『ルシーラ・スノウ』を梱包する
早ければ明日の朝に出発することになる――というか、開花していられる時間を逆算すればそれしかない。
この世界で夜間移動するのはいくら魔獣除けを施したトラックでも憚られるし、その危険を犯したくはない。
一日伸びれば、その分花が散ってしまい間に合わなくなる可能性が高まってしまうので、時間勝負だ。
そのためザックには、宿にいる連れの護衛には出発準備を整えておくように伝えてもらっている。
今回はザックや護衛、普段は社屋にいるメカニックのマルクスも含め、必要な人員は全員乗り込む予定だ。
幸い……と言えるのかわからないが、『ルシーラ・スノウ』は夜間が最も美しく咲いている時間帯だそうで、間に合えば丁度見ごろということになる。
一番美しく見える状態で、是非プロポーズを成功させてもらいたいものだ。
「出発までに、いくつか作って試してみる必要のある物がある」
ルートの説明と出発に関する話をしたら、今度は実際に手を動かす仕事だ。
すっかり掻っ込み終わった夕飯の残骸と地図を退けて、これまたギルドからの帰り道に買い込んだ品々をテーブルに並べる。
『ルシーラ・スノウ』に似た大きさの鉢植えの花が数鉢に、エアリー・シープという毛が軽くてフワフワしている羊から刈った羊毛や、フラフ草という柔らかくてクッション性のある植物を編んで布状にしたものなど、緩衝材になりそうなものを用意した。
ここまで持って来るのと同じように、ザックがずっと鉢を抱え続けるというのも不安だからな。
なるべく綺麗な状態で届けてやりたい気持ちもある。
「これで、専用の梱包材を作るぞ」
俺がイメージしているのは、胡蝶蘭の梱包方法だ。
開店祝いなんかでよく飾られている胡蝶蘭だが、あの花は高価でしかも振動に弱くてデリケートなので、配送の際に揺れただけで傷んでしまう――正に、今回のケースによく似ていると思うし、俺の知る限り最も厳重に梱包して運ばれる花でもある。
花弁はごく薄い和紙のカバーにくるまれ、場合によっては専用の段ボールに鉢ごと固定される。
より厳重なところは茎の一本一本まで専用の切り込みに収めるという徹底っぷりだ。
胡蝶蘭と違って今回の花は茎も一本だし花も一輪だけなので、花同士が擦れて……ということはないだろうが、揺れは少ない方が良いだろう。
専用カバーも専用段ボールも当然無いので、あるものでなんとかするしかない。
「要は、花本体――花冠、だったか? それと、茎と、鉢と……要は全ての揺れや擦れから保護するためのものが必要だ。ザックでもそういう品は知らんらしいし、無いなら作るしかない。どの程度の梱包なら耐えられるのか、その辺りのさじ加減は出来ないし、俺は力を入れすぎるからな、今回案は出せるが手は出せん」
この世界には花専用のネットやカバーのようなものは無いらしい。
まぁ、あれば当然ザックは使っていたはずなので、そうじゃないってのはそういうことだ。
「工作は俺に任せるんだぜぃ! いっちょイイカンジのヤツを作ってやらぁ。花に関してはザックがいりゃァ何でも知ってるんだぜぃ」
「あぁ、花に関することなら任せておけ! それにこれから作るものが無事使えれば、今後の『ルシーラ・スノウ』の移動にも光明が射すだろう」
「お、俺だって……難しいことはあんましだけど、手先はそれなりに器用なんで手伝いくらい出来るッスよ!」
各々気合いに満ちた表情で、期待が持てそうだ。
俺はスパナやらの工具を使うのは大丈夫だが、繊細な花が相手だとグシャ……っとなることもあり得るからな。
ガワはともかく、花には手は出さない方が賢明だろう。
「皆やる気十分だな! ……まぁ、揺れなければ良いんだから、完全に宙に浮かせられればなぁ。なぁマルクス、そういう便利な魔導装置とかって無いのか?」
知らないものがたくさんある異世界なので、そういう都合の良いものもあるんじゃないか――そんな希望を抱いて呟いた俺の言葉に、マルクスは呆れたようなジト目を向けた。
「タカオ、オメェってヤツぁ……そんなスゲーもんがあったら、とっくに荷物の積み込みで使ってらァ。魔導装置はお伽話に出てくる便利な魔法じゃないんだぜぃ」
……そんなもんか。
そりゃそうか、元の世界でだって宇宙にでも行かないと浮けないしな。
***
「とりあえず方針としては『全てを固定する』だ。なるべく揺らさないことを目指して進めていこう」
他の物なら『揺れを逃がす』という方法もあるかもしれないが、今回は対象が繊細過ぎるので揺れ自体や衝撃を極力『排除』する一択だ。
トラックの改良案を出すときのスケッチブックに、新しくイメージ図を描いていく。
絵が上手いわけじゃないが、大体の形や理屈さえわかってしまえばあとはマルクスがなんとかしてくれる。
それこそ対象がガラス細工だったなら、とにかくクッション性のあるもので包んでしまえばどうにかなっただろうが……言っても仕方ないな。
ちなみに、ザックはここまで鉢の大きさに合わせた木箱にそれぞれ入れて運んでいたそうだ。
「最終的に木箱に入れるのは変える必要は無いと思うが……木箱自体に改良は必要だろうな」
鉢をそのまま荷台に固定するわけにいかないので、一度箱に入れてからそれをラッシングベルトもどきの幅の広い専用ベルトで固定する形になるだろう。
「……恐らく、今ある素材では花冠のみを覆ったときに重量で折れるか割れてしまうと思う。なので、全体を左右から包み込むように羊毛かコットンで挟むのはどうだろうか?」
真綿で包むように――なんて言葉があるくらいなので、当然フワフワした綿も用意している。
羊毛も準備したのは、こっちのほうが衝撃を吸収しそうな気がしたからだが、軽さは綿の方に軍配が上がるだろう。
この辺りは実験用に準備した別の花の鉢を使って試すしかない。
用意した花は大丈夫でも、『ルシーラ・スノウ』が耐えられるのかはザックの調整にかかっている。
どんなに繊細と言っても、風に揺れたりごく軽くつつく程度なら問題はないらしいが……さじ加減を確認するわけにもいかないからな。
大きな懸念材料の一つだった温度管理は、日光に長時間晒さなければ今のところは問題無いということだったのでありがたい。
「よっしゃァ! 早速試作してみるんだぜぃ~」
気合の入った声を上げたマルクスは、早速木箱をバラしてあれこれ弄りだした。
ザックは用意した材料の重さや感触、材質なんかを確認している。
ティムも何か手伝いたそうにしていたが、コイツの適正はここではないので、俺はさっきまで眺めていた地図とティムを掴んでトラックの方へ引っ張っていく。
今回は俺が通しで運転する予定だが、ティムが唯一の代替ドライバーだ。
トラックを動かすのはマルクスにもできるだろうが、そんな状況になった時点でこの依頼は失敗しているだろう。
ティムには助手席でのナビ役や周囲に異常がないか確認――コイツの視力はとんでもなく良い――などを担当してもらう。
大まかな想定ルートはさっき話した通りだが、道中の休憩のタイミングやら予備ルートの選定など、まだ確認していくことは残っている。
ティムはかなり勘が良いし、不思議な情報網で今使えない道や抜け道なんかの情報を仕入れてくることもある……そんなわけで、事前に細かいすり合わせをすると思わぬ指摘を受けたりするので、これも重要なことだ。
俺とティムはサクサクと休憩ポイントやそこまでにかかる予想時間を出したりして、詳細を詰めていく。
マルクスとザックの方も材料が限られていることもあり、さほど時間もかからず梱包材の試作を完成させたのだった。