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第14話 呪われた叡智の炎

待たせました!

大きな公募がひと段落したので、また更新再開です。

 巨大地下工房が脈打つ熱気、混じる幻聴。来たるであろう破滅への秒針。

 工房主の双眸に揺らめく炎は、目前に迫る崩壊を睨まんとばかりに鋭利だ。


「かの薔薇園は、日夜成長している。異界領域を拡大し、呪詛汚染の濃度も増す一方だ。このまま放置すれば、地下水脈は侵され、もはや浄化も追いつかなくなるだろう」


 呪詛汚染の濃度……耳慣れぬ言葉に、リューファスは反応した。すかさず、メッツァの顔を見るが、気まずそうに顔を逸らしていた。古王は、同行者の態度に眉を顰める。

 そう、この中で知らぬは、リューファス唯一人。


「あと数ヶ月で、ソダルムスの機能は完全に喪失。人ならざるモノが、闊歩する死の大地と化すだろう」


 宣告された都市の余命に、クククと嘲笑う者。肩をすくめる者。唇を固く結ぶ者。反応あれど、集った冒険者たちに驚きの色はない。どころか。老騎士キホーテや、サンチョですら納得しているのだ。

 鈍重な巨獣の腹の底で、異物なのはリューファスだけ。


(なんだ? ……あまりにも。この感覚は、あまりにも不愉快だ)


 王の知る戦士たちとは、あまりに違う。目前の脅威に対し、なぜ冒険者たちは戦意よりも先に諦念や冷笑を滲ませるのか。注目の只中で、己だけが蚊帳の外にいる。


「この迷宮を攻略し、中枢に存在する『源』を破壊、あるいは制御下に置く。他の連中よりも先にな。そう、気付いたか? 今回のふるいは、単なる力試しではなかった。連中へのかく乱でもあったのだ。……邪魔が入ってはまずいからな」


 ソダルムスの薔薇園という異界迷宮を解体し、魔力のたまり場である霊地。城跡を手中に収める。

 かつての支配者が治めた土地を、支配することはトロフィ以上の価値があった。


「参加する者には、工房が用意できる武具と、十分な報酬を約束する。手柄を立てた暁には、ソダルムスの新たな支配権の一部を与えることも吝かではない」


 破格の条件。死と隣り合わせの任務に見合うか、それ以上の対価。

 だが、リューファスが抱いた違和感は拭えない。隣に立つメッツァへ、はっきりと尋ねた。


「メッツァ。そろそろ白状するがよい。――あの男が言う『呪詛』とは、何を指している?」


 メッツァは一瞬、答えに窮するように視線を彷徨わせた。


「そ、それは……」


 明らかな躊躇い。リューファスが核心に触れたことが、メッツァにとってどれほど都合の悪いことかを物語る。

 ああ、そうなのだ。明らかに、あることに触れようとすると、この若者は舌が鈍る。


「汚染だと? 我らの時代、呪詛とは人の内より生まれ出で。しかし、土地や人を蝕む災厄そのもの。やすやすと御せる代物ではなかったはずだが」


 もう隠すことは許さない。なぜならば、挑む先に因果があるのだから。

 王の威圧に、口を噤み続けることは不可能だった。


「……えと、説明が遅れたね、リューファス」

「貴殿が、のらりくらりと躱したのだ。散々、見逃してやったのは理解しているだろう?」


 いつでも、締め上げてやることが出来たのだ、と脅されて、メッツァは顔面を青くする。

 「いや、うん。すまない」と、しどろもどろにメッツァは謝罪した。この王は寛大だが、侮る態度は許さないだろう。……例え、相手が誰であっても。

 死因がコレなのは、さすがにごめんだった。


「キミが眠っていた六百年の間に生まれた、新しい技術……が原因なんだ」

「新しい技術?」

「正確には、キミが死んだとされてから、すぐに生み出されたものだよ」


 解析レンズの奥で、瞳が理知を宿す。メッツァは意を決したように、明確に言葉を紡ぎ始めた。


「ゴーレムや工場、様々な機構から排出される紫の煙。これらは、ただの煙じゃないんだ。『呪詛燃料』が燃えた後の排気だ」

「何だと……? 呪詛を、燃料に?」

「かつて、ビスクラキア半島を荒らした黒龍フェアヘングニス。奴が残した爪痕は、強い汚染となって各地を荒廃した土地に変えた。黒龍は撃退されても、なお、この半島を壊すことに成功しかけた」


 リューファスの死闘は、水泡に帰すところであったかもしれない。半島の北方から東方に掛けては、特に汚染は強力だった。

 事実、ベスタルの神殿周辺は、未だに死が蠢いている。

 

「そんな強力な呪詛を、特殊な術式で抽出。濾過・安定化させ、莫大なエネルギー源として利用する技術が確立されたんだ」

「なんだと?」


 隠しきれない愕然とした響き。常識が根底から覆される衝撃。神の雷を掴み、竈の火にくべるに等しい、冒涜的な発想。

 ああ、リューファスには、既に覚えがあるのだ。それでも問わずにはいられない。


「誰が、そのような……」

「もう、わかってるだろ? 僕の家門、ベスタル家が基礎理論を構築したんだ。始祖ヘカーティア様と、娘たちコレーによって結集された叡智だよ」


 メッツァは、自らの罪を告白するかのように俯いた。

 リューファス王の妻、ヘカーティアは呪詛を巧みに操り、管理する術を子孫に残した。汚染を除去しながら、資源へと変える術を。

 フィンダール共和国を後に残さんがために。怪物に成り果てたのちも、献身を全うするために。子々孫々に続く、繁栄のために。


「……なるほど、コレーから向けられた念。一端は理解した」

「もちろん、共和国では厳格な規制があるんだよ。多重の魔術フィルターで、排気に含まれる呪詛を、九割九分無害化することが義務付けられている。効率は落ちるけどね、それが人道を保つための最低限のルールだ」

「国内では、だな?」

「そう、ここでは違う。カモスランドには国も、法もない。誰も、フィルターなんていう『非効率』なものに金はかけない」


 だから、この街は。安価な労働力と引き換えに、他国が必要とする工業製品を汚染と共に生み出す、巨大な毒の工場なのだとメッツァは続けた。

 使い道のない北の大地は、行き場のない怨念に満ち溢れている。


「住民たちはどうなる」

「……いずれ、化物になる。呪詛に身体を蝕まれ、理性を失い、徘徊するだけの存在に。街の職人街で見た病人たちは、その初期症状だ」

「もはや、正気の沙汰ではないな」

「かもね。住民たちは、自分が何になるのかを知りながら、ここで働くしかない。生きるために、死に向かって歩いている」


 紫色の爛れた皮膚で道端にうずくまっていた住民の姿。

 あれは病などではなかった。緩やかな変質の過程。人が人であることを、日々剥ぎ取られていく、地獄への入り口。この街は、巨大な生贄の祭壇。

 

「人々を生贄に捧げて得た力で、繁栄を謳歌する。なんと醜悪で、冒涜的な在り方か」


 リューファスの表情こそ変わらないが、纏う空気が密度を増していく。感情に共鳴するように急激に。

 ジーク工房の主、ムントは「ふぅ」と息をつく。炉の炎を宿す瞳が、リューファスを捉える。


「……どうやら、そこのジオードは、この街の仕組みがお気に召さんらしいな」


 場に呟きが漏れれば、一斉に視線がリューファスへと突き刺さる。


「今さら綺麗事を抜かすつもりかな? ここにいる誰もが、この毒の恩恵を少なからず受けて生きている。俺もお前も、集った強者たちも、等しく、な」

「恩恵、か。面白いことを言うものだ。余は、貴様らの理屈に付き合うつもりはない」


 リューファスは、侮蔑を隠しもせず言い放った。蒼天の瞳が、ムントを貫き魂の在り様すら見透かそうとする。

 チリ、と発火寸前にすら思えた。


「俺に逆らうというのなら、それもいい。だが、薔薇園の攻略は待ったなしだ。まさか、やるなとは言うまい? お前が臆病風に吹かれて抜けようが、暴れようが選抜は進めるぞ」

「抜かせ。……で、信用できぬ余を、数に入れるつもりか?」

「素性は薄々わかっている。……お前の知識も、腕も、踏破には有効だろう」


 石化による封印、六百年前の眠りから覚めた英雄。わかっていたからこそ、ここに呼んだのだと。

 だからこそ、試したのだと、恐れを知らぬままムントは言うのだ。


「では、攻略チームは三日後に出立する。各事務所は、最強の部隊を編成し、再度ここに集まれ。それまでに……覚悟を決めろ」


 ムントは一方的に宣言を終えると、背後の赤髪の若者に目配せし、踵を返して工房の奥へと姿を消していく。

 残されたのは、決断を迫られた冒険者たち。新たな時代の理不尽に直面した古き王。

 沈黙したまま、リューファスは拳を握りしめる。震える指が、手のひらに食い込み、血がぽたぽたと濡れ落ちた。肉体を、憤怒が駆け巡っている。

〇呪詛燃料


『呪詛転換エネルギー概論 序文より』

 黒龍の厄災は、我らの大地に消えぬ傷痕を残した。

 不毛と化した土壌、怨嗟を吐き出す霊脈。天は我らを見放したかのように思えた。

 しかし、始祖ヘカーティアとその娘たちが灯した叡智の炎は、その絶望すら薪とした。

 呪詛という不可知の恐怖。我々はそれを分解し、構造を再定義し、そしてついに、御しうる力へと変換することに成功したのである。

 『呪詛燃料』は、単なるエネルギー源ではない。

 人類が神話時代の暴威を克服し、自らの手で未来を切り拓くに至った、知性による勝利の記念碑である。

 我々は、この恩恵を正しく管理し、大いなる繁栄のために行使する義務を負う。過去の災厄に怯える時代は、我らが終わせたのだ。



――ソダルムスの、とある職人の手記より。


「ああ、またこの匂いだ。肺に染み込む甘ったるい紫煙。咳をすれば、鉄の味が広がる。ああ、昨日より腕の痣がまた一つ、どす黒く濃くなってきた。娘の咳も、最近ひどくなってきたな。

で、俺が今日、この腕で作った機工武器は、どこの国の、どこの誰が、一体なにを殺すために使うんだろうな?」

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