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第41話 ネジ巻きの悪夢

 メッツァの眼前に現れた、狂帽師の正体。

 ゴブリンでありながら、肉体をネジや歯車で構成しているその在り方に、得体の知れない不吉さを覚えた。


「ゴブリンの皮を被った化物、か」


 動揺はあるが、それでもメッツァのレンズ奥にある瞳は揺らがず、確かな意思を宿していた。

 手を構えて、交戦に備える。


「おやおや? 可愛い子羊さんは、まさか吾輩を倒すつもりかな? 術式を防いだだけで拍手喝采ものだと思うのだがね」

「お前を生かしておくだけで、今後に差し支える」

「それは正しい。とてもとても正しいよ、哀れな赤子(マペット)


 狂帽師は吹き飛ばされた左半身から、新たにネジと歯車で構成されたガラクタのような腕を組み上げていった。


 その過程は異様な速さで、見ている者を不気味にさせる精巧さを持っていた。

 わずか数秒で再構成されたその腕は、元の肉体よりも明らかに大きく、異形の力強さを醸し出している。


「さてさて、衣装替えも済んだことだし。歓びの第二幕、開演でございます! どうぞ、皆様ごゆっくりお楽しみください!」


 狂帽師はネジで組み上げられた新たな腕を振り上げ、周囲の空間に残る磁場を操作する。

 ねじれた波動が周囲を支配し、メッツァの足元が不規則に震えた。


「まずい……!」


 メッツァは動こうとしたが、狂帽師の術式が生み出した空間の歪みによって、思うように身体を動かすことができない。


「ここまで強力な歪みを、こんなにも容易く創り出すなんてっ」


 狂帽師のひどく耳障りな笑い声が耳に響き渡り、戦意を削ぐような不快感を覚えさせた。


「あぁ、君という人形は実に愉快だよ! 頭でっかちは考えすぎて、自分の器を見誤ってしまうものだ。邪魔な奴は壊してしまえ? まさしくその通り! ククク……でもねぇ、残念ながら君は狩人ではなく、獲物の側なんだよ?」


 狂帽師の再構成された腕が振り下ろされ、地面が大きく陥没する。

 衝撃波と共に、メッツァは吹き飛ばされるように転がり、壁に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 全身に痛みが走り、メッツァは立ち上がることすら困難に感じた。それでも、彼は歯を食いしばり、崩れ落ちる壁にもたれかかりながら立ち上がろうとする。


(まだだ……まだ終わらせるわけにはいかない。僕は――)


 虚数演算宝珠を用いた簡易演算で、即座に魔弾を作成。

 物理化した情報の弾丸を、散弾状に放ち、狂帽師を狙い撃つ。


「『虚弾射手』っ!」

「チクチクチク、木馬バエのような攻撃だね。痒いと言うよりくすぐったいよ」


 呆気なく、狂帽師に触れる寸前に魔弾は霧散した。


 物理的な実体を持たない術式ほど、高位の術者には容易く干渉される。

 エネルギー規模が小さい、低位術式はそれが顕著だ。


「ああ、あの白兎も、同じ所をキリキリ回る独楽のような愚か者だった。あまりに硬直した脳、やはり耳が長い者は、大義にまかれる。あらゆるものへ、耳を傾けすぎるのだ。身内を手に掛けることも、後回しにするなんて! ……あの子兎なら、すぐ仕留められたろうに」


 腕をブンブンと振り回しながら、嘆く狂帽師は近づいてくる。

 掛けられている移動阻害の術式を解除し、必死に逃げながら、反撃に転じるメッツァ。


 滑空するように動き、距離を取ると、メッツァは次なる攻撃を試す。


「止まれ、『爆炎の槍』」


 合成された爆薬を上乗せした金属片が、撃ちだされ、炸裂する。

 間違いなく直撃した。が、平然と狂帽師は迫って来た。


(干渉で威力が減衰したにしても、術は成功しているはず。なぜ、ダメージがない!?)


 肥大化したガラクタ腕をメッツァ目掛けて何度も振り回す。一撃一撃が地面を抉る。


 移動先を塞がれたメッツァはギリギリで転がり、直撃を避けた。砂埃と瓦礫に巻き込まれながら体勢を崩す。

 

 散らばった瓦礫がかすめるだけでも、メッツァには致命傷になり得る。

 『矢避け』で防いでも、体力の消耗は避けられない。


「おめでとう、見事命中だ。しかし、くるくる回る歯車の響きを聞いてごらん? 吾輩の身体は痛みや損傷とは無縁だよ。これぞ合理の塊にして芸術作品」


 言葉通り、狂帽師のネジと歯車の体は、破損部分をすぐさま自己修復していく。

 爆炎の痕跡はわずかに焦げた金属片を残しただけで、構造にはほとんど影響を与えていない。


(自己修復能力か。いや、それだけじゃない。あの動きは機械的な精密さを越えている。何か根本的な違いがある)


「さあ、お立合い! 未熟な魔術師の幕引きには二通りございます! 一つ目は——ぺしゃんこ! グシャッと押しつぶす原始的な方法。二つ目は——ドカーン! と派手に吹き飛ばす豪快な方法! 君はどちらがお好みかな?」


 狂帽師は腕をメッツァの方向へと向ける。指をさし示すような姿勢をとった。

 嫌な予感がした。


「実のところ、吾輩はこういう玩具は好まない、あまりに退屈だからね。……『電磁加速絶砲ヴァニタス・ヴァニタートゥム』」


 空間が震え、狂帽師の指先に眩い閃光とともにそれは放たれた。


 音速を遥かに超えるほどに電磁加速された金属弾、生じた圧縮波が衝撃となって周囲の大気を歪ませる。


 生み出されたのは、直線的な破壊だけではない。

 発射後も空間そのものを震わせ、余波によって周囲を破壊し尽くしていくのだ。


 穿たれる寸前に術式が、発動した。


「うぁああっ、間に合えっ! 『位相偏移(フェイズシフト)』!」


 虚数演算宝珠が光を帯び、メッツァの身体が微かに揺らいだように見えた直後、灼弾が彼を貫通する。


 メッツァは消し飛んだように見えたが――が、実体にダメージを与えることはなかった。

 光線は虚空を裂くように通り過ぎ、背後の壁を巨大な穴に変える。


 奇跡的に術式のタイミングが一致した。コンマ単位でずれがあれば、死ぬところだった。


「ほう、面白い手品だ。だが、ただ逃げていては、すぐに破綻するぞ?」


 狂帽師は再び腕を持ち上げる。膨れ上がった異形の手には、すでに次のエネルギーが蓄積されつつあった。

 金属と歯車が軋む音が、金属と歯車の軋む音が、空間を不快な緊張感で満たした。


 確かに、今のような回避方法を繰り返すのは、あまりに無謀だ。


 今の回避だけでガス欠に近い。

 消費される膨大な魔力、心肺機能を含めた内臓、全身の神経に負荷がかかっていた。

◎白兎騎士ハレ

 ハレ・ヴォーパル。当代のヴォーパル家の騎士にして当主。

 剣の達人にして、卵から産まれた角有兎人(アルミラージ)


 生まれた瞬間から、月光の道を歩む。即ち、邪竜を抑えるために、死ぬまで戦い続けることを宿命づけられた。

 そして、邪竜と父祖を永遠の眠りをつかせることが叶わなければ、子孫の続く限り、この呪われた宿業に従事させることを引き継がねばならない。


 兎人王国から半ば放逐されてからは、辺境の隠れ里を拠点とする。

 自身と拮抗した剣士と戦った経験はほとんどなかったが、魔獣狩りにおいて、右に出る者はいなかった。過酷な修練を積みあげた事実は嘘をつかない。ただ全力を放てばよかった。


 そんなハレは一族の業から逃げようなどとは思わない。

 己の剣があらゆるものを断ち斬れると信じていた。

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