#5 無視のならない乙禍姫
メリーが行方知れずになった。ミズガネが町中を探し回っていると、虫の群れによる襲撃を受けたので、とある女性の住むアパートに避難した。
今回は虫が出てくるので、苦手な方にはご注意です。
夜の田沼町。曇り空の下、ミズガネは息を切らして町を駆け回っていた。
「ねえ、キミ! メリーを見なかった!?」
帰路についているであろう人に声をかけて回っているが、ミズガネの探し人には誰も心当たりが無いようだった。
昨日からメリーが家に帰ってこないと彼女の両親から相談されていたので、ミズガネはメリーを探すため町中を駆けずり回っている。これほどに焦って探しているのは、近い内に嵐が来るからだ。
町中を全て見尽くしたと思い、次は電車に乗って移動した可能性を考えざるを得ないのだが、行き先は見当もつかない。
ひとまず駅方面へ向かったのだが、その途中でミズガネは背後から迫ってくる影に気づく。ミズガネはそれを敵と判断し、攻撃と防御を構えた。しかし、相手はそれで対処できるものではなかった。
光沢のあるキチン質の甲殻を持つ、小さくて平たい生き物。ゴキブリだ。しかも、大群で押し寄せてくる。
「う、ウソ! やだ、来ないでよ!」
こんな不快害虫が大群で現れれば誰だって取り乱す。ミズガネは当初の目的を忘れて、虫たちが追ってこれないスピードで駆け出す。
しかし恐ろしいことに、ゴキブリの群れは四方八方から押し寄せてきており、ついにミズガネはとあるアパートの前に追い詰められてしまった。
「ひいっ、おたすけ……!」
ミズガネは背後にあるアパートのドアを見つけてはっとする。考えるよりか先に、ドアを激しくノックした。
するとドアはすんなりと開き、中から女性が現れる。
「おう、あんたがミズガネかよ。ま、上がってきな。」
初対面で名前を呼ばれるのは不気味だ。でも迷う余地はない。ミズガネは部屋の中へ飛び込んだ。
家主の名はオトカヒメというらしい。オトカヒメの部屋は外装の安いアパートに似合わず清潔で、花のいい香りがする。4畳半の畳の座布団の上に腰掛けたミズガネに、オトカヒメは梅昆布茶を振る舞ってくれた。
オトカヒメもあぐらをかいて座る。白いTシャツを着ているがよく見るとかなり布が余っていて、痩せ型というか、骨ばって見える人だ。オトカヒメはミズガネと目が合うと、ニヤニヤと笑って言った。
「どうだった?アタシの能力を食らった気分。」
「能力?なんのこと?」
ミズガネは困惑して、湯呑みの茶をぼうっとして飲んでいたが、ようやく勘づいて湯呑みをちゃぶ台に置いた。
「え、じゃあさっき襲ってきたのは……」
「へへん」
オトカヒメがミズガネに睨みを効かせた。
「改めて、アタシはオトカヒメだよ。害虫を味方につける力があるのが自慢さ。さっきは嫌がらせをして悪かったな。」
「うーむ……」
ミズガネが湯呑みをちゃぶ台の中央に押しのける。茶を味わうという気分ではなくなった。
襲撃者の正体が分かり、冷静さを取り戻したミズガネは、それより大切な元の今の目標のことを思い出した。
「キミのことはよく分かったよ。でも、私は急いでメリーを探しに行かなきゃいけないんだ。」
「ほーん、メリーちゃんって、津波に釘付けになってる変なガキか。」
「言い方が悪いなあ」
「メリーちゃんがどうしたんだ?」
「家に帰ってきてないんだ。明日までに探さないといけない」
それを聞くと、オトカヒメは楽しそうな顔ではなくなった。
「そうか。そりゃ、邪魔して悪かったな。」
オトカヒメが謝るのを聞くや否や、ミズガネは立ち上がって部屋を出ようとした。
「ちょっと待ちな」オトカヒメが呼び止める。
「もう少しだけお喋りしようぜ。メリーちゃんも一緒に探してやるからさ」
ミズガネが振り返る。意外な提案だが、ドアノブを掴んでいた手を離してオトカヒメに向き直った。
オトカヒメがまたニヤリと笑う。
「アタシの仲間を紹介するよ。メリーちゃんを一緒に探す仲間をな」
「え?」
すると、不意にオトカヒメが手拍子をした。するとなんということか、壁と床の隙間からゴキブリが次々に這い出したのだ。ミズガネは恐れて体を引いたが、ゴキブリたちは規則正しく整列すると、ぴたりと動きを止めてしまった。
オトカヒメが虫たちを指でさして言う。
「コイツらの名は”スウォーム”さ。」
「うう…… これが、仲間ね……」
「もうひとつ」
オトカヒメがそう言って窓を少し開けると、次に現れたのはネズミの群れだった。スウォームと同様に、オトカヒメのそばで隊列を作っている。
「な、なるほど……」
「こいつらは”アーミー”って呼んでる」
見たことのない技を持つオトカヒメに関心はできるが、なんとも落ち着かない空間が出来上がってしまった。
「さっき襲ってきたゴ…… スウォームは、オトカヒメが命令していたんだね?」
「まあな。ヒーローのミズガネ様が折角近所をほっつき歩いてるようだから、挨拶しようと思って」
「なんの挨拶さ!」
オトカヒメは顔をしかめるミズガネを見て愉快そうにすると、ちゃぶ台に肘をついて語る。
「挨拶だともさ。アタシは、”オラオラ団”のリーダーをやらしてもらってるから」
「へ……?」
「はは、まだこの話は伝わってなかったよな」
オラオラ団といえば、確か…… このあいだ戦ったビリビリ・ボーイからのメールに書かれていた言葉だ。とはいえ、これだけでは合点いかない。
「閃雷くんとオトカヒメのチーム、なの?」
「いやいや、もっとメンバーはいるよ。”炎のレンガ”ちゃんとか、”炎のユゴク”ちゃんとか……」
「炎、2人いるんだ?」
「それでだな。オラオラ団の目標は、オラついて威張ること! ミズガネ様に勝負を仕掛けるのも活動の一環というわけさ」
「なるほどね」ミズガネはこぶしを鼻にあてて難しい顔をしている。
オトカヒメが座布団から立ち上がった。
「あんま楽しく無さそうな顔だな。天下のミズガネ様に勝てば箔のひとつも付くってことさ。あんたも勝負は好きだろ」
「えっと、いろいろと事情は分かったよ。でも早く、メリーちゃんを探しに行きたい」
「あっそう。」
オトカヒメが真剣な顔をして、短パンのポケットに手をしまった。
「アーミーにも探させるよ。何かあったらSNS飛ばすから、ブラックリスト入れないでくれよな」
「わかった!」ミズガネはうなずくと、ドアノブに手をかけた。
「ねえ、ありがとう、ほんとに!」
ドアを開ける前に、ミズガネは穏やかな笑顔を見せた。だがすぐに、ドアをすり抜けるように素早くその場を去ってしまった。
ドアを見つめていたオトカヒメは、やがて足元に待機しているアーミーに言葉をかけた。
「話は聞いてたか?探し人、メリーだ。行ってこい」
アーミーが1列に並んで窓から這い出していく。今はオトカヒメしか知らないことだが、アーミーの情報網は日本中に広がっている。なのであとは座して待つだけである。
「お前らは待機だ」
スウォームは命令を聞いて解散した。おのおの、部屋の隅を通って巣に帰ったり、オトカヒメが床に置いたトレイに張った水を飲んだりしている。
「……ん?」
トレイの水が少し揺れた。地震かもしれない。田沼町では地震はあまり強くならないが、海岸のほうでは強い地震が来るらしい。嵐とともに、予報されていた「マリアンナ津波」が迫ってくるのだろう。
「無視のならない乙禍姫 おまけ」もぜひ読んでみてね。