今、出来ること
取り敢えず、人払いの結界を掛けておこう。
「三十六計急急如律令!!!」
先生方すいません。本日は臨時休校です。
先程の走り出した様子から一転、僕は歩いて行くことに専念した。走る必要はもう無かった。一歩一歩今まで以上に大地を踏みしめる。
これで、決着をつける────────────────。
たった一つのことを為すためだけに、時間の淀みが大きくなっていく。焦りは禁物だ。もうやれることはやった。昨日の戦いから半日たったというのにあの動きだ。僕が掛けた呪も外傷は綺麗さっぱり消えているだろう。外傷は────だ。
呪いは心に作用する。視覚からの情報ももちろんあるが、精神的作用に比べれば差がありすぎる。
彼女が僕の何かを変えたように、僕も彼女を変化させてしまった。攻撃が聞いたかどうかなんてこの際どうでも良い。僕と出会った時点で終わりなのだ|。
彼女もまた同じだ。僕の心に価値観の違いという決して先送り出来ない問題を叩き付けた。
これは僕らの戦いだ。もう、誰にも邪魔はさせない。
「ありがとう。死ぬ前に君と出会えて良かった」
「いきなり何ですか?気持ち悪い」
うん、予想はしていた。僕は生粋のドMじゃないのだ。san値がこの言葉だけで音も立てずに半分は削れた。
クッ…人との付き合いを最低限減らした事へのツケが回ったか!!!
「いやなに、そのまんまの意味だよ」
彼女は首を傾げ、分からないと言ったような仕草を見せた。
えっ、僕に対して時間を割いてくれる人が親とその他少数の人々以外にも居るなんて!!!
僕は顔を真っ赤にしながら、何時使ったかは分からない表情筋のこりをほぐすのに悪戦苦闘した。
よーし、戦いが終わったら彼女について調べてみよう。僕と対話を試みようとしてくる人なんて決まってどこかしら壊れているはずなのだから。それでも、このあふれ出る好奇心は留まることを知らなかった。
「そろそろ良い?」
彼女が尋ねてくる。
「後、もう一つだけよろしいですか?」
某刑事ドラマの主人公の台詞を僕はもったいぶって言い放った。次の台詞を効果的にするために。
「僕がこの戦いで君勝ったならば、付き合ってください!!!」
ウン,ソウデスヨネー。自殺自殺ばっかり言っていた人が急にこんな事を言われたら猫もビックリの”Hah?”と言わずにはには言われないだろう。
だが、彼女は思惑をひとつひとつ消化するかのように、うんうんと唸った。
数秒ほど悩んだうち、言い放った。
「良いわよ。その提案乗ってあげる。なんか面白そうだし。勿論、私に勝てたら、だけどね?」
彼女は笑顔でそう言った。今までの僕の様子が想像以上に苦しかったらしい。こんなの苦じゃ無いわと言わんばかりの様子だ。いつの間にかドアインザフェイスが成功したいたらしい。
うーん、怪しい。オイオイ、先程の童貞丸出しの小僧はどこに行ったって?ほれほれ、ここにいますよーだ。いやね、信憑性を増すのに効果的な方法は、嘘の中にほんの少しの真実を混ぜるって言うじゃ無いですか!?いやはや、ここまで効果てきめんだとは。過去の偉人様さまである。
あー、いやなに。別に隠すようなほどでも無いが彼女に告白した理由は、”特別な理由ではなくとも、彼女とは話していても頭痛はするがそれ以上に何か大事な物をもらえている”というのが僕の本当の気持ちだ。
そう思っているうちに、彼女は目一杯の力を込めて、校庭に有らん限りの砂埃を起こした。
戦いの火蓋を切って落としたのだ。
「それを待っていた!!土剋水、急急如律令!!!」
水が僕を中心として勢いよく校庭全域へと広がっていく。
これで視界を良好にし、相手の機動力を削ぎ、攻撃の手段を主に一つに絞らせる。僕の昨日からのお気に入りの言葉、”一石三鳥”だ。
この場合は、空からの攻撃のみに注意すれば良い。相手は火力十分な武器を使う素質はこれまでの戦い振りを見れば分かる。それを加味したとしても、彼女は優しい。きちんと民間人に対して被害が出ないように配慮した戦い方が出来ている。彼女の狙いは僕ただ一人だ。武器を使うにしても、対人特化用で十分なのだろう。空中であんな風に急な切り返しもできたりするし。だが、泥濘だ。迂闊には手が出せないだろう。
この泥濘の中で僕は上を見上げる。彼女は先程の土剋水の際に空中に飛び上がってこちらを静かに見下ろしていた。対して、僕の取る戦法はカウンター一点狙いだ。空中という相手の土俵で戦うには分が悪い。
そう思った瞬間──────
びゅん。
バカみたいな速さのうえに効果音が付着してしまった彼女が無表情で向かってくる。
はぁ!?流石に早すぎる。流石に距離を詰めるのが上手い。空中から一瞬でこちら側に降下してくる。
カウンターを狙うには相手のスピードが速すぎる。野球で言うなれば、ファウルで粘っている状態だ。
例えるならば、ツーアウト満塁フルカウントの状況。見極めも必要だが、振っていか無きゃ当たら無い。
「おおおおおおおっ!!!」丹田に力を込め、声を出す。
これは、怖じ気づいたのでは無い。恐怖を打破するための咆哮だ。
今までの全てをここに。ああ、大学を受験する人ってこんな感じなのかなぁ。ふと、そう思った。高校を受験したときも、彼は持てる全ての知識と教えを振り絞った。彼の血肉を一滴残らず注ぎこんだ、そう思うほどだった。それでもなお、届かない壁が大学受験なのだろう。そこには、高校生活という準備期間があるからこそ成り立つ物がある。では、この戦いの中での高校生活とは何だろうか?
答えは、今まで以上の努力である。努力をし続けても壁にはぶつかる。そんなときに必要なのが、物の見方、考え方、そして知識だ。
彼の場合は、自殺という彼を唯一肯定してくれる楔から解き放たれるということだった。
自殺は悪いことでは無い。その考えは今でも変わらない。それでもなお、昨日のうちに感じたモヤモヤを頼りに僕は変わらねばならない。そうで無ければ、彼女に勝てない!!!
突如、ズキン と頭の痛みが主張を始めた。ずぞぞぞ、と黒い靄が呼んでもいないのに出てくる。今はオマエに用はないんだ!!!
「良いから黙って聞いていろ、クソ野郎」
初めてコイツが俺に暴言を言った。そのうえ、それがまるで普通であるかのように話していく。
「姉さんが、オマエと話したいんだと」
ズズン、と更に周りの空気が重くなる。
ねぇ────
彼女が話しかけたとき、俺はもう我慢が出来なかった。
こっちに来て────
俺をずっと過去のしがらみに閉じ込めるつもりかぁぁぁ、オマエは!!!
ねぇ、私を愛して。私だけを見て。離さないで──────。
うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!
俺に呪いを掛けた奴が呪いを通して俺に語り掛けるな!!!俺はただオマエを救いたいと思って失敗したただのチキン野郎だ。それをこんな風に虐め倒して何が楽しい!!!俺をこんな風に変えて何が楽しい!!!今のオマエが本物かどうかも分からねぇ!!!それでも俺はいつか陰陽道を極め、泰山府君祭でオマエの魂を呼び出し、話を聞いてやる!!!これがオマエが俺に託した試練だったとしても、俺は絶対にオマエの思い通りになんかなるものか!!!
俺だって何時までもこの力に甘んじているわけにはいかねぇんだよ!!!
その瞬間、黒い靄が金色へと変わり──────。
「滅せよ、この呪、この身が例え朽ち果てようとも俺は俺の呪いを以て彼女を倒す!!!」
「今は、この時だけは俺の前から無くなれぇぇぇ!!!!!!!!!」
全く、あんたという人はどこまで俺の事を知っているんだよ...。まんまとしてやられた気分だ。
彼女を見ても先程から一度も頭痛がしなかった訳が少し分かった気がする。
もう、もの凄い速さで宙を切り返し、死角を狙って攻撃を繰り出してくる彼女の方を見るまでも無かった。
「ありがとう」
もういちどそう呟き、僕は目にも止まらぬ早さで金色に光る呪符を右の掌でしっかりと掴みながら、名も知らぬ少女にプロポーズ代わりのカウンターパンチを叩き込むのであった。
三十六計急急如律令の所は「三十六計逃げるに如かず」から着想を得ました。
イメージは、術の範囲内に入っている人々の脳内に”取り敢えずここはやばいから逃げよう、とにかく考えるより逃げろ”と訴えかける感じです。