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カタルシス  作者: つきたておもち
第3章

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19

 ふ、と。

 目覚まし時計の力を借りることなく、タクヤは自然と目を覚ました。目覚めてゆっくりとその身体を起こす。知らず、うーん、と伸びをしていた。

 寝起きの体調は、悪くない。

 むしろ、良い方だ。

 タクヤが確認した時計の針が指す時間が本当であれば、昨日、月島の診察室から帰宅してそのまま眠ってしまったので、12時間以上は一度も覚醒することなく、眠っていたことになる。

 一度も覚醒なくこれだけ眠っていたのであれば、この体調の良さは当然だと思う。久しぶりに、とてもよく眠れた、といった感覚だった。

 心療内科を受診し、月島のカウンセリングを受けだしてからも、眠れるようになった、といった感覚だったが、今日の目覚めと心身ともの体調は、それに比にならないくらいすこぶる調子が良い。

 昨日の、月島の診察室での体験から、月島も心配していたように、タクヤも疲労感が強かったとはいえ、神経が高ぶって眠れないのではないか、と思っていた。けれどもそれは杞憂だったようだ。

 身体も心もとても、すっきりとしている。

 改めてタクヤは時計の指す時間を確認する。時間帯としては、今は早朝にあたる。

 心療内科の医師からは、生活リズムを調えるように、また適度に身体を動かすようにアドバイスを受けている。そう言われてからなるべく早寝早起きを心がけてはいたが、夜間不眠もあり、あまり上手くいっていなかった。生活リズムが調わなければ、軽い運動すらできない。

 でも、この時間帯なら街もまだ目覚めきっておらず、行き交う人の姿もあまりないだろう。人目を気にせずウォーキングくらいならできそうだった。それになんとなく、身体を軽く動かしたい気分だった。

 タクヤはベッドから出て、シャワーを浴びる。服を着替えてウォーキングシューズを履き外へ出た。

 陽がちょうど昇り始めた頃であり、空気がひんやりとして気持ちが良い。

 ひんやりとした空気とすっきりと冴えた頭で、タクヤは歩きながら昨日の月島の診察室での体験と、その続きのような、昨夜に見ていた夢の内容を反芻していた。

 あれらは現実、だったのだろうか。

 あの体験は、月島の暗示にかかったせい、ではなかったか。

 あの場でタクヤは月島に訊ねたが、月島はそれを否定した。ただ、もし、月島の暗示ならば、暗示をかけた当人に訊ねたのだから否定が返ってくるのは、当然だろう。

 けれども昨夜の夢は、昨日の衝撃的な体験を整理するために脳が見せたもの、にしては、最後に月島と目が合ったことが、タクヤの心の中に引っかかっていた。アレは、単純にタクヤが情報と心を整理するために見た夢だったのか、と。

 あのとき、確かに月島はタクヤがそこに居ることを認識していた。タクヤはこの年齢まで当然、数え切れない程の夢は見てきたが、記憶にある限り、夢の中で出逢った人と視線が合う、なんてことは一度もなかった。

 視線が合った、ということは、アレは夢ではなく現実のことだったのか。

 しかし、とてもじゃないが、タクヤはアレが、あの場所が、アレらのことが『現実』だと、思えない。

 思えない、ではなく、信じることができないし納得もできない、だ。あの荒唐無稽なモノたちが『現実』なのだ、と納得し、飲み込むことができる確たるものを、タクヤは持ってはいないからだ。

 かといっても、タクヤが月島の暗示にかかったことによる、幻視、幻聴、幻覚、妄想といった類である、と、どこか言い切れない思いも持っていることも正直なところだ。

 反芻し黙々と、色々と考えてみるが、タクヤ自身が納得できる答えは見つからない。

 そうこう様々な自身の考えに深く入り込んでしまったせいか、タクヤはウォーキング、のつもりだったのが、気づけばいつしか軽いジョギングとなっていた。

 ただ、身体は軽かった。

 あのような、頭と心が混乱するような体験をしたというのに、それに対して色々と考えをめぐらしているというのに、心は晴れていて、頭はすっきりとしている。そのせいか、身体が軽く、すこぶる調子が良かった。

 このままジョギングを続けようかとも思ったが、とはいえ、急に身体に負荷をかけるのもどうかとも思い、30分ほどで帰宅をした。それでも、身体と心の調子の良さは1日中、就寝するときまで持続していた。

 体調の良いまま、タクヤは早めにベッドに入り、眠りにつく。

 終日、タクヤはことある毎に昨日のこと、夕べ見た夢のことを考え、推察していたが、答えはいまだ何も掴めていはいない。けれども、なのに、明日、月島の診察室へ行くことへの拒否感が、今は見当たらない。明日、昨日に月島と約束したとおりに、月島のもとを訪ねるつもりでいる。

 そうは言え、タクヤの中に月島や橘への疑心はいまだ燻っている。しかし、昨日の診察室で抱いていた胡散臭さは残っていなかった。

 それは、タクヤが診察室を辞去する際に月島の、タクヤの体調を本当に心配している瞳を見せられたからだろうか。月島は本心から、タクヤの体調を心配していることが、あの時、タクヤには伝わってきていた。

 だから、もしかしたら昨夜、タクヤはあのような夢を見たのかもしれない。

 ならば月島への疑心が小さくなった今、今夜はもう、あの夢は見ない、だろうか。

 そのことになぜか少し残念な気持ちを抱えながら、タクヤは眠りに誘われるまま、目蓋を閉じた。


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