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壊れものより繊細な荷物


<ラッキー・デポ>では普段は主に食料品や日用品を運ぶことが多いが、たまに変わり種の依頼が持ち込まれることもある。

その日の配達を終えて事務所へ帰ってきた俺とティムを迎えたのは、大声で陳情している珍客と困り顔のマルクスだった。

今日は近所への配達ばかりだったので、まだ日は高い。


珍客――ザックと名乗った身なりの良い若者に事情を聞くと、どうやら少し難しい配達の依頼のようだった。


「――その植木鉢を運んで欲しいって?」


ザックが大切そうに抱えている鉢植えに視線をやれば、「その通り」と頷かれる。


「この鉢に植わっているのは『ルシーラ・スノウ』と呼ばれる花で、この青いラインの入っているものは僕が品種改良して新しく作ったものなんだ」

「ほう」


鉢に植わっているのは百合のような大ぶりの花だが、花弁が白――というよりは、ガラスのように透き通っていて、葉脈……花だから花脈か、花弁を覆う淡い白い筋が見える。

そして各花弁に主張するように青いラインが一本引かれていた。

真っ青でもなく、紫でもない不思議な色合いの青だ。


鉢の中で一輪の花が、凛とした雰囲気を感じさせるようにピンと茎を伸ばしていた。


「君たちには、この花をタンテノの街にある屋敷まで運んで欲しい。金ならいくらでも出す!」


そう言って大きく頭を下げるザックに、俺は違和感を感じる。


普通に考えれば、好条件……というか、破格の依頼だ。

ザック自身の身なりや雰囲気から良いとこのボンボンというのはわかるし、自分の伝手で何とでも出来そうな気がするところを、この依頼。

マルクスが困り顔を浮かべているのも不可思議だ。

運び先のタンテノという街も、少し離れた山向こうにあるので普段の配送ルートから外れるが、何度か配達に行ったこともあるので知らない土地でもない。


マルクスに視線をやれば、やれやれ……と首を振ってザックを小突く。


「オメェさん、まだ話してないことがあるんだぜぃ? ぜーんぶありったけ話して、それからタカオが決めるんだぜぃ」


身なりの良い人間にも態度を変えないマルクスに少しヒヤッとするが……幸い、ザックは気分を害した様子はない。

むしろ、オロオロと謝罪を口にすると、もう一度頭を下げる。


「そ、そうだな……これだけの情報で請け負われても確かに不安だ。すまない、つい熱くなってしまって……。全て話すので、聞いて欲しい」

「いや、そこまで畏まる必要はない。依頼に関して詳しく話してもらえればそれで良い」

「そうか……わかった」


ただの運送屋相手に変に委縮されても困るしやりにくいので、そこだけ口を挟ませてもらった。


応接セットなんて呼べるほど上等なもんじゃないが、殆どマルクスの仮眠用となっているソファが一応あるのでそこにザックを座らせて、俺は食事用の椅子を引っ張ってきて座る。

ティムも同じように椅子を持ってきたが、くるりと背もたれを前にしてドッカリともたれるように座った……っておい、行儀が悪いぞ。

マルクスは気にする様子もなく、ザックと隣り合うように当然のようにソファーに座った。

どっちも自由過ぎるが……まぁこの世界、特に一般客向けの商売ならこんなもんだろう。


ザックも特に気にした様子もなく咳ばらいをすると、テーブルに置き直した鉢植えを示しながら口を開いた。


「この『ルシーラ・スノウ』という花は、見てもらえばわかると思うが……とにかく繊細なんだ。壊れやすいガラス細工を想像してもらえば良いだろうか。むしろ、それよりも脆いと考えてもらっても良い。ある程度の衝撃が加わると、花弁が割れてダメになってしまうんだ。全部で五鉢持ってきたんだが、これ以外はミュルンからここまで来る間に割れてしまった……残ったのは、この一輪だけなんだ」


道中ザックが後生大事に抱えていたので、この一輪だけなんとか無事だったらしい。


……なるほど。

マルクスが困るわけだ。


ミュルンというのはこの国の首都で、今いるマニロの街とはそれなりに離れているが……それでも注意して運んだうちのほぼ全てがダメになってしまったことを考えると、リスクしかない依頼である。


俺たちが請け負っている運送の依頼は、一度冒険者ギルドを通している。


話がまとまったらギルドで名指し依頼を出してもらい、それを請ける形で契約完了だ。

二度手間とも思うが、一応俺たちは『荷運びメインの冒険者』だし、口約束ではお互い不安も出てくるだろう。

依頼完遂時に受け取る報酬はギルドから幾分差っ引かれるが、それが諸々の税金代わりなので決まった時期にこちらで計算しなくて良い分楽チンなのだが……それはさておき。


冒険者ギルドの依頼の殆どは出来高制……依頼失敗となると、報酬はゼロだ。


しかも失敗理由が積み荷の破損となると、この世界ではともかく日本だったらまず補償案件である。

この世界では荷運びもそれなりの危険度があるので、補償できないことは依頼者も理解しているのでそこはまぁ問題ないとしても……それでもタダ働きの可能性のある依頼を請けたいかと言えば、当然答えは否だ。


それに、積み荷の破損なんてドライバーの悪夢のうちの一つだ。

わかりきったリスクがあるのに、安易に頷くことは出来ない。


「繊細さに加えてこの花は、開花期間が恐ろしく短くて……恐らく数日中に散ってしまうだろう。どうしても、それまでに届けたいんだ」

「ふむ……」


期限もそれなりに短いわけか。

タンテノも山向こうだけあって、距離はそこそこある。

積み荷に気を配ってスピードを出せなければ間に合わないし、スピードを上げれば破損のリスクが上がる。


逆に、よくここまで持ってきたもんだと感心すら覚える。


「君たちの使っている……トラック? だったか、そちらは馬車とは違って揺れも少ないし、果物なんかも傷が付かなくて綺麗な状態で運んでくれるし、その上速いと、先ほど寄ったギルドで紹介されたんだ。……まぁ、ここに来るまでに他で散々断られたというのもあるんだが、それでも周囲の人たちの教えてくれた話からもかなり評判が良いのはよくわかったし、もう頼めるところがここしかないんだ!」


もう後がないと話すザックに、可哀想な気持ちが湧かないわけではない。


確かに、トラックで運べば馬車よりは大分マシだろう。

頼られて嬉しい気持ちもある。


今俺たちの使っているトラックは、マルクスによってたくさんの改良が加えられている。

その中にはサスペンション――振動や衝撃を軽減する機構――も搭載されているので、乗り心地や積み荷への影響は荷馬車なんぞとは比べ物にならないはずだ。

馬は何かの拍子に暴れだすこともあるが、トラックならドライバー次第だしな。


だがなぁ……。


植物の運送というのはカゴ車に載せられているのをよく見かけたもんだが、現代日本でも専用車があるくらいには難しい。

今回のは規格外としても、植物は枯れやすいし花弁は散りやすい。

枝が折れるかもしれないし、形も一定ではない。

種類によっては温度管理も必須となってくる。

引っ越し屋なんかではまず対応しないし、切り花でも厳重な梱包がされる中で鉢植えなんて専用の箱まであるくらいだ。


いくら自慢のトラックでも、整備の行き届いていない道で壊れものよりも繊細な花を運ぶことなんて可能なんだろうか?

出来るかもしれない(・・・・・・)が、そうでない可能性も低くない。


自信を持って頷けないところが悔しいが、やってもいないのに無理と切り捨てるのも難しい……俺たちのトラックなら出来るのではないかという自負もある。


マルクス以上に悩みだした俺を横目に、ティムがのんきな声でザックに問いかける。


「そもそも、そんなに運ぶのが難しいものを、どうしてタンテノまで運びたいんッスか? その花を売り物にするにしては運賃を気にしなさすぎッスし、四つもダメになってる時点で損が大きすぎるッス。運び先のお屋敷の人に見せたいっていうなら、その人を呼んだ方が早いんじゃないッスか?」


確かに、運送の難しさばかりに気を取られて、そういうことは聞いてなかったな。

『運べと言われたものを運ぶ』のは勿論大切だが、ここは異世界で日本ではない。

『運びたい理由』にも目を向けるのも、大切なことではないだろうか。


ティムの純粋な質問に、ザックはパチパチと目を瞬かせると掌でピシャリと額を叩いた。


「そうか……いろんな方に何度も話していて、今何をどこまでお伝えしているか自分でもよくわかっていなかったみたいだ。一番大切なことなのに、僕ときたら本当に……どうやら追い詰められて、わけがわからなくなっていたんだな」


ザックは深呼吸を一つすると、真剣な表情を浮かべて言った。


「この花は、愛する人へ贈るために作ったものだ。だからこの新種の名前には『アリッサ』……僕の恋人の名前を付けた。この花を渡すとき、一緒にプロポーズするつもりだ。結婚を申し込むのに、相手を呼びつけるわけにはいかないだろう? それに……彼女は遠出出来る状況じゃなくてね。ミュルンまで来るには、この花を運ぶどころじゃない程には大変だろう」


そんなザックの言葉に、本人を除いた全員が口をあんぐりと開けたのだった。


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