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1.プロローグ




 小学生のときのバース診断で自分がΩだと分かったとき、春藤梨香(はるふじりか)はそりゃあショックだった。昔の頃よりバース性の差別はなくなったと聞くけれど、やっぱりΩは生活していく中でいろいろと不便だ。

 双子の律樹(りつき)はβだったのに。というか、家族みんなはβの中で、梨香だけがΩだなんて。仲間外れみたいだ、と泣いたら律樹が慌てて慰めてきた。


「泣かないでよ、梨香。仲間外れじゃないって。それにΩだったらさ、運命の出会いがあるかもしれないじゃん」

「運命……?」

「そうそう、梨香、そういうの好きだろ。きっと梨香がΩなのは、運命のαがこの世のどこかに居るからだよ」

「居る、のかな」


 梨香は自信がなさそうに首を傾げたけれど、内心ではその運命とやらにちょっと心惹かれた。律樹の言う通り、梨香はそういう類が好きなので。


「運命の人……、もしいたとしたら、どんな人だろう」


 Ωという事実は取り消せないので、せめてその夢物語に想いを馳せる。

 もし運命のαがいたとしたら、できれば優しい人がいい。穏やかで格好よくて、そして永遠に梨香に愛を誓ってくれるような、そんな人だったらいいな。



■□■



 月日が流れて、梨香は高校二年生になった。いつもべったりと一緒だった律樹とは違う高校だけれど、彼女なりに楽しい学生生活を送っている。

 そして命運を分けた、その日。登校した梨香は、校門をくぐった瞬間から特別なフェロモンに気がついた。森の中のような深い木々の香りと、果実のようにみずみずしい甘い香り。この二つが入り混じった心惹かれる匂いが校舎内に漂っている。

 そのフェロモンを嗅いだ梨香はしばしぽぉ〜、と顔を赤くして惚けていたけれど、肩にかけた鞄がずり落ちたことでハッと我にかえった。次の瞬間、心臓が早鐘を打つ、

 この学校に通い始めて一年経った。けれど、こんな香りがする人はいなかったのに!

 ただし梨香の本能が、これは運命だと告げている。待ち侘びたその人だと教えてくれる。だから彼女は走り出した。まるで線が引かれたように、そのフェロモンが漂ってくる場所が分かった。はやくはやく!この魂の片割れと出会うことに心が歓喜している……!

 梨香は、校舎裏へ入り込んだ。...そしてなんとそこでは、凄惨な喧嘩が行われていた。


「死ね!」

「殺す!」


 等々罵詈雑言を吐きながら二人の男子生徒が本気で取っ組み合っている。

 思わず梨香はぽかんと口を開けた。

 よく見れば殴り合っている男の子たちの他に、もう一人いた。しかし彼は地面に倒れ込んだまま動かない。

 えっ、し、死んでる?

 梨香が仰天している間に、片方が相手を殴り倒した。ただ1人立っているその人は艶やかな栗毛の髪を持つ、端正な顔立ちをした青年だった。伏せられた目元は寂しげで、まさかこんな殴り合いの乱闘をするタイプには見えない。

 地面に尻餅をついた男子生徒が「死ね!」と叫ぶ。それを受けて、栗毛の髪の青年がクッと顔を歪めて笑った。


「あぁ、死んでやりたいとも! こんなクソッたれな世界、本当に吐き気がする。死んでやりたい。死んでやりたいね!」


 彼は男子生徒の上に馬乗りになった。腕を振り上げて相手を殴る。数発をもろに顔に喰らった男子生徒が意識を飛ばしたが、彼の追撃は止まらない。

 男子生徒の手がダランと伸びたのを見て、梨香は考えるより先に駆け出していた。


「……す、ストップ、ストップ、ストップ! やりすぎだよ!」


 梨香が青年の腕に縋り付いて止めると、彼が振り返って梨香を睨めつけた。

 青年はαだった。だから梨香はαの威圧をモロに受けてしまい、腰が抜けて、立てなくなる。それでも最後の意地で梨香はその手を離さなかった。


「それ以上はダメだよ。落ち着いて」


 その時ふと青年の青い瞳から怒気が消えた。鼻をスンとひくつかせる。梨香が纏うフェロモンに反応したのだ。その匂いを嗅ぎつけて、...次の瞬間彼は驚愕し、顔色を白くした。


「君……っ。どうしてっ……?!」


 青年が言葉を続けるより先に、その時、一人の少女が校舎側から走ってきた。


「あーーーーっ! レオン、やっと見つけたぞ、このヤロー!」


 金髪の長いおさげ髪の少女を見て、同じクラスのアリシア・モーガンさんだ、と梨香は思った。今年初めて一緒のクラスになったから、話したことはあるけれど親しくはない。

 駆けつけたアリシアは目の前に広がる惨状に目を剥いた。


「えっ、え? いやちょっと待って。何この状況?」


 レオンと呼ばれた青年はフーッ、と深い息をついて座った。気絶した男子生徒の腹の上に。


「やっと来た。遅かったなぁ、アリシア」

「いやいや、突然どこかに行ったのはレオンでしょ? あと、この現状は何?」

「アリシアが俺を置いていくからさ、そこら辺のαに絡まれたんだよ。新顔なのに生意気だってさ。この学校、治安悪くない?」

「悪くないよ! っていうか喧嘩なんてできたの。筋肉ないくせに」

「今日初めて人を殴ったけど、結構できるもんだね。でも手も痛いし疲れたから、多分もうしない」

「いや、貴方の今の気持ちは分かってるつもりだけど、これはやりすぎ!」

「もういいじゃないか。終わったことだし、静かになった」

「静かにさせたんでしょ!」


 レオンはアリシアの声を振り払おうとするかのように、うざったそう頭を振った。それから、冷たい眼差しで梨香を見下ろしてくる。


「……君さ、いつまで俺の手を触ってるの?気持ち悪いんだけど。離してくれない?」


 そう言って緩く梨香の手を振り払った。

 アリシアもようやく梨香の存在が目に入ったようだ。


「あっ、春藤さん……」

「何。君たち知り合い?」

「クラスメイトだよ」


 白い校舎に、チャイムの音が反響した。

 アリシアが慌て出す。


「レオン、不味いよ! 職員室に行かないと」

「えー、面倒くさいな」

「つべこべ言うな!」

「というかさ、ここの状況放っておくの? 俺が言うのも何だけど、彼らを放置するのは人間としてどうかと思うよ?」

「それが分かってたら始めから喧嘩するなー! ……でも仕方がない。彼らには犠牲になってもらいましょう」

「……流石俺のいとこだよね。そのろくでなし具合、血の繋がりを感じるよ」

「いや、私なにも悪いことしてないよね?!」


 アリシアはその後もいろいろ文句を言いながら、レオンを引きずるようにして校舎裏から出て行った。あの甘やかな香りも同時に遠ざかっていく。

 ……やっぱり。どう考えても、私の運命の人はあのレオンと呼ばれていた男の子ですよね?

 梨香は呆然とした。

 何にショックを受けたのか分からなかった。運命の出会いだと思ったのに、乱闘騒ぎが行われていたから? 彼が人を簡単に殴り倒していたから? 彼に威圧されたから? 彼に冷たく「離してくれ、気持ち悪い」と言われたから? いや、全部だ。全部衝撃的すぎた。

それから梨香はハッとして周りを見た。

 二人の男子生徒は気絶したままだ。


「え……、どうしよう……」


 梨香は腰が抜けたまま動けない。だからポツンと心細げに呟いた。


■□■


 結果から言おう。

 殴り合いの喧嘩を起こしたレオン・ガーディナーと他二名は、学校から一週間の謹慎処分を下された。

 ちなみにレオンは梨香のクラスの転入生だった(しかも席は梨香の隣である)。しかし彼は教室に入る前に謹慎を食らったのだ、そりゃあクラスでは彼の話題で持ちきりになった。

そんな中、アリシアが梨香に話しかけてきた。


「春藤さん。さっきは放ったらかしにしてごめんなさい。先生から聞きました。レオンに殴られて伸びていた二人の男子生徒を、春藤さんが介抱してくれたって」

「介抱ってほどじゃないよ。ただ保健室の先生を呼んで、二人のクラスの担任の先生に事情を話しに行っただけ」

「本当にすみません。本来なら私が……っていうか、レオンがやるべきだったんですけど、職員室で手続きがあって……」

「うん、いいよ。それよりその、レオン君、も、大丈夫だった? だいぶ彼も顔とか殴られてたけど」

「さぁどうでしょう。どうでもいいです」


 アリシアは本当にどうでも良さそうだった。梨香はレオンの顔がとても綺麗だと思ったから、傷の具合がちょっと気になるけれども。

 アリシアはおずおずといった様子で梨香を上目遣いで見た。


「それより春藤さんの方が大丈夫ですか? レオンの威圧を受けてましたよね?」

「あぁ。うん、まぁ平気だよ」

「本当に……? あの、不躾だと思うんですけど春藤さんって……」

「うん、Ωだよ」


 基本バース性は公開しないが、学校という狭い空間の中では自ずと誰が何のバースか知られるものだ。

 梨香も、アリシアがαであることを知っている。


「正直しばらく立てなかったけど、それだけ。体調にまで影響してないよ」

「それは良かった。でもごめんなさい。レオンが登校したら彼にも謝らせますから」

「うん……」


梨香はレオンの席に目を向けた。彼は結局この教室に来ていないから、その中身は空っぽのままだ。






高校生の少年少女のオメガバースパロです。

長い話になる予定ですが、どうぞよろしくお願いします。

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