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水銀に敗れることでしょう  作者: ナムアニクラウド
第1章:水銀の海に波風は立たない
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#3 海潮と火薬

 強い日差しをカーテンで遮ると、かえって部屋が暗くなった。ハイコントラストな影の落ちるリビングルームでテレビをつけていたら、こんな陽気とは裏腹に今後の雨模様の予報が流れだした。


『来週はマリアナ海洋側で強い嵐の予報が出ていますが、同時に津波も予測されています。今度の津波は”マリアンナ”と名付けられているタイプで、海岸付近では住民の避難が進んでいます』

『今回は地震の予報はないんですか?』

『はい、地震が原因の津波と見られていますが、津波のタイミングが先に予測される珍しいパターンですね』


 自然災害は、ミズガネがただの一般市民の感性で接するものごとのひとつだ。なにせ自然のものには敵意を失くす力が効かないから、普通の人が恐れるように恐ろしいのだ。


 今日、ミズガネはとある女の子の家に遊びに来ている。メリーという名前の小学生で、両親の出勤が重なる日によく見守りに来ているのだ。

 それから、今日はコハクちゃんも一緒だ。ミズガネが「遊びに行く」というのでついてきただけだが、ただの子守りだと分かって退屈そうにしている。


 メリーが津波の予報に食いついた。

「マリアンナって、可愛い名前ね!」

「ああ、可愛いよね。マリアナ海洋だからマリアンナって、簡単だもん」コハクちゃんはSNSを読みながら適当に受け答えしている。

「コハクちゃんって、つまんないねぇ」


 だらだらと過ごすコハクちゃんとミズガネをよそに、メリーが気の赴くままに番組を切り替える。エアコンの効いた部屋で快適な時間が過ぎていく。この田沼町はどの海岸からも遠く離れていて、津波とは無縁の場所だ。


 テレビを見つめるメリー。その2つの目は実はオッドアイになっていて、左が青、右が赤だ。メリーは「キメラ」と呼ばれる特徴を持つ珍しい子だと親御さんに聞いている。特に健康に害はなく、学校で「カッコいい!」と話題になる程度だそうだ。


 あるとき、メリーがとあるニュースで急に手を止めた。

『昨日から話題になっていた、鉄橋Xの爆弾の話題です』

 河口を渡る大きな鉄橋の映像が映し出される。

「マリアンナだ!」

 メリーがずいぶんマリアンナ海に興味を示すので、ミズガネも少しニュースに耳を傾ける。

『昨日、某SNSアカウントにて犯行声明のあった爆破予告について、警察組織が犯人の捜索を急いでいます。』

「ずいぶん… ものものしいね」ミズガネが目を細めた。

 コハクちゃんが、なんでもないような感じでそれに応える。

「SNSで結構話題になってたよ。橋を真ん中からへし折って、マリアンナ様に捧げるのだ!と言っていたとか、言っていないとか……」

「私なら言ってない方に賭けるかなあ」


『爆弾の影響で、マリアンナ津波からの避難に影響が出るかもしれません。当番組では、今日の早朝に犯人と思しき人影が橋の周囲を徘徊する様子を確認できました』

 画面がピンク色の朝焼けに照らされる鉄橋の動画に切り替わる。たしかに人影がひとつ、長い影を伸ばして鉄橋の真ん中あたりをうろついている。

「ふうん。橋の両側にパトカーが停まってるけど。どうやってあそこへ入れたんだろ?」

 コハクちゃんがようやくテレビ映像に興味を示す。彼女はこうやって、”珍しい能力持ちっぽい” 気配を察すると元気になる。

「悪い人だー!」メリーが画面を指さした。

「そうだね。もうチャンネル変えちゃおっか」ミズガネがメリーの頭をぽんぽんとなでた。


 メリーが番組を変えると、さっきの気象予報の続きが流れ出した。

『”マリアンナ”タイプの津波は十分対策されていますが、住民の避難は必須です。ご覧いただいている津波の映像は過去のマリアンナ津波ですが、この映像の後さらに激しくなるため報道陣は撤退しています』

 メリーはやはり津波に注目している。

「メリー、そんなに海が気になるの?」ミズガネが問いかけてみた。

「気になるね~」

「じゃあ、波が静かなときに遊びに行こうね」

「うん!」


 そんなやりとりをしていると、急にコハクちゃんが声を上げる。

「あ!見て、この動画!」

 コハクちゃんがスマホに映る動画をふたりに見せた。SNSに投稿された、鉄橋Xの映像だ。

「ほら、犯人が警官に歩いて近寄ってる。両手を上げてるよ」

 コハクちゃんの言う通りの様子が画面に映されている。投稿によれば、犯人が自首して、爆弾の場所を白状した。専門家が駆けつけて、爆弾は解除された…… とのことだ。


 コハクちゃんがニヤリと笑った。

「ミズガネちゃん、お手柄ですか?」

「まあね」

 ミズガネはつまらなそうに眼をそらして答えた。ミズガネが敵意を失くす能力で犯人を自首させたのだ。よく使う手だが、それが必ずしもよい結果に繋がるとは限らないので、あまり楽しくはない。


「しばらくはSNS避けないとかなあ」

 こうやって不自然に事件が解決すると、少なくともインターネットの世界は憶測が吹き荒れることになる。

「ごめんごめん、嫌味っぽかったよね。あたしは良いことしたと思うよ。」


 ミズガネは「人の敵意を失くす」という強大な力を持っている。しかし、大いなる力には大いなる責任が伴うものだ。自然災害と同じく、射程無限で条件なしのこの技は最強といえるが、世界をまるごと管理できるようなものではないのだ。

「海潮と火薬 (おまけ)」もぜひ読んでみてね。

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