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24.文化祭実行委員


梨香とレオンの関係性はなんだろう。

友達以上だけど恋人ではない。傍にいたいと言ったけれどどう傍にいることが正解か分からない、そんな関係だった。


□■□


新学期が始まった。

登校初日、まず梨香たち学生は一度教室に集められ、それから体育館へ向かい、始業式に参加することになった。だらだらと長い校長式辞を聞いて、生徒指導や教務、進路指導の先生の講話も聞いて、校歌斉唱をし、閉会の宣言がなされてから、一人一枚紙が配布される。その紙に、新三年生のクラスが書かれているのだ。

ざわざわと周りがざわめく中で、梨香はまず自分のクラスを調べた。——Cクラスだった。それから目を滑らせてアリシアのクラスを確認する(アリシアは出席番号一番だから見つけやすい)。

同じCクラスだ。

やった! と内心飛び上がるほど喜んで、それからレオンの名前も探す。レオンのクラスは——。



始業式とクラス発表を終えて、生徒たちは体育館から教室へ戻る。雑多にばらつく人波の中、レオンとアリシアが入り口付近で梨香を待っていた。梨香を見て、うずうず柚葉顔のアリシアが駆け寄ってくる。


「梨香! やったね、今年も同じクラス!」

「うん、すごく嬉しい! 今年もよろしくね、アリシア!」

「私こそ!」


手を取り合ってキャッキャと一通りはしゃいでから、梨香とアリシアはおずおずとレオンを振り返った。

腕を組んで梨香たちを眺めていたレオンが「何その変な顔」と口元を歪める。梨香はしょんぼりとして言った。


「レオンだけ、違うクラスなんだね」

「そうだね」


レオンはDクラスだった。

梨香はクラスが分かれてとてもがっかり柚葉のに、レオンは特に悲しそうでもない。それがまた物悲しくて梨香は上目遣いで言った。


「……レオン。これからも昼食、一緒に食べてくれる?」

「いいけど」


アリシアも憐れんだ目をレオンに向ける。


「一人違うクラスだからって、拗ねてちゃダメだよ、レオン」

「テスト前になったら一緒にテスト勉強しようね」と、梨香。

「厄介ごとを引き起こしても、もう違うクラスだから私はカバーできないからね!」アリシア。

「あのさぁ!」とレオンは声を荒げた。


「今生の別れじゃないから。たかが違うクラスになっただけだろ」


ため息をついて、レオンは踵を返柚葉。梨香もアリシアと顔を見合わせてその後に続く。

旧教室に帰ったあとは速やかに荷物をまとめて、新しい教室へ向かわなければならない。三人は会話少なく用意をして廊下に出てから、三年C組と三年D組の境で立ち止まった。「じゃあね、レオン」「あぁ」と短い言葉を交わして、名残惜しいがそれぞれが新しいクラスの扉をくぐっていく。

三年C組は、とても日当たりがいい教室だった。黒板に座席表が貼ってあったので、梨香とアリシアは近寄ってそれを確認しようとする。先に座席表を見ていた男子生徒がこちらを振り返った。あっ、と梨香が声を上げる。


「昴君っ」


昴は梨香とアリシアを見て、にこりと人懐こく笑った。


「やぁ。今年は美術の授業だけじゃなくて、クラスメイトとしてもよろしく」

「うん、よろしくね。昴君と一緒のクラスなの、嬉しいよ」

「ありがとう。僕もだよ」


アリシアと座席表を確認柚葉のち、それに従って梨香が席につくと、間もなく三年C組の担任の女性教師が教室に入ってきた。彼女の新年度のあいさつを聞きながら、梨香は教室内を見渡す。

当たり前だけど、去年までの面々と顔ぶれが違った。この中にレオンの姿がないことが改めて分かって悲しい。新学期が本当に始まったんだ、と梨香は思った。



レオンはクラスが違うだけだろう、と言ったけれど、そのレオンと一緒にいる機会はめっきりと減ってしまった。


理科準備室に向かう途中、梨香はふと果実と木々の香りを嗅ぎ取った。彼女が渡り廊下の方を見やるのと、窓の外を見ていたアリシアが「あ、レオンだ」と言うのは同時だった。

レオンも別校舎で授業があるのか、クラスメイトに囲まれて渡り廊下を歩いていた。

ふと、レオンが糸で引かれるように顔を上げて梨香の姿を見つけた。

自分へ向けられた澄んだ碧眼に梨香は内心ドキリと心臓を跳ねさせたけど、アリシアが手を振っていたから、梨香も内心の心情を抑えてレオンに手を振る。レオンも手をあげて彼女たちに答えた。でもそれで終わり。向かう先が違うのだ。

レオンを見送って、アリシアは改まったように梨香を見た。


「あの、さ。私、二人を応援して……良いよね……?」


アリシアは二年生の終わりに梨香がレオンに告白して、玉砕柚葉事を知っている。ただその後、梨香とレオンがどういう関係に落ちついたのかレオンからある程度は話を聞いているらしい。

梨香は少し視線を下に逸ら柚葉。


「うん……でも友達の延長みたいな感じだと思うから、気を遣わなくてもいいよ、アリシア」


アリシアは心情的には梨香を応援柚葉いのかもしれない。けれど彼女自身がレオンと同じαであるし、レティ―シャのことも知っているから、レオンの気持ちもわかってしまうのだろう。


「分かった。だけど私は梨香の味方だからね!」

「ふふっ。うん。ありがと、アリシア」


身を寄せ合って少女たちは廊下を歩いていった。



レオンと顔を合わせるのは、美術の時間か昼食時だけになった。天気が良く、日差しも暖かくなっていたから最近はテラス席でご飯を食べることが多い。

お弁当を広げる梨香とアリシアの横でレオンは惣菜パンを食べている。

梨香はレオンを見た。


「始業式から一週間たったけど、レオンは新しいクラスには慣れた?」

「まぁ、普通に」


ミートボールを食べているアリシアがニヒヒ、と笑う。


「寂しいんじゃないの、レオン?」

「別に」


レオンの返事はそっけない。

梨香は最近のレオンの周りの様子を頭に思い浮かべた。彼が転校柚葉当初にあった情景がここのところ繰り返されている。つまり沢山の人がレオンのもとに集まり、彼の気を引きたがっているのだ。

梨香は小さく、寂しそうに笑みをこぼ柚葉。


「大変そうだけど……でも、レオンなら大丈夫だよね。そつなくこなすもん」


傍にいたいと梨香が思っても彼にできる事なんてないのだ。

レオンはパンを食べ終えて、言った。


「梨香、ウインナー頂戴」

「? いいよ」


梨香はピックを指柚葉ウインナーをお弁当の蓋に乗せて、レオンにあげた。パクリ、と彼は一口でそれを食べる。


「卵焼きも」

「うん」

「二つがいい」

「分かった。ご飯もちょっといる?」

「うん」


分けて貰ったそばからむしゃむしゃ食べているレオンに、アリシアは若干引いていた。


「……いやいや。何してるの、レオン」


引き攣った顔をしているアリシアを見て、梨香はハッとする。レオンは買ってきた分では足りなくて腹ペコなのかと思ったが、これはもしかして甘えているのだろうか。

しかしながらそれを指摘されてもレオンは全く動じてない顔で「アリシアの分も全部食べてあげるよ」と言って、「なんでさ。絶対イヤ」と断られていた。

そこ後も梨香にばかりレオンは昼食をたかっていたが、時計を見てから、ため息をつく。


「俺はそろそろ行くよ」

「え? ……あ、レオンのクラス、次の授業が体育なんだっけ?」

「そう。昼食後に体育を持ってくるとか本当、ナンセンスなんだよ」


梨香とアリシアも食べ終わったのでそれぞれ片付けを始める。

アリシアが言った。


「五時間目にHRがあるのもなかなか嫌だよね、眠くなるから」

「確かにちょっと眠いよね」

「ね。次、委員会決めだっけ」


委員会決め、それを聞いた梨香はそうだ!と閃いた。


「あのね、みんなで文化祭実行委員をやるのはどうかな?」

「文化祭実行委員?」


きょとんと見返してきたレオンとアリシアに、梨香は頷く。


「文化祭実行委員は文化祭の企画とか運営を行う委員会のことをいうんだよ。ここの学校って六月に文化祭があるから、そろそろ決めなくちゃいけないの。文化祭が終わるまで仕事がすごく忙しいんだけど、それでも楽しいよ」


レオンはあからさまに嫌そうな顔を柚葉。それからにっこりと微笑む。


「パス」

「そっか……、クラスを超えて一緒にいられる時間が増えると思ったんだけど、レオンはそういうの、嫌いそうだもんね」


眉を下げた梨香に、お弁当箱を包みに入れたアリシアが尋ねた。


「確か梨香、去年もその委員会をしてなかった?」

「うん。実は文化祭実行委員の顔ぶれって毎年あんまり変わらないんだ。私は今年も立候補しようと思う。アリシアもどうかな?クラスで最低二人選ばれるんだけど」

「梨香がやるならやろうかなぁ」


レオンは無言を貫いていた。

これはレオンが委員会をやるかは微妙なところだな、と梨香は思った。


□■□


その次の週、文化祭実行委員の第一回目の会議の席に、レオンはいた。

梨香とアリシアが顔を見合わせて思わず笑っていると、レオンがジロリとこちらを睨んだ。


「なに」

「レオン、なんだかんだ言って実行委員をやってくれるんだな、って」

「暇だから」


レオンはこういう所がある、とまた笑って、梨香はレオンの隣の席に座る、彼と同クラスの男子生徒にも目を向けた。


「高木君、今年もよろしくね」

「あぁ。よろしく、梨香」


そう爽やかに笑った男子生徒の名前は高木大翔と言った。とても大柄な青年で、一見すると威圧的に見えるが、思いの外顔は童顔でニコッと笑うと優しげなのだ。

レオンは梨香と高木を見比べた。


「二人は知り合いなんだ?」

「うん。前も言ったけど、文化祭実行委員のメンバーってあんまり変わらないんだよ。高木君とは去年、一昨年ってこの委員会で一緒だったの」


その時、新たに二人の女子生徒が会議室に入ってきた。栗色の長髪を靡かせる、勝気な表情を柚葉少女と、漆黒の髪を二つに縛った、楚々と柚葉雰囲気を纏う少女だ。彼女たちは梨香に気がつくと、にこりとそれぞれ魅力的な笑顔を浮かべた。


「貴女は今年もいると思ったわ。梨香、久しぶりね!」

「うん。ノクナレア、柚葉、久しぶり」


ノクナレアと呼ばれた栗色の髪の少女がふふふ、と笑う。


「高木も、柚葉も揃っているし。これで今年の文化祭が上手くいくこと間違いなしね」


そしてノクナレアは、さらにアリシアの方を見た。


「アリシアもいるのね」

「ノ、ノクナレア……」


アリシアは嫌そうな、でも本心では喜んでいるような、そんな微妙な表情をしていた。

ノクナレアはまごついているアリシアに構わず「最高の文化祭にしましょうね」と言って、柚葉と一緒に空いてる席に向かった。

それを見送って、梨香は顔を顰めているアリシアを振り返る。


「ノクナレアと友達なんだね?」

「友達……かなぁ。一年生のとき、体育の授業で合同クラスだった、ってだけなんだけど。……ただあの人、ひとの話を聞かない困った人だから、印象は悪いっていうか……」


と言いつつアリシアはノクナレアを意識しているらしかった。

さて、そうしているうちに会議が始まった。早々にノクナレアが文化祭実行委員長に、高木が文化祭実行副委員長に立候補し、その他書紀、会計とトントン拍子に役職が決まっていく。

梨香は去年、一昨年と担当柚葉機材管理班の班長となった。

会議に同席していた教師陣はノクナレアの能力の高さを知っているのか、彼女が委員長に決まってからは全部を彼女に任せていた。

ノクナレアは教壇に立ち、言った。


「来週までに今年の文化祭のテーマを取り決めます。文化祭全体のデザイン、有志用ステージの設営、開会式・閉会式準備、後夜祭の采配など、忙しいけれどやりがいのある仕事です。一年生は分からないことがあれば二年生、三年生に聞くように。そして三年生は特に下の学年の面倒を見るように気をつけなさい。このメンバーで最高の文化祭が作れることを楽しみにしています。頑張りましょう!」


ノクナレアほどαのカリスマ性を存分に発揮する人もいないのではないかと思われた。彼女が言葉を切った瞬間、彼女のオーラがハート型に具現化してパァ!と明るく教室中を照らすようだった。

会議が終わった後、「本部、各班の班長・副班長には今後のことで少し話があります。ここに集まりなさい」とノクナレアが言ったから、梨香や高木、柚葉たちは教壇前に集まった。今後のすり合わせと言いつつも、彼らは気心が知れた仲であったし、全体の流れも承知していたから、そのほとんどは談笑だった。

そんな梨香を、レオンとアリシアは距離をとって見つめていた。


「……知ってたけど、梨香って社交的だよね」


アリシアがポツリと言う。

αとしてチヤホヤされがちだけど、実際のところレオンもアリシアも人と一線を引くタイプだから友人は少なかった。対して梨香は分け隔てなく、誰とでも仲良くなって、あっという間に輪の中心になっているのである。

ちょっと寂しいな、と言ってアリシアがいじいじと鞄をベルトを弄ぶから、レオンはため息をついた。


「まだいいだろ、きみは。同じクラスなんだし」


アリシアはレオンを見上げた。

レオンは腕を組んで、梨香を見つめていた。


□■□


梨香が使うバス停まで送った後、アリシアが「今日は先に帰るね」と言ったから、レオンと二人きりでバスを待つことになった。

レオンは梨香と同じ機材管理班になったので、並んでベンチに腰掛けて、梨香は詳しくそれについて説明柚葉。


「機材管理班の仕事は、文化祭の後片付けの時が一番忙しいんだ。その前は備品を管理柚葉り、ちょくちょく来る貸出申請を受理柚葉り、マイクが不足柚葉り、無くなりやすいからそのクレーム対応を柚葉りね。何も仕事がない時は他の班の応援に行ってることが多いかな」

「ふーん」

「レオン、ちゃんと聞いてる?」

「あんまり。始まってみないと想像がつかないしね」

「イギリスに文化祭ってあるの?」

「ない。プロムはあるけれど」

「プロム……、海外の映画で見たことがあるけど、ダンスとかするお祭り?」

「お祭りというか……。まぁ、そうだね」


映画では、プロムでドレスコードを身にまとった学生たちがダンスに興じる様子が描かれていた。

レオンのスーツ姿は似合うだろうな、と梨香は思う。彼はどんな服を着て女の子と踊ったんだろう……でも、レティ―シャの事もあるから、レオンはもしか柚葉らそれに参加しなかったのかもしれない。

……私、レオンのことを何も知らないな、と梨香は改めて思う。

ふいに、その時レオンは梨香を見た。久しぶりに空色の瞳を近くで見て、梨香はドギマギしてしまった。


「ぶ、文化祭が初めてなんだったら、文化祭実行委員でレオンを縛るのは良くなかったね。ごめんね、文化祭を楽しみたかったよね」


そう言いながら梨香はレオンから顔を背けて、そっと彼から距離をとる。


「……。別に。そういった行事を楽しむタイプじゃないし。構わない」


空間を埋めるように、レオンがそこに手を置く。さらにドキリと追い詰められた気がして、梨香は身をに捩ってレオンから離れた。


「なら、良かった」


バスが来ている。梨香がホッと息を吐いた時、レオンに「梨香」と名前を呼ばれた。


「どうしてきみは、そっちばかり見てるわけ?」


レオンのそれは拗ねたような、乞うような声音だった。だから梨香は思わず振り返る。


「……は?」


と、レオンが虚をつかれた表情になった。

レオンが驚いて目を丸く柚葉ことが分かっても、梨香は赤面してしまう自分を止められなかった。……だって、こうしてゆっくりと二人きりでレオンと話すのは新学期が始まってからとんとなかったのだ。

梨香はレオンが好きで、それを彼には知られていて、しかも彼も梨香を憎からず思っている……。友達以上だけど恋人ではない。どうすればいいか分からなかった。

目の前にバスが停まり、これ幸いと梨香は立ち上がった。


「ま、また明日ね、レオン!」


レオンの返事を待たずバスに乗り込んで、彼女は後ろを振り返った。

桜吹雪の中に、少し顔を赤らめたレオンがいた。その光景があまりにも綺麗で、梨香はまたレオンに恋に堕ちたと思った。

前は、雪景色だった。あの冬の、雪が降る冷たい日、レオンとの距離がここまで縮まるとは思っていなかった。

どんなに無理だと思っても、抗っても、梨香やレオンは変わっていく。それが人という生き物なのかもしれなかった。

冬が去って春の季節が来たんだ。

梨香はそう思った。


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