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そのタクヤが見せてきた表情に月島は、
「今日のこの話の続きではなく、永良さんの心の変調へのフォローをしたいのです。」
と、申し訳なさそうに、来室の提案をする理由を述べる。
「もちろん、私の私的な申し出ですので、カウンセリング代はいりません。私が永良さんのフォローがしたいのです。」
いかがでしょうか、と提案する月島の表情は、本当にタクヤの身体を心配しているようだった。
「明後日、と言いましたが、今晩、眠れず身体も心もつらい、と感じたなら遠慮なくいつでも私に連絡をください。」
と、月島は胸ポケットから名刺を取り出し、その名刺の裏に携帯番号を書き込んでタクヤへ握らせる。そこに記入されている電話番号は、タクヤが月島のカウンセリングに来たときに手渡された用紙に記載されていたものではなく、月島のプライベートの携帯のようだ。
タクヤはしばらくその携帯番号が書かれている数字をぼんやりと眺めていたが、ふ、と月島へと視線を移すと、
「僕が先ほどまで。」
と、言いかけて口をつぐんだ。
はい、と、月島は返事をしてタクヤが座る椅子の前にゆっくりと跪き、タクヤがその続きを話し出すのを静かに待っている。
「・・・僕が先ほどまで居たあの風景は、景色は、夢、ではなかったのですか?月島さんの暗示にかかって見せられた、景色だと認識しても、良いのですか?」
月島はタクヤが話す内容に否定も肯定もせずに、耳を傾けてくる。しばらくの沈黙のあと、月島はタクヤの瞳を捉えながら、
「暗示、ではありません。私とコトネさんが永良さんを誘った場所です。その場所が、永良さんの心の深層だった、だけです。」
にわかには信じてもらえないでしょうけれども、と答え、
「今日はこの世界に触れたことの無かった永良さんに、一気に情報を流してしまい、混乱させてしまいました。申し訳ありませんでした。」
頭を下げ、再び謝罪する。謝罪の言葉をかけられたタクヤが、いいえ、と、頭を振ると、月島は複雑な表情を浮かべながら、
「今日はとてもお疲れでしょうから、ゆっくりと家で過ごしてください。」
跪いた状態から立ち上がり、
「明後日、お待ちしていますね。帰宅後、少しでも体調に気になるところがありましたら、本当に遠慮なく私の携帯に連絡をください。」
そのような言葉をかけられ、タクヤはどのように返事をしようかと、黙す。
なにかしらのセミナーや新興宗教といった誘いではなさそうだが、それでもそれらではない、とはタクヤはまだ否定できるものがなかった。
なによりも、今はタクヤには疲労感が襲ってきており、そのことについて考える余力が残ってはいない。頭が回らない。
タクヤはどのように返事をしようかと、考えをまとめられないまましばらく黙したが、月島の心配している瞳の色を向けられると、了解の意で、はい、と返事をしてしまっていた。月島のその瞳の色は本当に、タクヤの身体と心の変調に関して気にかけているのだと、伝わってきたからだ。
自宅まで送りましょうか、という月島の申し出を丁重に断り、明後日に月島の診察室を訪ねることを再度約束して、タクヤは月島の診察室をあとにした。
タクヤが月島の診察室を出てから家までの道のりは、なぜかいつもより遠かった。重い身体を引きずっている感じがして、なかなかと足が前に進まない。
身体は疲れていないはずだった。身体を使うことなどしてはいない。
たぶん、心が疲労を訴えているのだろう。心が疲れ果て身体の変調をきたし、会社を休まざるを得なかったときと、今は似た感覚だった。
それでも、足を動かしていればいつかは自宅のあるアパートに着くことはできた。どうにかこうにか玄関のロックを解除してタクヤは部屋のベッドに倒れ込む。
何もしたくはなかった。
このまま、眠ってしまいたかった。
とにかく、眠くて眠くて仕方がなかった。
このまま眠ってしまわず、着替えなければ、とは思うが、目蓋が落ちていくのを止めることができない。
月島が眠れないことを心配していたが、これでは正反対だな、とちらりと思ったところでタクヤは意識を手放した。




