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その雰囲気から、今この場は、なんてことのない世間話をしているような、そのような感覚に陥る。
けれども、話の内容はタクヤにとっては意味不明、理解不能のモノたちだ。
「コトネさんが紅茶を淹れると、コトネさんの『気』もその中に入るようで。あぁ、ただ。」
そのようなタクヤを置いてきぼりにして、
「相性の善し悪しがありますから、誰に対してでも、永良さんとのように巧くできるものではありません。幸いなことに永良さんとは、私もコトネさんもとても相性が良かったようです。」
月島が言葉を続ける。
世間話のように語る、月島。
その隣で、月島のその荒唐無稽な話を否定もせず、肯定の意のようなふわりとした微笑を浮かべる、橘。
あぁ。コレはもしかしたら、タクヤの治療が今日で終わりなので、余興のドッキリなのかもしれない。
それとも新興宗教の勧誘か、それに類似する何かの勧誘か。
やはり、このままこの場を立ち去った方が良い。そもそもタクヤは、先ほどの月島からの問いの中にあったオカルトには、全く興味がない。だから、この場から一刻も早く、離脱すべきだと思う。
そう、思うのに。
タクヤの心も身体も足もこの場を立ち去りたい、と動きたがっているのに。
そして、今まで敏くタクヤの心の動きを察知していた月島が、タクヤのその思いに気がついていないわけはないのに、
「それでですね、永良さんを浄化しているときに、永良さんにもコトネさんが施している『浄化』をする力がある、ということがわかりまして。」
そのまま荒唐無稽な話を続ける。
なぜ、立ち去ることをせず、できず、タクヤは月島の話に耳を傾けているのか。橘から目が離せないで、いるのか。
「端的に言いますと。」
月島が、少し揺れだしたタクヤの瞳を力強く捕らえ、
「私のカウンセリングを受けにきた人の心の『浄化』を、コトネさんと一緒に、永良さんにご協力をお願いしたいのです。」
どうぞよろしく、といった月島のその物言いは、当然タクヤは月島と橘の荒唐無稽としか思えないその依頼を受ける前提の、物言いだ。
「おや。」
月島はタクヤの戸惑いを気にもせず、おもむろに自身の腕時計に目を落とすと、
「説明だけでかなりの時間を要してしまった。」
と、自身の腕時計の針を確認して呟く。
「ここからは、実践形式で説明しましょう。その方が、理解が良くなるでしょうし。」
月島は腕時計に落とした視線を再びタクヤに向け、いつもの爽やかな笑みを浮かべる。
「私は、今日はこの後のカウンセリングの予約を入れていないので、永良さんへの説明に充分な時間はとれます。永良さんが不安に思わなくなるまで、とことん説明できます。」
そう言いながら彼は立ち上がると、失礼、と言って隣室へと消えた。
月島の圧がなくなった今、この場を立ち去るチャンスだとタクヤは椅子を引こうとしたが。
「永良さん。」
と、橘から呼びかけられ、
「永良さんは、わたしが訪った人たちの中でも、ひときわ輝きを持つ方です。その天分の才でもって、わたしたちにご協力頂けるのは、とても嬉しいです。」
ふわふわとした印象の笑顔を向けられた。
橘のこのふわふわとした雰囲気も、月島とは違った意での、他人を惹きつけるものだ。タクヤの椅子を引こうとする動作を止められてしまう。
「あの。橘さん。」
それでも。
やはり今、この時に、この場から立ち去った方が良いといった感覚から、タクヤは橘のそれに逆らうべく辞去の挨拶をしようとしたが。
そのタイミングで、
「お待たせしました。」
と、月島が隣室から何か書類を片手に持ち戻ってきたため、タクヤは辞去の機会を逃してしまった。
「私の手伝いは、あくまでも永良さんのリハビリの一環です。とは言っても、この場で働いてもらうことには代わりがありませんので。」
と、月島は椅子を引いてこの場から辞去しようとするタクヤのその行動に、気づいていないのか気づきながらも気づかないフリをしているのか、橘の隣のもといた席に座ることをせず、今度はタクヤが座っているその隣に立ち、手にしていた数枚の書類をタクヤの前に差し出す。差し出された書類を見て、これは?と隣に立つ月島を見上げ問うタクヤに、
「契約書と重要事項説明書です。契約書といっても、永良さんとは雇用関係ではありませんので簡単なものです。同意書と言った方が近いと思います。何も無いよりは、永良さんも安心されるかと思いまして。」
月島から目の前に差し出された書類に目を通そうとせず、そのままそっと返そうとするタクヤの動作に、月島は気にもせず、
「不明な点があれば、遠慮なくご質問ください。」
と、更にタクヤの目の前に差し出す。にこやかな笑顔でタクヤを見下ろす月島に、タクヤは断ることができず、とりあえずと、ざっと目を通した。




