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内容は、タクヤが月島の仕事の一部を担うことへ同意するといったようなものだ。月島の仕事の一部を担う具体的な内容は、先ほどから月島と橘が口にする『浄化』。またその『浄化』をすることで知り得た個人の情報を第三者へ漏らすことを禁じた、個人情報保護に関することも記載されている。また、この『浄化』を手伝うことは、タクヤのリハビリの一環であるとも記載されていた。
「この、月島さんが言う『浄化』の手伝いは、僕のリハビリ、になるのですか?」
同意書の中身もオカルト色の濃い、荒唐無稽な話。
なのに、タクヤのリハビリの一環だといった記載がタクヤの中で合致せず、つい、タクヤはその疑問を口にしてしまった。
「もちろんです。」
間髪入れず、タクヤの隣に立つ月島からは肯定が返ってきた。
「先ほども言いましたように、コレは永良さんの社会復帰のためのリハビリの一環になります。コトネさんの『浄化』を受けて、永良さんの自浄作用が動き始めた、といっても、永良さんの場合は、恐らく。」
月島はそこで押し黙ってしまった。
自浄作用、とはどういう意味なのか。
恐らく、なんなんだろう。
「いえ、つまり私の仕事の手伝い、コトネさんのサポートをする、ということは、永良さんの自浄作用を強化する、といった意味合いもありますので。だから、『リハビリ』なのです。」
説明のようで説明になっていない。タクヤにとって『不明な点』は、月島のこの説明では不明なままだ。
「ここに、永良さんの自署をお願いします。」
なので、月島が差し出したボールペンをタクヤは受け取ることをせず、
「先ほど、月島さんがおっしゃった、『実践形式の説明』を受けて納得してから、僕は月島さんからの正式な依頼を受けます。」
そう答えた。
余興に付き合うのも、ココまでだ。
新興宗教やそれに類似したモノの勧誘なら、この場で彼らの勢いに飲まれての自署はよろしくない。月島が言う『実践形式の説明』というものを受けて、それがタクヤにとって納得できる内容だと確認してから、自署をしても悪くはないだろう。そもそも、そのようなことが本当にできるのかどうかも怪しい。
疑心は変わらずタクヤの中に鎮座している。
けれども月島はタクヤのその発言に不快な表情を浮かべることなく、
「それもそうですね。」
と、その提案をあっさりと受け入れた。
それは、タクヤを納得させる自信がある証拠なのか。
「では、実践をしてみましょう。」
コトネさん、と月島は橘の名を呼ぶ。名を呼ばれた橘は、ふわふわとした雰囲気ながらも不快そうな小さなため息を吐き、
「彼はセンセのことを、全く信用していませんけれども。」
それでも実践をするのか、と月島に訊ねる。
橘のその問いに月島からの、当然です、といった答えと、
「彼は先ほどまで、コトネさんの『浄化』を受けていましたし、繋がりやすくなっています。それに、今回は私も入りますから、大丈夫です。」
との言葉に、橘はちらり、とタクヤを見てしばらくの間の後、諦めたかのように、はい、と応えて軽く目蓋を閉じた。
その彼女の姿は、瞑想のように見えなくもない。
橘が瞑想のような状態をとり始めたことを確認した月島は、自身が隣室へ書類を取りに行く前までに座っていた椅子をタクヤの隣に持ってくる。そして、タクヤの横からタクヤへと向かうような形でそこに座った。
「最初はコトネさんのように、目を閉じた方が入りやすくなります。」
そのようにタクヤに指南をする。
タクヤの前にはテーブルがあり、タクヤが座っている隣には月島が、意図的なのかどうかわからないが、タクヤを逃がさないような形で自身の椅子を配置し、座っている。
この物理的にタクヤがこの場を辞去することが困難な状況から、タクヤは疑心を抱きながらも逆らうことをせず、月島からの指示に従い、軽く目蓋を閉じた。
彼らが何を言っているのか、何を説明しているのか、やはりタクヤにはさっぱり理解できない。ただ、今までのやり取りから、橘は月島に心酔していることはなんとなく理解できた。
もし、この場が新興宗教か何かそれに類似する場とするならば、教祖は月島で、信者が橘ということになるのか。また、他にも月島を心酔する者は、いるのだろうか。
タクヤは月島に感謝の気持ちはあるが、心酔するほどこの月島のカウンセリングにのめり込んではいない。月島からカウンセリング終了を告げられたとき、残念な気持ちはあったが、このままこの診察室と縁が切れてしまうことに怯えは無かった。
ただ、タクヤはそうだったが、どちらかといえば月島がタクヤとそのまま縁が切れることを、嫌がっているようにタクヤは感じている。
もしかしたら月島は、そのカウンセリングの技術で以ってタクヤを洗脳しようとしている、といったことも否定できない。
「緊張しないで。ここは永良さんがいつもカウンセリングを受けている『月島』の診察室です。」
月島の柔らかなトーン。緩やかな、声音。
月島の暗示にかからないように、と気を張り詰めていたが、それも空しくタクヤはタクヤがいつも月島のカウンセリングを受けている時の雰囲気に、あっという間に包まれた。




