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12.テスト日 3


レオンに面接の話をした日の夜、梨香は熱を出した。一度は三十九度近くまで上がったけれど、翌日には平熱に下がっていた。喉が痛いとか、あたまが怠いとかそういったこともないので、テスト勉強や面接準備の疲れが出ただけかな、と梨香は思った。


ゆえに月曜日には普通に学校に登校した。定期テストの解答用紙がどんどん返ってくる週だった。木曜日には全てのテストの結果が出揃ったため、梨香とレオンとアリシアは顔を付き合わせて点数を開示した。


そして得点数を競うこの度の勝負を制したのはレオンだった。勝敗の内訳はこうだ、レオンに対し梨香が一勝二敗、アリシアが二勝三負。敗北した彼女たちは絶望した顔で手を取り合って「嘘でしょ?!」とニコニコ顔のレオンを見返した。

この男、化け物なのか? なぜ零の状態から、たった一ヶ月でここまで巻き返すことができるのだ。


ただまぁ、弁明を一つ言うなら梨香が勝負に負ることも致し方ない事ではあるのだ。理由は社会科である。文系の梨香は世界史と日本史のテストを受けていて、理系であるレオンは世界史と地理のテストを受けていた。文系の日本史と理系の地理は難易度が違っていて、地理の方が日本史よりだいぶん問題が優しく、レオンが勝つことは想像に易いことだった。だから梨香が負けないためには、古典と世界史の両方をレオンより点数の高いものにする必要があった。

そして古典は、彼女が手応えを感じた通りレオンより良かった。しかし世界史が、最後の論述問題で漢字を間違えるというケアレスミスをしてしまい、一点負けてしまった。

だがしかし、そんな事を今更言ったところで梨香が勝負に負けてしまったことと、レオンが規格外の努力の天才であるという事実は何も変わらなかった。


食堂にて、梨香とアリシアの顔を見たレオンは、今にも手を叩いて笑いだしそうな顔で(いや、実際手を叩いて笑って)言った。


「よく頑張ったよな、お互い。本当にお疲れ様。それぞれの健闘を称え合うために乾杯しよう。だから梨香はミートパスタ、アリシアはメロンオレを買ってきてくれ。俺はこの席を温めレオンいてあげる」


梨香は、今日はお弁当の日だったけれど、レオンのために食堂の券売機でミートパスタの券を発券し、麺類購入カウンターの列に並んだ。そして並びながら、「どうしてレオンはあんなに勉強できるの?!」と心の中で頭を抱える。梨香とて、今回のテストの点数は悪くなかったのだ、……というかかなり良かった。それなのに彼はその上をいく。

改めてレオンのスペックはおかしいと思う。αで、見目が良くて、頭も良くて、運動もそれなりにできて、努力家である。隙がなさすぎるのではないか。あんなのズルい。

前にいた生徒が列を詰めた。だから梨香も思考を止めて進もうとして、……たたらを踏んだ。


「……?」


目眩がしたのだ。もう完全に体調は戻ったと思ったのだけれど、どうしたんだろう。額に手を当てたが熱はなさそうだ。

そうしている間に給食のおばちゃんがどんどんと生徒の列を捌いていったため、梨香の順番になった。食券を出すと、間もなく出来立てのパスタが差し出される。それをトレーに載せて、スプーンとフォークも用意した梨香が戻ると、席にはメロンオレを飲むレオンだけがいた。


「おかえり、梨香」

「アリシアは?」

「あっちに並んでる」


レオンが指さした方向、親子丼の列にアリシアがいた。

梨香はトレーをレオンに手渡す。


「はい。お待たせ、レオン」

「どうもありがとう。美味しそうだ」


梨香から受け取ったそれをテーブルに置くと、レオンは頬杖をついて彼女を見つめ、ニヤニヤと笑った。

レオンの向かいの席に腰掛けながら、梨香も居心地悪そうに見つめ返す。


「なに、レオン」

「前に宣言したとおり、悔しがるきみを見ようと思って」

「……」

「日本語のテストでイギリス人の俺に負けてしまったな、梨香。悔しい?」

「……悔しいよ」

「ククッ」


ケタケタとレオンが笑う。


「存外素直に悔しいって言ってくれるんだな」

「……そりゃあ素直に言うよ、だって悔しいんだもん。私、今回本気で頑張ったんだけどな。絶対レオンに勝てると思ったのに」

「それは残念だったねえ、俺も本気で頑張ったんだ」

「でもレオン、テスト期間中も寝るのが早くなかった?」

「体が資本だから、睡眠は大切にしないとね」

「それでも暗記科目を覚えられるんだ。凄いなぁ、どんな勉強法をしてるの?」

「言ってなかった? 俺、カメラアイなんだ。見た風景を映像記憶として記憶できる。だから教科書の内容なんて、一目見たらある程度そのままの映像として覚えられるんだよ」


梨香は目を見張ってレオンを見返した。


「それ本当?」

「いや、嘘」

「……。レオン。意味のないその嘘、つく必要あった?」

「ないね。まぁ、教科書の内容を丸暗記するぐらいの気概をもって勉強したと言いたかったのさ。それと、きみもアリシアも詰めが甘い。ケアレスミスを無くさないと、次に同じ勝負をしても勝てないだろう」


レオンはずっと意地悪な笑みを浮かべている。だけどそんな顔でさえ、梨香をたまらない気分にさせるのだ。


「……次の勝負なんてあるのかな?」

「あるだろ。三年になっても定期テストはあるんだし」

「文系と理系で別れちゃうかもしれないよ」

「別れるかもしれない。だけど少なくとも古典と世界史は共通問題だろ」

「そっかぁ」


来年度もし梨香とクラスが分かれることになっても、レオンは友人でいてくれるつもりなのだ。そう思うと梨香の心は暖かくなる。そんな彼女の心情を知ってか知らずかレオンは言葉を続けた。


「次の勝負では三日間と言わず、勝った方が一週間、お昼を奢ってもらうことにしようかな」

「いいよ。でも多分、レオンが私にお昼を奢ることになると思うけど」

「へぇ、俺に勝つ気でいるんだ?」

「うん、次はもっと頑張るから」


アリシアが親子丼を持ってテーブルに帰ってきた。来年度のことを話すと彼女もやる気になって、次回の勝負では梨香とともに対レオン共同戦線を張ることを約束した。

そうしてレオン昼休みいっぱいまで他愛無い会話を彼女たちは楽しんだ。



今回テストの点数が負けたアリシアはレオンにジュースを奢る必要があった。そしてレオンはアリシアをからかうのが好きだから(きっと。いや絶対)、時には「これから移動教室があるから忙しいんだけど?!」というタイミングでメロンオレを買いに行かせたりした。

その日は、ぷりぷりと怒りながらも食堂前の自販機へ行ったアリシアに梨香も付き合ったため、二人して体育の授業に遅れそうになった。

しかもこういう時に限って体操服の上のトレーナーを家に忘れたりするのだ。他クラスの友達に借りに行く時間はもう無い。だから梨香は仕方なくTシャツの上から制服のセーターを着た。授業が始まれば脱がなければならないが、せめて移動する間は温まっていたい。

アリシアは更衣室を出る前から梨香に謝り倒していた。


「ごめんねごめんね。大丈夫、梨香? 今日の体育はバレーボールだから体育館だけど、寒いよね」

「大丈夫だよ、多分いけると思う」

「私がメロンオレを買うのに梨香を付き合わせちゃったから……。やっぱり悪いよ、私のトレーナーを貸すよ」

「ううん、そしたらアリシアが寒い思いしちゃうから」

「う゛〜。……これは全部、レオンが悪い!あんなタイミングでメロンオレが飲みたいとか言うから」

「確かにそうかも」

「なに、俺がいないところで、俺の悪口?」


二人が振り返ると、そこに体操服を着たレオンがいた。彼は梨香を見て首を傾げる。


「どうして梨香は体操服の上に制服のセーターなんか着てるんだ? その格好で体育の授業を受けるの、許されたっけ」

「ううん、トレーナーを持ってくるのを忘れたから、今着てるだけ」

「他のクラスの友人から借りてこようとは思わなかったわけ?」

「レオンが私を購買に使いっ走りにしたからだよ! 梨香はそれに付き合ってくれたから、借りに行く時間が無かったの」

「……あー、はいはい。だから俺のせいって事ね。でもそれって、付き合わせたアリシアが悪いんじゃないの?」

「うぐぐぐっ」

「まぁまぁ二人とも、忘れちゃった私が一番悪いから……へぐちっ!」


梨香は二人から顔を逸らして小さくクシャミをした。それを見たレオンがため息をつく。そして自身のトレーナーを脱ぎ、梨香の肩にかけた。


「はい。これでも着ておけ」

「え? でも、レオンが……」

「大丈夫。男子は今からマラソンなんだ。馬みたいにぐるぐるぐるぐる面白くもない校庭を走らされてさ、本当に嫌になる。……で、どうせその途中で脱ぐから、今にも風邪をひきそうなきみに貸してあげる」


肩からずり落ちそうになったトレーナーを梨香が慌てて手元にたぐり寄せている間に、レオンは先に行こうとした。


「レ、レオン、ありがとうっ」

「ん」


短くそう頷き返して、彼は下足室へ行ってしまった。

壁時計を見上げたアリシアが早足になる。


「梨香、チャイムが鳴っちゃうよ。私たちも急ごう」

「う、うんっ」


レオンの上のトレーナーを抱きしめたまま梨香はアリシアの背中を追いかけた。


次回は金曜日の17時に投稿します。

よろしくお願いします。

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