13
タクヤはオカルトもスピチュアルも今までまるきり、縁がなかった。興味すら、なかった。
せいぜい、ホラー映画を見て楽しむか、お化け屋敷に入って楽しむかくらいの関わりだ。しかもそれらは単なるエンターテイメントの部類だ。
今、この状況はソレとは全く違う。コレは、この場は遊園地などといったエンターテイメントの場ではない。それぐらいは、タクヤでも理解はできていた。
理解はできるが、この非現実的な状況に、タクヤの頭も心も追いついていない。
「さぁ、行きましょう。」
立ち尽くしたままのタクヤへ、先立ち歩き始めた月島が振り返り、再度タクヤを誘う。月島から誘われて月島を見やったもっと先に、黒に近い色のパンツスーツを身に纏った女性の佇む姿が、タクヤの瞳に飛び込んできた。
「案内人?」
呟くくらいの小さな声の訊き返しだったが、そのタクヤの声が聞こえたのか月島は、
「コトネさんが案内人です。」
月島の先に立っている女性を指し示し、そう答えた。
「え?橘さん、ですか?」
タクヤは足元の感覚を確かめながら、ゆっくりと月島に近付き月島に並ぶ。
月島が指し示す先に、タクヤたちが近付いてくるのを待つように佇む、黒色に近いパンツスーツの女性は、タクヤが抱いていた印象の橘とは真逆に見える。しかし、月島の後を付くように歩き出し、その女性に近付いてみると、確かに顔の造形はタクヤの知る橘だった。
タクヤたちが橘のそばまで近付くと、
「こちらに。」
彼女は素っ気ない態度で、タクヤたちの前に立ち、歩き始めた。
タクヤが目を閉じるまで見ていた、彼女のふわふわとした印象は、全く無い。橘と同じ顔をしたこの彼女は、ふわふわではなく、凛とした厳しさの雰囲気を纏っている。
双子か、もしくは姉妹か。
「いえ。コトネさんですよ。」
タクヤの疑問に月島が答える。
「あの姿が彼女、コトネさんの本来のモノです。現実に見ているコトネさんに抱く私たちの印象は、まがい物とまでは言いませんが、表層を見せられていて、私たちが勝手に抱いている姿なだけです。」
タクヤが持つ橘への印象のブレが、月島のその説明によってタクヤの中で腑に落ちた。
彼女が発する厳しい言葉と彼女のふわふわした雰囲気がタクヤの中では合致できず、戸惑ってしまったのはそういうことだったのだ。
タクヤは彼女の言葉が本音なのか、それともふわふわとした柔らかで優しい雰囲気が彼女自身を表すものなのか、戸惑っていたが、月島の今の説明でその戸惑いに関してすとんと、納得できた。
ということは、あの時の彼女からタクヤへ放たれた苛立ちと不快の込められた言葉たちが彼女の本音、だったのだ。
つまり、紅茶の件もタクヤが月島へ抱く不信感に対しても、彼女は本当に不快な感情を覚えていたということだ。
「紛らわしいなぁ。」
普段のタクヤなら落とすことのないグチらしきものが、思わずぽろり、とタクヤの口からこぼれ落ちてしまった。
とたん、橘の歩む足が止まり、橘の後に付いて進んでいたタクヤたちへと勢いよく振り返ると、
「わたしに対して勝手な印象を持って、このような人物像だろうとありきたりの型に当て嵌めて見ていたのは永良さんです。それは、わたしの責ではない。」
透きとおった、クリアで凛とした強めの声。
切って捨てるような、はっきりした物言い。
「彼女は偽りなく、コトネさん、ですよ。」
橘からきつめの言葉を浴びせられたタクヤが、豆鉄砲を喰らった鳩のようにぽかんとした表情を浮かべたのを見た月島が、苦笑する。
「彼女は現実では、ふんわりとした儚げで優しい雰囲気を纏っていますから、誤解を受けることが多々あります。」
でも、と、
「人には表裏、というものがあることは、永良さんも良くご存知のはずだ。」
意味深な言葉をタクヤに向ける。
タクヤは月島から向けられた意味深なその言葉に、一拍の間を置くと、
「そう、ですね。」
とうなずいた。
人には裏の顔を持っていて当然だということを、タクヤもよく知っているし、納得もしている。タクヤ自身も意図的ではないが、人によって見せる顔が違っていることも、普通にある。
ただ、その表裏の顔の乖離が大きいかそうでないかの違いだ。または、作為的かどうか。
月島の言に納得したようなタクヤのその返答に、橘はなぜか更に厳しい表情を見せる。そして、息を吸い込み、吐くと、
「わたしの場合は、他人が『橘コトネ』という人物像を勝手に決め付けているだけです。わたしが表裏の顔を分けてはいません。」
と、不満げな色ありありで、投げつけるようにタクヤにそう言った。
「ごめんなさい。」
タクヤは橘のその勢いに負けて、思わず謝罪の言葉を吐く。そのタクヤの謝罪にも橘は納得しなかったのか、今度は表情を無にし、
「ベツに、謝って欲しいわけではありません。」
と、小さなため息を吐く。そしてきびすを返すと、再び彼女が目指そうとする方向へ足を踏み出した。




