを漂わせるカップを目の前にして、タクヤは先日の橘の紅茶をめぐっての会話を不意に思い出してしまった。

 あのときの、意味深で、理解できない会話の内容。ワケがわからない中で、ワケがわからないモノを知らないうちに口にしてしまっていたかもしれない、といった恐怖。

 そのことから、月島手ずから淹れられたこの珈琲は、果たして口にして良いものだろうか、といった疑心を持つ。

 けれども、その感情は先日のときと比べると、そのときよりは深くはない。深くはないが、それでも疑心と恐怖心はタクヤの心の奥底に燻ってはいる。


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