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視える私と祓える先生  作者: まつまつの木
2/2

先生 中編

室内はごく普通の事務所である中央にあるソファにヨウは腰掛けている。緊張した面むちで座っていると横からザラメがコーヒーを置く。コトリという音にですらヨウは体を強張らせてしまい気付いたザラメが静かな声で「どうぞ。飲むと落ち着きますよ」と勧めてくれる。表情が乏しく一見不愛想に視えるのだが、性格はそうでもないのかもしれない。独り言のように「ありがとうございます」とお礼を言って、淹れたての香り高いブラック珈琲を見つめる。ソーサーの上にはシュガースティックが一つとコーヒーフレッシュが乗っており、ヨウはそれを全て入れて傍らに置いてあったティースプーンでかき混ぜる。暫くティースプーンを動かしていると漆黒のような茶は光が混ざった様に明るくなり、まだ冷め切らず熱いそれを一気に煽った。

痛みのような熱さが喉を通り、胃に伝っていくのがよくわかる。流石に全て飲むことができずに半分ほど残し、ソーサーにそれを置くとヨウの目には涙が浮かんでいた。


「落ち着いたか?」


凪のような声だと改めて思う。ヨウは流れ落ちそうな涙を拭い前にいる3人を見つめた。先程先生と呼ばれていた男とザラメと呼ばれている女性、一見すると性別の分からないカワラと呼ばれている人物、3人が並ぶと何と胡散臭いことか。だが、現在ヨウには頼れるあてなどこの人等しかいないために背の腹は代えられない。

ここが、ヨウが今まで過ごしていた世界と違うことは移動中に十分理解した。

先の一件が終わった後、ヨウが先程斃した怪物と同一の存在ではないという疑念は晴れないが取り敢えず話を聞くということで3人が事務所兼自宅として使っている建物へと案内されることとなった。ごく普通の住宅街であるが、よくみると所々窓が割れていたり壁が崩れている。まるで誰かが争ったようで、人の気配など全くない。街灯もかなり古びている。放棄されて何十年とたっている様な景色に嫌な汗が止まらない。行灯を持った先生を筆頭にヨウの後ろにザラメとカワラが行灯を掲げながら周囲を警戒している。ここはそれほど危険ということなのだ。とはいえ知り合ったばかりであるために沈黙が続いていることにヨウは耐え切れずに前を歩いている先生へと声を掛ける。


「あの・・・その手に持っている行灯とは何なのですか?」

「ん?あぁこれか?」


振り向かずに行灯を先生は少し上にあげる。「そうですそれです」と答えると、沈黙が流れる。聞いては行けなかったのだろかと不安になっているとややあって先生は口を開いた。


「これは神の“ひ”だ」

「“ひ”?炎とか燃える方の火ですか?」

「いいやちがう。太陽、天に輝く陽だ。君、天照大御神は知っているか?」

「はい。えっと日本神話に登場する神様で太陽の神様・・・ですよね」


再び沈黙が流れる。間違ったことを言ってしまったのだろうかと背中に汗がにじんでくる。表情には出さずに頭の中では日本神話を繰り返して間違いがないかと必死に記憶を手繰り寄せ、間違いないと納得は出来たのであるがここは自分が居た世界とは別だろうと予測をしていたことをふと思い出してどっと汗をかく。もしかして、太陽の神様だということは知られていないとかタブーとかそういう者だったらどうしようと考えが及ぶ。彼女が持っている刀がノンアクションで振られ首と胴体が涙の別れをしてしまうことになってしまわないだろうか。


「先生。あまり沈黙すると彼女が緊張してしまいますよ」


腰の後ろで手を組み、目を伏せているザラメは口だけを動かして彼へとぴしゃりと言い放つ。すると考え耽っている先生はぱっと顔を上げて「あぁすまない」と口元に笑みを浮かべて髭のない顎を摩る。


「あーその反応おじさんぽーい、いでぇ!!」


ふざけていうカワラへ先生の分として置かれていた珈琲のソーサーに置かれていたスプーンが勢いよく額に当たり弾かれ空中回転し再びソーサーの上にカランと落ちた。一瞬の事ゆえヨウは何が起こったのか視えていなかったのだが、座りながら右手を上げ何かを投げたような仕草をしているため先生がやったのだろう。すぐさまザラメがそのスプーンをとり、少し向こうにある扉へと消えて行くと新しいスプーンを持ってそれをソーサーの上に置いて再び先生の後ろに待機する。

額を抑えてしゃがみこんでいるため痛みで蠢く声と音が聞こえるだけでヨウからは何も見えない。


「君の常識と俺達の常識は異なっていないようだな」

「え、あ、そ、そうなんですか・・・」


このまま何事もなかったように話を続けるとのかと面食らいながら相槌を打つ。カワラはまだ復活してこない。


「君がここまでくる間の反応、それは初めて見る者の反応だった。故に、私の考えとして君は“怪異”ではなく全く別の世界からやって来たであろう来訪者だと考えた、のだが、うぅむ・・・」

「いや、正直私としては全く別の世界なんですけれども」

「つまり本当に来訪者だと?」

「うーん・・・そうですね。恐らく」

「君の世界というのはどういうものなんだ?」

「どうもなにも・・・」


ヨウはここまで来た光景を思い出した。

先程の事件の後ヨウは行灯を手に先導する先生と、後ろを警戒するカワラとザラメに挟まれて「まず事務所に行こう」という先生の提案の元住宅街を歩いて来た。3人共警戒をしているために声を掛けられるような雰囲気ではなくて、無言のまま歩くというのも些か緊張してしまうために周囲の景色を見て誤魔化していた。ヨウが住宅街と思っていたそれは、はっきり言うならば住宅街だったものだ。ほぼすべての家の窓には木の板が貼り付けらえて、中からも出れないように外からも入れないようにしておりよく見ると壁も所々穴が開いていたり壁が剥離したりしている。しかもそれは古くこの場所が廃棄されて久しいという風である。無機質な街灯も何やら切れかけのように点滅しているのもあるし、もうすでに切れているものもある。ゴーストタウンのようなその景観にぶるりと身震いしてしまう。

歩いて行く方向はヨウが先程来た方向であり、駅がある場所に向かっている様だ。とはいえ、別の世界だと思われる世界の地図が自分が知っている地図と全く同じという可能性は低いが、と思っていたのだが、駅が近づくにつれて何やら人の声が聞こえてきて、見慣れた駅の外観が目に飛び込んできた。他にもヨウが驚愕し、声も出さずに立ち尽くしてしまうほどの景色が目の前に広がっていた。

数年前に建て替えられた白い壁の駅と目の前の広場と噴水はそのままに、まず驚いたのは街灯だ。ヨウが知っている駅前の広場にある街灯はヨーロッパを思わせる様な洋風の造りで色はくすんだ深緑であり、数は足元を照らすには十分であるが薄暗いといったものであった。目の前にあるのは薄暗いとは縁遠いような明るさ。空が闇色でなければ昼であると錯覚してしまうほどの明るさで、さらに冬に近いというのに暖かい。火や暖房といった熱さではなく、春の日差しのような暑さだ。コートを身に着けているのが恥ずかしくなるほどの気温。その光と暖かさを出しているのは、駅前の広場に数多に建てられている朱色の背の高い灯篭のようなものだ。まるでタイムスリップしたような気がしてくるが、その周囲にいる人々の姿は至って現代的で、殆どがスーツ、もしくはごく普通の洋服を身に着けている。ちらほら先生と同じような格好をしている人もいるが、その数は明らかに少ない。

もう一つ驚くべきことに、真夜中だというのにかなりの数の人が歩いていたり談笑をしているのだ。別に酒に酔っているという風ではなく、ただ話をしているのだ。こんな夜更けに。ふと音がして上を見上げると、ヨウが知っている場所に電光掲示板があり時刻と日付がニュースの下に流れている。


―2017年11月25日AM2:44


別にタイムスリップしたわけでもないことが裏付けられた。更にはこの世界とヨウの世界は全く日時時刻に至っても全てにおいて同じなのだとわかってしまった。何がどう違って世界はこんなにも異なる道筋を辿ることとなってしまったのだろうかと呆然と見上げていると、ふと腕を掴まれてびくりと体を震わせる。


「何をしているんだまったく」


腕を掴んだのは先生だった。どうやらこの人込みで逸れたことに気が付いて急いで探しに来てくれたらしい。どことなく焦りと安堵の表情を浮かべて先生はヨウの腕を掴んだまま引きずるようにして人混みを抜けた。人混みを抜けた先、大通りのコンビニエンスストア前にカワラとザラメが壁に背を預けて待っていた。先生の様子を見てカワラが一瞬固まったが、すぐにパッと笑顔を作って先導してくれた。先生は腕を掴んだまま歩き、ザラメが後ろを歩く。過剰ではと思えるほどの灯篭が並んだ大通りを歩いて行くと、ヨウが知っている喫茶店と風貌はほとんど同じであるが喫茶店の店名があった場所に『怪異退治屋ヨイ』と書かれていた。さらに1階建てだった煉瓦造りの建物は3階建てになり喫茶店の入口だった場所の奥には階段が伸びている。

先生に倣い薄暗い階段を登っていくと窓の多い廊下が伸びており、左側の壁にはいくつかの扉があった。その中の一番手前の扉を開くと中に入るように促されて恐る恐る入ると、部屋の中心に来客用の黒くシックなテーブルと深緑のソファがある至って普通の事務所の光景が広がっている、のだが天井を見上げると外にあったような灯篭と同じ物があり外と同じくらい暖かい。ふと入り口右の方を見ると、そこにはいくつもの武器と思えるものが綺麗に整頓され、並べられていた。建物の外観や室内を見た時は元の世界に戻ったと錯覚してしまうほどに見たことのある光景であったが、夥しい数の武具を見るにヨウの事を先程襲ってきたようなものが当たり前に隣に存在している世界なのだと改めて理解した。そこまでヨウは思い出し、改めて先生に聞かれた“君の世界はどうだったのか?”というような質問を頭の中で反芻し、取り敢えず一番目に付く違いを指さす。


「取り敢えず、あんなに武器あったら捕まってますね」


ヨウが振り返り入口隣にある刀やら従やらを指さした。同時に3人が「は?」と声を合わせた。そんなに驚くようなことかと彼等の反応に驚き眉を顰めたのだが、どちらかというと彼等の方があり得ないというように驚愕の表情を浮かべている。


「ならば、どのようにして身を守っていらっしゃるのですか?」


表情乏しいザラメでさえ驚きを隠せず思わず質問をヨウにぶつける。“身を守る”という言葉に、まず前提としてヨウの世界には先程のような化け物がいないことを説明していないことを思いつく。ヨウは「えぇっと」と顎に手を当てて目をつぶる。自分の世界の事をどのように説明するべきなのか考えたのだが、言葉を選ぶとあらぬ誤解を招いてしまう可能性を考え思いつく言葉で自身の世界を説明する。


「そもそも、私の世界ではさっきのような怪物はいないし、あんなのが人を襲うなんてことは私が知る限りではありません。夜道だって、まぁ変質者とかいますけれど普通に歩けますし、襲ってくるとしたら頭の中の考えはさておいて普通の人間ですし。所謂武器というものの類は持っているだけで銃刀法違反で警察に捕まりますし」

「で、でも神様とかいるんでしょ?」


それがなんだというのだとヨウは首を傾げて眉を顰める。神様がいるからと言って、武器を携帯する理由とはなり得ないはずだ。


「そりゃいますよ。日本神話にはそう語り継がれていますし、私はいると思っています。でも、実際自分の目で見たことがないですから確かにそこに存在すると断言はできないのですけれど」


事実、霊感や不可思議な力を持った人が神様の気配を感じるとか見たことがあるとかいう話はテレビで放映されており、ヨウもそのような番組を見たことがある。とはいえ、ヨウ自身は見たことがないのでいるとは言えない。そんなこと神職の前で言うと怒られそうであるが見たことない物をいるとどうして断言できようか。シュレディンガーの猫、という言葉もあるのでいないとも断言できないし世界には説明できないようなことも起きる。したがってヨウは存在のことを信じてはいるが、いるとは言えないと思っている。ヨウの言葉の後驚きを隠せないザラメと起き上がって来たカワラがソファに肘をついて面白がっているように顔をニヤつかせている。

しばらく沈黙していた先生が口を開く。


「つまり、神は人の前に現れていないということか?」

「?えぇまぁ・・・というか、神様は神社に祀られているものでほいほい人の前に出てくるものではないでしょう?」


ヨウは特に神職関係の友人がいるわけでもなく、親戚がいるわけでもない。なので本殿がどのような内装になっているかは全く知らないのだが、幼い頃興味を持った際に軽く調べたことがある。その本には本殿の奥にはご神体があって、祀られている神はそこに鎮座していると記載があった。なので、神々は表立って出てくるものではないと考えている。だが、先生の口ぶりからしてこの世界は神々が多くの人目に触れる場所に姿を現している様である。


「“怪異”がいない世界・・・ですか」

「にわかには信じられないね」

「・・・いいや、平行世界としてはあり得なくはない。恐らく君の世界ではあの事件が起こっていないのだろう」


3人で顔を突き合わせて話をしてヨウは疎外感を感じるが、それよりもと明らかに自分の世界とこの世界が分岐したであろう言葉へと反応する。


「事件?」


彼女が聞き返すと後ろへ顔を向けていた先生がこちらへと振り返り、腕を組む。

ヨウはこの世界の住民ではなく、他の世界から来たことは明白だ。そんな彼女にこの世界の常識を伝えた場合どのような変化が起こるか先生には予想がつかない。だが、悪い方向にはいかないような気がしている。

先生の勘はよく当たる。それは先生の血筋によるものであるが、彼としては自らの血を疎ましく思っているために勘よりも情報を集めて裏付けてから答えを導くことを好む。だがこればっかりは情報も何もない。勘を信じるんは癪であるが、ここは信じるしかないと大きくため息をついた。すると目の前の彼女は僅かに身を強張らせた。何か怒りを買ってしまったのではないかとびくびくしているようだ。

やはり彼女の性質は善性であり、悪性など微塵も感じない。ふと先生はあることを思いつき、口元を手で覆う。それは、自身の考えがあまりにも今後の仕事に有益であるために口元が緩んでしまったためであり、するりと口元から手を下ろすときに引き締めた。その後咳払いをし、姿勢を正いsて彼女へと向き直る。


「この世界の話をしよう。この世界の常識となっている話だ」


聞きたくないと彼女が拒否をする場合もある。内心どう反応するか身構えていたが、ヨウは静かに首を縦に振った。


「教えてください」


一考することもなく答えるヨウに先生は目を丸くしたあと、口元に笑みを浮かべる。その表情を見てヨウは大学にいる年若い講師に質問をしに言ったことを思い出した。知っていることを教えられる喜び、説く者の表情だ。


「世界というのは3つの層が重なっている。1つは私達がいる中津国、神々が神留まる高天原、亡者が住まう黄泉。もう少し細かくあるが、今はいいだろう。海外では神界、人間界、冥界とか言ったりする。そういうものが同じ場所に存在して層になっている。普段私達の目で高天原や黄泉が視えないのはその層の間に不干渉の力があるためだ。例えるなら、そうだな・・・」


先生は席を立ち、ヨウから見て左側にあるパーテンションの向こうへと消える。何やら引き出しを開くような音が聞こえるので、恐らくパーテンションの向こうに誰かの仕事机でもあるのだろう。少しして先生は5つとも色が違うカラー消しゴムを持ってきた。ヨウはそれを見て懐かしいと思ったが、まさか先生の持ち物なのかと目を丸くしていると、ソファの後ろで落ち着きなくそれを見ているザラメに気が付く。もしかしてと思ったのだが、彼女は何も主張せずにただソワソワしながら表情を変えずにそれを見ているだけだ。

真新しいそれらを先生はドミノをするようにして5つ並べて立てると「こんな感じだ」と得意げな顔をする。


「真ん中の赤い消しゴムが私達の世界で、一番右の黒が黄泉、一番左の黄色が高天原、それぞれの間にある青、緑の消しゴムが不干渉の層だ。赤い消しゴムからは黒と黄色は見えないだろう。で、赤、黄色、黒の消しゴムは青と緑の消しゴムが邪魔でお互いに触れない」

「な、なるほど・・・」


何となくわかったヨウは真剣な面むちで頷く。微かにフルーツやら清涼飲料水の香りがするのは消しゴムからだろうか。

先生はそれらをひょいっと机から取ると、後ろに立っているザラメへと手渡す。すると彼女の表情は変わらないが安堵したようにそれらを両手で貰い受け、いそいそとパーテンションの向こう側へと消えて行った。


「んで、明治時代後期、ここに風穴を開けた馬鹿な一族がいてな。それ以来、世界の在り方が変わった」

「風穴?」


ザラメの挙動が気になったが、話をすぐに続ける先生へとヨウは向き直り尋ね、先生は「そうだ」と頷いた。


「このフィルターを何をとち狂ったか3枚全部貫通して穴をあけた。そうなるとどうなると思う?」

「えっと今まで行き来できなかったのが、行き来できるようになった?」

「ご名答」


どことなく嬉しそうに先生は頷き、腕を組んでソファに深く背を預けた。


「そのおかげで今まで干渉できなかった世界同士が干渉できるようになってしまって、黄泉にいた飢えた化物共が人間を食べるようになってしまった」

「穴を塞ぐことは出来なかったんですか?」

「風穴を空けた一族は妖専門の退治屋で殺すことを得意とするが守ることは全くできなかった。守る力を持つ一族は皆いなくなってしまったから閉じることができなくなったんだ。高天原の神々はすぐさま閉じようとしたが、それより先に黄泉の魑魅魍魎共がこぞって外に出た。しかも穴は全てを同時に塞がないと完全に塞がらないようなタイプで、さらには魑魅魍魎を完全に殺すことができないから人間では対処しきれないときた。今穴を閉じると魑魅魍魎は人間達の世界に留まり人を襲い、神々はそれの対処ができなくなり人間は確実に滅びる」

「黄泉の人達はそんなに外に出たかったんですか?なんでそんなに人を襲うのですか?」

「黄泉は罪を裁く場所で人や化物、害をなした者共が罪を清算する場所、罰を受かる場所だ。喜んでいるような奴なんていない。だから逃げて手当たり次第に憎しみを埋めるように、腹を満たすように人を襲った」


大方、ヨウが知っている天国や地獄、黄泉といったものと同じようである。システムが同じかどうかわからないが、そう考えるならばこの世界はよくも形を保って利うのだろうと感心してしまう。ヨウのその思いを補足するように先生は続けた。


「流石にそれは行けないと高天原の神々は人間に力を与えてその化け物を殺す手段を与えた。それが、さっき私が使っていた術、神から権能を授かった神術とよばれる術とこの2人の武器だ」


ザラメがパーテンションの向こう側から歩てくると、自身の腰に携えている刀の柄を撫でる。


「私とカワラの武器はとある神に気に入られた方の特別製で怪異に苦痛を与えることができるものです」

「ちなみに僕が使っている方は拘束用武器、ザラメが使っているのが処断用武器ね。で、僕等は人を殺している怪異を処罰する仕事をしているんだ」

「処罰?」


カワラの言葉にヨウが首を傾げる。退治ではなく、処罰というと戦った相手は生きているということなのだろうか。先程見た限りでは、生きているようには視えなかったのだが。


「そ。怪異っていっても、元々は黄泉の住人だから殺してしまうと世界の均衡が崩れるんだ。で、この専用の武器と神様の力で小さな玉のようなものに封印してあるべき方にお返しする。そして、その方が正式な処分を下すっていう感じかな?」


なるほど、とヨウは指を組む。害があるからと言って人間が怪異を殺し続け、怪異が全て消滅してしまえば黄泉のシステムが狂うということなのだろう。穴が開いたことで均衡が崩れ、穴を塞ごうにも塞げない。人を襲う怪異を消滅させてしまえば世界が元に戻った時にどんな変化が訪れるのかもわからず、帳尻合わせのようなものが起きてしまう可能性も考えられるということか。

何ともまぁその一族とやらは大変な事をしたものだとヨウは瞳を伏せる。


「理解できたか?」


先生の言葉に顔を上げてヨウは頷く。


「何となく・・・ところで、怪異というのは幽霊とか妖怪とかとは違うのですか?」


ヨウは日本神話に関して本で詳しく知っているわけではない。だが、黄泉、地獄という場所には鬼と呼ばれる妖怪や人が死んで魂となった幽霊が行く場所という認識だ。だとするならば、幽霊と妖怪は怪異とは別存在なのか、同じ存在なのか分からない。ヨウの質問に先生が答えるかと思いきや「それはこいつの方が詳しい」とザラメを見て彼女が少し考えたのち口を開いた。


「そうですね。違います。幽霊は人が霊体になった者、妖は無作為に人間を襲わない者、怪異は無作為に人間を襲う者、と現代では区分されています。人の味を覚え襲うようになり妖から怪異へ変更になる者もしばしばいらっしゃいます。さらに幽霊も数多くの呪いや恨みなどを集めれば無作為に人間を襲う怪異になり得ます」

「な、なるほど・・・?」


つまり幽霊と妖怪、怪異は別物ということなのだろう。だが、人を襲えば怪異と認定される。頭の中が混乱し始めているとカワラが笑い声をあげた。


「まぁこんなのは理解しなくていいよぉ。僕等は人を食べるのが悪い化け物でそれを倒す仕事をしてるってこと!だけどそいつらとっても強くて、人の味方の神様が僕等を助けてくれてるって感じだよ。でもねぇ厄介な事にただ殺すだけじゃ世界が戻った時のバランスが崩れちゃうから殺さずに、君が言っていた天照大御神様筆頭の神々の力を借りてこれくらいの小さな水晶に固めて神々に提出するって感じだよ」

「結構制約があるんですね」

「そそ。依頼は被害者から受けて、神々に申請、許可を貰って倒しに行くってこと。君の世界にもあっただろうけれど、役所仕事みたいな感じだし、怪異退治員は国家公務員だから役所仕事と言えば役所仕事なんだけどさ」


よくあるファンタジー小説などでは怪物退治は民間企業が行っているイメージだが、この世界は違うらしい。それよりも、国のトップが割るふりするのではなく神が直接割り振りしているような口ぶりにヨウは驚く。まさか、神様が書類仕事をやっているとは思わなかった。ふと、ヨウは先程通って来た駅を思い出す。沢山スーツ姿の人がいたのはもしかして。


「なるほど・・・さっき駅にいた方々ももしかして・・・」

「あぁ同業者だな」

「一般の方は夜間の外出は禁止されているのですが、私達は許可されています。なので夜間に外出している方の殆どは私達の同業者だと思っていただいて構いません」

「あんなにいるんですね」

「そうだな。神も怪異も人間と同等かそれ以上の数いるからな」


確かにそうである。神は神話に出てくるような名のある神々の他にも歴史の中で名を馳せた英雄英傑が祀られていたりする。他にも神社に祀られていないような小さな神々もいるだろうし、幽霊が怪異となりえるのであればその数は遥かに多いであろう。人を襲うのは一握りだけだとしても、それを対処するには人が多い方がいい。その戦いで命を落とすこともあるだろうから。


「・・・何というか、私の世界の観点からすればファンタジーの様な世界ですね・・・」


ヨウの言葉に先生が苦笑いを浮かべる。

「そうだろうな。私からすれば君のような身近に存在する危機が人間しかいない方がファンタジーだが。いや、理想郷というべきか」


理想郷という言葉にヨウは自身の世界を顧みる。確かにこのような物騒な世界ではないが、明確な人類の敵がいない自身の世界は理想郷と言えるのだろうか。このように人類の敵がいるのであれば、人同士の醜い争いなどきっとないだろう。人同士の争いが蔓延っている世界が理想郷であるというのならば、何という皮肉なのだろうか。

「さて」と先生が軽く手を叩くと、真っ直ぐヨウを見た。


「ここまで話して、やはり君は怪異でもなく、この世界の住民でもないことはよくわかった。帰る方法は知っているのか?」

「知っていたら貴方達について行って珈琲御馳走になりませんよ」


先生の言葉にヨウはすぐさま反応する。頬を膨らませている彼女を見て、実は思っていたよりも年齢は低いのだろうかと思ったが時折見せるやけに落ち着き払った態度に彼女に対し自立した女性に対する態度をすればいいのか、未成年に対するような態度にすればいいのか迷ってしまう。すると後ろから笑い声が聞こえて振り返ると、カワラが笑っている。こいつほど簡単に話ができた楽だろうなと、いつもなら抱かない憧れのような感情がぼんやりと芽生えるがすぐさまカワラの普段の行いを思い出し、心の中で首を左右に振る。


「そりゃそうだね!物騒なところに観光しに来たもの好きにも見えないしね!」

「誉め言葉として受け取っておきます」


ため息混じりに言うヨウにザラメは先生と同じ感想を持ったらしく、不思議そうに首を傾げた。


「というか、いたく冷静ですね」

「いやもう最初は泣きそうでしたけれど、喚いても仕方ないですし。それに、ここで私を見捨てる様な方々ではないようにお見受けしますが?」

「・・・貴女結構いい性格していますね」

「そりゃどうも。親友が事件を起こしたり巻き込まれたりするのでこういう性格にならなければいけなかったんですよ」


一体どんな親友なのだろうかと先生達3人は思ったのだが、深堀していいのか分からずに触れないようにした。このヨウが言う親友というのはタキの事である。タキは親友で幼馴染、しかも可愛らしい顔立ちをしており人当たりもよく昔からよくモテていた。正直ヨウは彼女以上に顔立ちのいい子は見たことがないほどである。そんな彼女なのだが、敵を全く作らないがゆえに人から良く頼られることがある。しかもそれを安請け合いし、いやこれ本当にこの子がやるのかと思ってしまうようなことも受けてしまう。更にはその受けた先で人に言い寄られることもありそれで事件に巻き込まれることもしばしばあった。タキと一緒の行動することが多いヨウはそれに巻き込まれることが多いのだ。

突然カワラが「あ!」と声を出してヨウが持っている鞄を指さす。


「そういえば君携帯電話とかは持っていないの?つながる?」

「!そうですね」


携帯電話の事をすっかり失念していたヨウは慌てて画面を点けて電波状況を見る。この事務所にWi-Fiは繋がっているらしくインターネットには繋がっているが、と通話履歴の一番上にあるタキへと電話をかけた。だが、コール音もならずに繋がらない胸を言う自動音声の声が流れて肩を落とした。


「だめです・・・」

「そっかぁ。何かヒントになるかもしれないと思ったけれど・・・」

「いやもう仕方ないです。あの子、心配していないといいけれど」


ダメもとだったためにすぐにあきらめがついたが、それよりもタキが何やら騒ぎ立てないか心配である。自分自身の事に関しては大丈夫と杜撰な扱いをするが、ヨウが何か怪我をしたとなれば慌てて救急車を呼ぼうとすることもあった。それほどの怪我ではなかったというのに。心配してくれるのは嬉しいが、もう少し冷静になってもらいたいものである。


「君がこの世界に来る前は何をしていたんだ?」


「何を」と聞かれ、ヨウは腕を組んで思い出す。


「えっと、友人と飲みに行って、駅から家に帰ろうとしてました。住宅街を歩いてて4つ目の十字路を横切ろうとしたときに何か白い靄みたいなのが見えて、怖くて走り抜けようとしたら引っ張られるような感覚があって振り切って逃げたら家の鍵落としたみたいで、戻って探したんです。そしたら鍵に私鈴をつけているんですけれど、その音が右側の通路から聞こえてきてそれを追いかけたらいつの間にか」

「十字路・・・4つ目か・・・」


ヨウの言葉に先生は口元に手を当てた。“十字路”、“4”という数字に心当たりがあったのだ。いつか見た文献にそのような事が書かれていた気がしたが、それは一体どの本だったのか。先生の記憶力と推理力にザラメは信頼を寄せているため彼の反応を見て何か思いついたのかと「何か分かりましたか?」と尋ねる。答えてくれないだろうなと思っていても、彼が謎を解いていく姿を尊敬している身としては聞かずには終えなかった。ザラメが思っていた通り先生は首を左右に振る。


「・・・憶測の域がでない。もう少し調べてみてからだな。君、このような経験は前もあったか?」

「いいえ」

「白い靄のようなものを視たのもはじめてだと?」

「あーそれは・・・正直初めてではないです・・・」

「ほう?」


先生は彼女の言葉に眉を寄せる。この世界において怪異は人間に害をなすとき実体化する。そうしないと肉体という実態がある人間を襲えないからだ。その実体化をする前は幽体化といって誰にも何にも干渉できずただ漂うのみの姿となっている。その幽体の姿を人は見ることができない。大昔、それこそ穴が開く前は幽体を見ることができる人々がいたのだが、穴が開いてからはめっきりいなくなってしまった。

ヨウの世界は幽霊というものは存在するが、話の端端から実体化は出来ていないと思われ、更には不干渉のフィルターが機能している。幽霊が現世に留まることはあり得ず、もしそこに存在が確認できるとするならば現世に魂があるのではなく黄泉という世界のフィルターに存在する。そんな中、明らかに彼女は視えている。視えるとするのならば、不干渉のフィルターを通しても視えるほど目が良いということだ。

不干渉のフィルターを曇りガラスとするのならば、曇りガラスの向こう側が彼女には視えていた。


「私の世界ってよく夏にホラー特集とか心霊写真、写真に幽霊が映っているのを公開してテレビで放映するって言うのがあるんですが」

「うへぇ悪趣味」

「なるほど、興味深いな」


カワラがあからさまに嫌そうに顔を歪めたのだが、先生は相反し口元に笑みを浮かべて呟いた。

妖怪、怪異、幽霊、怪談。それは確かにそこにあるが視えはしない。だからこそ人はそれを娯楽とする。だがもし視える世界があるのならば、その世界では娯楽とはなり得ない、ということなのだろうか。


「興味深い・・・?」


先生の言葉に驚いた表情をヨウは浮かべたが、咳払いをして続きを促す。


「いいや独り言だ。続けて」

「えっと。幽霊がいる場所がアップになるんですけれど、私が視えている場所以外がアップになることが多くて・・・一緒に見ていた友人達に言っても私しか見えてないとか、ナイトキャンプの時に知らない子がいて話をしたら皆見えていなかったとか、でも毎回とかじゃなくて!時々、そんなことが」


小学生の頃は何が生きてるもので生きていないものなのか理解できずにいたのだが、段々と年齢を重ねていくうちに違いが分かってくる。霊感があると言えるのだろうが、ヨウはそのように言いふらしたりしなかった。霊感あるんだよねと広まれば目立つし、何よりそのようなものが集まってくるのが嫌であった。


「君の視える力は先天性か」

「でも両親や姉も特に霊感があるとか言ってなかったですよ」

「隔世遺伝かもしれませんね」


そんな話も全く両親から聞いていないのだがと首を傾げるが、確かめるすべがないのでこれ以上考えるのはよそうとため息をついた。すると先生が何やら嫌な笑みを浮かべて腕を組む。


「ではここで君に提案がある」

「・・・なんでしょう」


何か嫌な予感がして身構えるが、先生は全く意に介していないようだ。


「君が帰る方法が見つかるまでここで働かないか?給料は出すし衣食住の安定も約束する」

「で、でも私戦えませんよ!?」


高校時代に弓道流行っていたし体育の授業である程度柔道はやっていたが、喧嘩もしたことない。慌てて無理だと首を振るが、先生はヨウの目を指さした。


「だが視える。君の目は普段私達が視えていないものも視えている。それは十分な武器だ。身の安全は私達が命を懸けて守ると誓おう」


ヨウは悩み、だが現状安定が欲しいために「よ、よろしくお願いします・・・」と頭を下げた。先程の戦いで彼等は強いことは知っており、このままいやいいですと外に出たところで帰る方法あてもないし、命を落とす可能性も高い。元の世界に戻りたい身としてはそれは避けたいものである。ヨウが頭を下げると、嬉々として先生は立ち上がるとヨウの両手を取った。


「ありがとう!よろしく頼む!」


幼さを感じる笑みを浮かべて喜ぶ姿は無邪気さも感じてしまうほどだ。この人の年齢は本当に解らないと呆気に取られていると直ぐにするりと手を離し、立ち上がったままテーブルの上にぞんざいに脱がれていた黒い革手袋を嵌めると意気揚々と言う。


「では本日はまだ一つ仕事が残っている。それを今からやりにいこうか」

「い、今から!!?」


驚くヨウに先生は笑顔を向ける。その表情から仕事がこれから楽になると顔に書いているようで、もしかしていいように使われるのではないかと不安になる。「仕事は早く慣れる他にない」という先生にごもっともだと感じてしまったヨウは小さく「はい」と呟いて肩を落とした。ザラメとカワラは時に異を唱えずに出かける準備を終えると、事務所から出ようとしている先生の背中を追った。ヨウは手提げタイプにしていた鞄をリュックの形にしてそれを背負いとぼとぼとついていく。ドアノブに先生が手をかけた時、「そういえば」と呟いてヨウへと振り返る。


「改めて私は皆から先生と呼ばれている。君も先生と呼んでくれ」

「僕はカワラだよ」

「私はザラメです」


色々あって自己紹介がまだだったことにヨウも思い出して慌てる。


「あ、えっと、私の名前はいづ―」


名前を名乗ろうとした浴後、ザラメが血相を変えて突然ヨウの口を片手で塞いだ。突然の出来事に目を見開き言葉を止めて彼女を見た。


「ふぇ?な?なに?」

「・・・今本名を名乗ろうとしましたか?」


何を言うのかと思えばそんなこと、と「え、あ、はい。そうですが・・・」と不安げにザラメに言う。


「なるほど、君の世界では本名を相手に伝えるのか」

「え?当たり前ですよね・・・?」


名前は本名ではないと失礼に当たるのではないのだろうか。いきなり初対面であだ名で呼んでくださいと言うのはどうかと思う。混乱しているヨウに手を口元から話したザラメが静かに説明してくれた。


「名前というものは悪用されやすいもの。特に呪術には名を必要とします。なのでどこの誰が聞き耳たてているか分からないこの世界では本名を名乗ることは一般的ではないのですよ」

「僕等の名前も本名じゃないし。先生も皆から先生って呼ばれているだけで本名は異なるよ」


てっきり変わった名前だなという程度の感想しか持たなかったヨウは内心「本名じゃなかったんだ」と驚くが、少し恥ずかしくなってしまって表情を出さずに抑える。


「んー・・・君あだ名とかなかった?」


カワラの言葉に少し考えいつも呼ばれている名を話す。


「えっと、ヨウと呼ばれていましたよ。本名は全く別物なのですが」

「じゃあそれで。どう先生?」

「いいんじゃないか?」


そんなあっさりでいいのかと思ったが、きっと彼等もそのように決めたのだろう。


「では気を取り直して、レッツゴー!」

「ザラメ、遠足ではございませんよ」

「もーわかってるよーカワラちゃんはお堅いなぁ」

「ほらほら行くぞ」


軽口を3人はたたきながら事務所の外へと歩いて行く。それを少しだけ見つめてから、大きく深呼吸してヨウは事務所を後にした。


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