ザックの事情
壊れやすい繊細な花をプロポーズの為に運んで欲しいというザックの話を聞いて、間抜けな表情を浮かべた俺たちだったが――真っ先に復活したのはティムだった。
若いだけあって、反応も柔軟なんだろうか。
「ぷっ、ぷぷぷプロポーズぅ!? アンタ、なんでそういう大事なことを最初に言わないんッスか!!」
「いやすまない、僕もそれこそこの街に来るまで何度も話題にしていたもので、誰もが知っている気になってしまったのかもしれない……。自分の中では勿論、大前提の話だからね。思い返すと、この街ではそのことを話していなかったかも――」
「バッキャロぉ! そういうのはまず最初に話すもんなんだぜぃ! 壊れやすいだのそういう話を先にしたんじゃあ、誰だって頷けないんだぜぃ」
動転したティムは思わず隣で立ち上がっているし、マルクスはマルクスで、横にいるザックの肩をバシバシと叩いている。
それからザックは、自身にまつわることをポロポロと話し出した。
首都にある商家の三男で、植物が好きで家業そっちのけで温室にこもりきりだったが、タンテノで開かれたとあるパーティーで出会った『アリッサ』嬢と植物の事で意気投合し、親しくなるうちに恋に落ちたそうだ。
「両家とも僕たちの結婚に乗り気だから、元々その前提での交際だったんだが……ようやく『ルシーラ・スノウ』の品種改良に成功したので、これを彼女に捧げてプロポーズを――と、意気込んだものの……青いラインを入れることには成功したが、元々繊細だった花弁が更に脆くなってしまったんだ」
本来の『ルシーラ・スノウ』も輸送が難しい花だが、改良版の『アリッサ』はそれに輪をかけてデリケートになってしまったせいで、自前の馬車では運べなかったのだと。
ここまでは自分の家の荷馬車に護衛付きで運んだが、結果は知っての通り。
「今は他の者には宿を取って休ませているところだ。……実はここに来るまでに馬も馬車も魔獣にやられてしまってね。幸いなことにそれぞれ軽傷なので、走らせることは出来るが……タンテノまでこれまで以上に気を付けて運ぶことが出来ない状況なんだ」
「……だから、この街で運び屋を探してたんだな」
ようやくここで、この街まで運べたことに合点がいった。
自前で事前準備した輸送手段があったから、逆にここまで来ることが出来たんだろう。
魔獣の被害が無ければ、残り一輪だけでも僅かな希望を抱いてそのまま進んだはずだが、そうはならなかった。
「あと数日で散ってしまうと思うと、余計に気が急いてしまって……」
そう語ったザックは、すっかり肩を落としてしまっている。
改めて口にすることで、難しい依頼であることを再確認したようだ。
***
「タカ……シャチョー! この花、なんとか運べないッスかね!?」
いつも通り俺のことを呼ぼうとして、客人の前なのでギリギリ間に合っていないタイミングで言い直したティムが、真剣な表情で俺を見つめる。
「俺も、なんとかしてやりてェんだぜぃ。アイツなら、きっと運べると思うんだぜぃ。必要な改造があるなら、超特急でやっちまうんだぜぃ!」
そう言って、マルクスも俺を見つめる。
アイツというのはトラックのことだろう。
いつにない仲間たちの熱気に、俺の心も熱くなる――が、やはり二つ返事で請けてしまうことは出来ない。
不安そうに俺を見つめるザックに、俺も真剣な表情で問う。
「……この依頼を請けるなら、いくつか条件がある」
「聞かせてくれ」
話が進展しそうな雰囲気に、ザックは大きく頷いた。
「まず第一に、その花がダメになってしまっても、責任は取れない――運び屋としては失格かもしれんが、申し訳ないが、これは大前提だ」
弁償するにしても、とても払えない額になるだろうし、そもそも金銭でどうにかできる品でもない。
想い人への気持ちが籠っている品――優劣を付けられるものでもないが、それでもかなり特殊な部類だろう。
『天地無用』や『ワレモノ注意』どころの話じゃない。
「無理を言っていることは百も承知だ。そこまで君たちに求めたりしない」
きっぱりと言い切るザックは、既に覚悟を決めた表情を浮かべている。
「勿論、可能な限り丁寧に運ぶつもりだが……如何せん、経験が無いんでな。無事に運んでやれる確証が無いのに、安請け合いは出来んからな」
ここで一旦言葉を置き、一呼吸して先を続ける。
「次に、報酬についてだ。今回は成功するかわからんものを運ぶんだ、成功時の報酬とは別に前金を貰う」
「無論だ。運んでくれるだけでもありがたいと思っている」
基本的に依頼は出来高制だが、今回は特殊なケースなので失敗したことを考えて前金も付けてもらうことにした。
ギルドでも、どうしても長期間受注されない依頼の場合だったりは前金がかけられていたりすることもあるので、掟破りというわけでもない。
俺が提示した金額は前金も成功報酬もかなり吹っ掛けたもの――一般人が質素に暮らせば数ヵ月は暮らせそうな額だったが、言い値で通った。
『いくらでも出す』というのも、信じていなかったわけじゃないが嘘ではなかったわけだ。
必要経費も別途請求させてもらう約束を取り付けて、俺から出した条件は全て飲んでもらった。
――あとは、俺たちの頑張り次第だ。
「それじゃあ、契約成立だな」
「……あぁ、よろしく頼む!」
立ち上がって握手をすると、ティムとマルクスも嬉しそうに騒ぎ始めたのだった。
***
「それじゃあ、これからの話をするぞ」
速攻でギルドに行って先ほどの内容で依頼を請けてくると、とんぼ返りして作戦会議だ。
ギルドが閉まるギリギリの時間だったので嫌な顔をされるかと思ったが、思いの外好待遇で処理してもらえた。
既にザックが訪問していたこともあって「請けてもらえて良かったですね!」と声までかけられていたが、報酬の額が大きい分ギルドの実入りも増えるから嬉しそうだったんだろうか? 謎だ。
もう暗くなってきているのでザックも宿に帰してやりたいが、如何せん『ルシーラ・スノウ』の特性を誰よりも知っているのは彼なので、これからの作戦会議や準備にも一緒に参加する。
<ラッキー・デポ>の仕事は日本で働いていた頃のように過密スケジュールではなく、イレギュラーの起きやすい環境ということもあって期間に余裕を持たせているので、日程の調整は可能だった。
トラックは一台きりだし、メンテナンスも必要だからな。
今回のような突発的な依頼もあるし、スケジュールに『遊び』を作ることも大切だと実感する。
時間が惜しいので、作戦会議はギルドからの帰り道に買ってきた夕飯を掻っ込みながらのものとなった。
……ザックの奢りで、掻っ込むには勿体ないような高級肉だったりしたが、この際仕方ないだろう。
食べ盛りのティムは特に嬉しそうだ。
「まずタンテノまでのルートだが……道の状態から、揺れなどの花への衝撃を考えると山越えはナシだ。遠回りになるが、迂回ルートを使うぞ」
夕飯やコップが乱雑に並んだテーブルの中央には、見かける度に買い集めている地図――タンテノ周辺のもの――が広げられている。詳細な書き込みは望めないが、主要な街道が記されたものだ。
新しい土地に行く時などは実際配達に使う道以外もぐるぐると安全確認しながら回り、地図に描かれた大きい道なんかの情報は頭に入れている。
地図上で最短ルートに見えても、実際に早く到着できるルートは別に存在する場合があるし、今回のように状況に応じて使う道を変えなければいけない場合もある。
何らかの事情で使えない道も出てくるし、複数のルートを頭に入れておくことも必要だった。
全員に見えるよう地図上に指を走らせ、最短ルートである山を越える道にはバツを描き、比較的平らで舗装されている道を示す。
かなりの遠回りになるが、トラックならスピードを落としても、朝のうちに出れば日が暮れるまでには到着できるだろう。