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カタルシス  作者: つきたておもち
第2章

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12

 ぼんやりとした感覚。

 静かな時間が一時いっとき過ぎた後、

「ゆっくりと、」

 月島の、耳に心地の良い、穏やかなトーンで、

「ゆっくり、目蓋を開けて下さい。」

 そのような指示が入る。

 催眠状態に誘われたのだろうか、とも思うが、月島のその指示に逆らうことはできそうだった。

 けれども、目蓋を開けた先に、何が待っているのか。

 そのようなタクヤの好奇心の方が猜疑心より少し上回り、タクヤは月島の指示に従い、閉じていた目蓋をゆっくりと開けた。目蓋を開けた先は、タクヤが目を閉じる前まで見ていた月島の診察室の風景だ、と確信しながら。

 その、タクヤがそう確信しながら目蓋を開けたその瞳に飛び込んできたのは。

 眼前に広がっていたのは、タクヤが想像もしていなかった、一面の鮮やかな緑が映えた草原。

 その草原の真ん中に、タクヤは立っていた。

「・・・っ。」

 その色の鮮やかさに、タクヤは思わず息を飲む。

 ここは、現実の世界か。

 否。そのようなことは無いはずだ。タクヤは今の今まで、月島の診察室の椅子に腰を掛けていた。あの一瞬で、タクヤをどこかへ連れて行くことは、不可能だ。しかも、タクヤは椅子に座っていた感覚のままだった。立ち上がった、といった動きすらした覚えは全くない。

 映像を、見せられているのか。

 タクヤは立っている自身の足元に、視線を落とす。

 膝下まである緑色の草が、タクヤのスラックスの上からでも当たる感触は、確かにあった。

 では、現実、なのだろうか。

 しかし、それは常識的に、あり得ない。催眠状態に陥ることで、このような、一瞬で今いる場所とは全く違う風景を見せることができるのか。体感することが、できるのだろうか。

 そして、ココは、どこなのだ?

 タクヤの記憶の中にはない、初めて見る風景だった。

 眼前に広がる風景の、色のコントラストははっきりしている。それは、この場がとても空気が澄んでいる証に思える。草原の向こうに見える山々も、とても色鮮やかだ。

 それは、タクヤの心が惹きつけられる、とても綺麗な景色だった。しかしこの風景の綺麗さもさることながら何より、タクヤにとってはとても居心地の良い感覚がタクヤを大きく包み込む。このままこの身を委ねてしまいたいような、そのような感覚。

 自身が持ってしまっている感覚と、置かれてしまっている場所への思考が追いつかず、ただ立ちすくむタクヤの頬に、柔らかな風が撫で、去っていく。

 そのそよ風に、足元の草葉がゆらゆらと揺れる。

 催眠というものは、触感まで現実的に感じることができるものなのか。

「催眠状態と言えば、その通りなのですが。ただ、コレは永良さんが考えている催眠状態ではありません。」

 タクヤの背後から不意に月島の声がして、タクヤは思わず振り向いた。

 振り向いた先、タクヤから少し離れた場所に月島が、彼がいつも身にしているスタンドカラーの白いシャツに黒に近い灰色のスラックスの、先ほどまでタクヤが目にしていたいつもの出で立ちで、いつもの爽やかで柔らかな笑顔を浮かべて立っていた。

「とても綺麗な風景で、気持ちが良い場所ですね。この場の持ち主である人物の、人柄が推し量れる。」

 月島は辺りを見渡しそう言いながら、タクヤに近付いてくる。

「この場の持ち主?」

「ええ、そう。永良さんの人柄そのものだ。」

 近付き、タクヤの隣に立った月島は、タクヤのその疑問にタクヤを見ながらそう答えた。

「僕、ですか?」

 再び飛び出す、月島からの意味の理解できない発言。

 疑心と疑問でいっぱいのタクヤに、

「ココは、永良さんの心の中、深層ですよ。」

 月島は爽やかな笑顔を浮かべたままそう答える。

「僕の、心の深層?」

 そのような所に、人が立つことができるのか。しかもこの場所は、タクヤ自身の心の中だと、月島は言う。

「永良さんの心の核は、こんなにも美しく清々しいのですね。」

 感心のこもった呟きで、月島はそう言葉を落とすと、

「案内人の彼女が待っています。」

 続け様にそう言って、タクヤの先に立ち歩きだし、タクヤに月島の後に付いてくるよう誘う。

 混乱と錯乱。

 タクヤが今、置かれている、信じることがとてもではないが、まったくできないこの状況。

 月島や橘からの意味が理解できない、言葉たち。説明。

 タクヤは混乱と錯乱に侵されそうだった。


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