#4 琥珀は獲物を選んで捕まえる
夏の暑さを逃れ、ミズガネとコハクちゃんがフードコートで話している。コハクちゃんは自分の能力を活かすため、町の学校に通っている「獲物」を観察しているらしい。
ショッピングモールのフードコートには、夏の暑さをしのぐべく多くの人が集まる。
ミズガネとコハクちゃんが、庭園風の白いテーブル席で食事をしていた。ミズガネはたらこパスタを、コハクちゃんはパフェを食べている。
「コハクちゃん、最近私のことよく食事に誘うね」ミズガネがほおづえをついて話す。
「うん」
コハクちゃんはオレンジ色のパーカーを着て、黒髪に3色のヘアゴムを不規則につけている。ヘアゴムをたくさんつけるのがこの子のオシャレだ。
「大学、通ってるんでしょ?大丈夫なの?」
「もち! 教授と院生に全資料直接もらってるし、テストには出席するし」コハクちゃんがスプーンを人差し指のように立てて笑った。
「ふーん?じゃあさ……」
さて、ここでミズガネがおもむろに手帳を取り出してペンで数字を書く。数式を計算させるつもりのようだ。
「 (√63, 1)・(1, -√63)×√2 は?」
「なにそれ、高校レベルじゃん」
コハクちゃんは退屈を伝えると、手渡されたペンを持った。手首にこだわりのミサンガをつけている。それから、ペンで括弧の中の数をぜんぶ線で消した。
「ここは直交ベクトルなので0になる。なので全体が0」
ベクトルの内積の計算だ。コハクちゃんがペンを置くと、ミズガネが笑った。
「正解。まいりました」ミズガネは関心しながら手帳とペンを引く。
「ミズガネちゃん、高校卒だっけ」コハクちゃんが生クリームをスプーンに掬いながら言う。
「うん。もう私のほうが先生より大人だろうな」
ミズガネが手帳をしまうとき、コハクちゃんが思い出したように話し出す。
「あの高校、いま変わったコがいるらしくてさ。3年生なんだけど……」
「変わってるんだ」
ミズガネはフォークを持ってパスタをすくう。
「うん。あの子が休学に入ってから、校舎に害虫がよく出るようになったんだって」
「害虫って、非行少年のこと?」
これにコハクちゃんは苦笑いをした。
「くく、いやいや、ホントの虫だよ。その子がたまに学校に来ると、虫たちがさっぱり居なくなるってさ」
「魔除けみたいだね」
「ミズガネちゃん的にはどう?勝負したら……」
そこまで聞くと、ミズガネがフォークを置いて笑った。
「なぁんだ、どうりで楽しそうに話すわけだ。コハクちゃん、最近私と勝負になる人をよく話題にするよね」
「ダメ?」
「ダメじゃないけどさ。強い人を見つけたら、特技のコピーを取りに行くんでしょ?」
「まあねー。私だって、自分の力を最大限活かしたいし」
ミズガネがコハクちゃんと知り合ったのは数年前のことだ。コハクちゃんは、他人の特技をコピーする技を使える。
「でも、勝負ベースで人を見てると、面白い人を見逃すかもよ」
「たとえば?」
コハクちゃんの問いを聞いて、ミズガネが手を顔に当てる。何かいい例は?
「たとえば…… メリーちゃんとか?」
「小学生の子か。まあ不思議なコだよね。キメラだからってわけじゃなさそうだけど」
「うん。あの子は海が好きだ。なぜか特に津波に興味があるみたいだけど。とにかく人の面白いところって、そういうのもあると思うんだ」
「まあねぇ」
「そういえばキメラって、いじめられたりする?」コハクちゃんが首をかしげる。
「いや。オッドアイでカッコいいんだって。そういえば私、あの小学校にも通ってたな」
「メリーちゃんの小学校か…… 小さい子って能力が判明してないことが多いんだよね」
「調べてきたの?」
「少しだけだよ。小さい子から能力をコピーするの、可哀想だし」
「あら、思ったより獲物は選ぶんだね」ミズガネははパスタを巻きながら返す。
ミズガネの皮肉に適当な返事をすると、コハクちゃんもパフェのカラメルをストローですすった。ミズガネは小学校から高校まで、ずっとこの町に住んでいたんだなと思い出した。
そういえば、ミズガネの中学時代は…… と思ったところ、コハクちゃんが話題を思いつく。
「あっミズガネちゃん、中学校の話をしてないよ!」
「へ?」たらこくちびるのミズガネ(唇にたらこがついていることを言う)が呆気に取られる。
「今は中学生が一番面白いよ。こないだの閃雷くんも田沼の中学生でしょ?で、葛生町の中学にはアズマくんもいる!」
ミズガネが興味を持ってコハクちゃんの目を見る。
「アズマくんと会ったの?」
「あたりまえだね。有名人だよ、葛生では」
「まあ……そっか。強いもんなあ」
アズマといえば、しばらく前にミズガネに勝負を挑んできた少年だ。手加減はしたが、あの強力なパンチとダッシュ、それからミズガネの打撃を無傷で受け止めたのが印象に残っている。
「ありゃチート転生モノだよ。素早く回転したりとか、左手のものを右手にワープさせるとか。噂レベルの話もたくさんだもん」
「はは、いい能力が貰えそうじゃない?」
「でも、アズマくんも万能じゃないね」
「その通りだね。じゃあ、吹奏楽部は?楽器が上手な人がいると思う」
「もちろん、そういう人も当然ターゲット。手芸部には刺繍の上手い人がいるかもしれない」
そこまで語って、コハクちゃんが一息ついてパフェのストローを吸った。泡と空気の音がした。
「おっと」口を離したコハクちゃんがつぶやく。
「何か飲む?」
「や、いいや。それにしても…… 結局、小中高と大学の話までしちゃったね!」
「大学生の話、コハクちゃんのことしか知らないな」
「まあいいじゃん。あたしのプライベートに近くなっちゃう」
「人のプライベートな特技をコピーしたいのに?」
「えー、それだと私が無理やりやってるみたいじゃん。合意だから。合意」
不服そうにしたあと、コハクちゃんがミズガネを見つめる。
「でも今のところ、どの能力もミズガネちゃんには敵わなさそうだよ」
「コハクちゃんは私の能力、持ってるでしょ?」
「本人ほどには使いこなせないからさ」
すると、急にミズガネが食器を脇へ寄せて、テーブルの上に肘をついた。
「だけど、腕相撲に限れば、私も負けるかもしれないよ?」
コハクちゃんは少しビビったが、これに応じて右肘をついた。
「能力ありだよね? 敵意を失くす以外は」
「当然!」
コハクちゃんの手が汗ばむ。手加減してくれないと腕を折られるからなのだが、ミズガネは分かっているのだろうか。
ふたりの手がぎゅっと握られた。
「「せーの!」」
カタン!一瞬で勝負がついた。ミズガネの腕が下となった。コハクちゃんの勝ちである。
「よし!」
売った勝負に負けたミズガネは、静かにコハクちゃんの目を見る。どんな能力を使ったのか知りたいに違いない。コハクちゃんが得意げに語る。
「これはね。 ”人の筋肉を萎えさせる特技”だよ。アズマくんから貰ったんだ」
「なんと!コハクちゃん、恐るべし……」
コハクちゃんはすでに、アズマとも接触していたのだ。なんとも周到なことである。
そして、コハクちゃんが腕を戻すと、カトラリーを全部お盆に載せた。
「さて、そろそろ片付けて帰ろっか! 今日はウチに寄ってく?」
「いやー、やめとくよ。また技を吸い取られそうだ」
ふたりはお盆を回収ブースへ戻すと、夕暮れのストリートを通って家路についた。
次はたぶん3日後に投稿します。