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賭けの行方


昨日と同様(・・・・・)に、隣国タッシール共和国にて積み荷のやり取りを行う。

早めに到着したことに驚かれたものの、俺の隣にティムがいないことについて特に触れられることはなかった。

……恐らく、荷運び人が変わることは日常茶飯事なのだろう。


帰り道は、どうしても慎重になってしまった。

とにかく周囲を警戒しながらも、スピードを緩めずに車を走らせ続ける。

脱出の際目立ってしまうことを恐れてライトを取り付けていないので、月明かりだけが頼りだった。


遠くに、朝日で白んだ空に浮かぶ収容所が見える。

――きっと、仕掛けるならここだろう。


幸か不幸か、俺の想定通りに化け物が車体の前に躍り出た。


今回正面に出てきたのは、昨日までと同様に取り逃がしてしまうことを防ぐためだろうか。

ヒポグリフと呼ばれる化け物は収容所に背を向けて、俺の乗る車と対峙した。


通せんぼするように進路を塞いだ化け物は、後ろ脚で立ち上がるようにして前脚――屈強な爪先をもたげる。

俺はその様子を目に焼き付け……アクセルペダルを最大限に踏み込んだ。


『ギャッ』という短い断末魔のような悲鳴を上げた化け物を跳ね飛ばすと、振り返ることなく車を走らせる。


大型トラックを運転していたころも、山道で飛び出してきた野生動物を撥ねてしまうことはあった。

狸や鹿とはまた違った衝撃と感触に、破裂しそうなほど心臓が暴れているが……車を停めることはできない。


ヤツが死んだかまでは確認できないが、それなりに大きなダメージを与えることには成功したはずだ。

少なくとも、追い縋ってくるようなことはないだろう。


慎重にスピードを緩め、ざわつく収容所の裏口を潜る。


到着した先には、血管が切れそうなほど青筋を浮かべた所長が仁王立ちで待ち構えていた。

看守たちは荷車の周囲を囲みながら、既に腰から抜いた警棒を握って俺を威嚇している。


「キサマ! よくもぬけぬけと面を出せたものだな!」

「オイオイ……お前さんらの言うとおりに荷を運んできたってのに、随分じゃないか。あー、預かった対価はいつも通りだぜ? こっちの都合で倍量運んだからな。用意が無いとかで次回合わせて渡すってよ」

「……ッ! 五月蠅いわ!! 聞きたいのはそんなことではない! キサマの同室のあの男……修理屋の小男を何処へやった!?」


所長に太い指を突きつけられるが、俺はやれやれと首を振る。

飄々として見せているが、実際は緊張で冷汗が止まらない。

失敗すればただじゃ済まないが――それも今更だな。


「マルクスなら、昨晩積み込みの途中で腹が痛いって戻ったぜ? 今もまだ便所で腹下してるんじゃ――」

「えぇい、黙れッ!!!」


俺の態度が気に入らないのか、焦れた所長は怒りに震えながらまだ座席に座ったままの俺に拳銃のようなものを突きつけた。

カチャリ、と思っていたより軽い音が響くと、辺りは緊張感に包まれる。

俺も思わず、ごくりと唾を飲んだ。


「所内をひっくり返したが、未だに見つかっておらん……ということは、あの時キサマが逃がしたに決まって――」

「動くな」


既に両手を上げている俺に武器を向けた所長の背後から、また別の男がライフルのようなものを突きつけた。


「な、何を――」

やれ(・・)


突然現れた謎の男の登場により、状況を理解できない所長が背後を振り返ろうとするが――短い号令が発せられるや、同様に看守たちの背後に音もなく展開した男の仲間たちによって一瞬のうちに俺を取り囲んでいた看守たちは武装解除され、拘束された状態で床に転がされてしまった。

所長に至っては「さっきから五月蠅い」と猿轡までかまされる始末。


俺は作戦(・・)が無事に完了したことを理解すると、ホッと胸を撫で下ろした。

――この綱渡りの賭けに、勝利したのだ。


***


事の顛末はこうだ。


収容所を脱出した俺とマルクスが真っすぐ向かったのは、隣国との国境付近に配された一番近い砦だった。

この砦には、国境を守るために配備されたエドガル王国軍(・・・・・・・)が駐屯している。


――そう、俺たちを助けてくれたのはエドガル王国の軍服を纏った兵士たちだった。


砦にいるというマルクスの知り合いに望みを託して、俺たちは車を走らせた。

夜中に謎の乗り物で駆け込んできた俺たちは当然不審者扱いされたが、それでもマルクスが知り合いの名を出すとすぐに呼び出して会わせてくれたのには助かった。


知り合いのスタンリーという軍人が現れると、マルクスの姿に驚いた彼に構わず、荷車の積み荷を見せて現状収容所で起きている事態を説明する。

言葉巧みなマルクスの訴えと物証――俺たちが運ばされていたのは隣国で使われている武器の一パーツだった――により、状況を把握したスタンリーは即座に行動を開始した。

国境の反対に位置するタッシール共和国側の砦に、最近やけに多く武器が流れていることが判明したので、そちらでも調査していたらしい。


夜間に魔獣のウロつく森を走らされていたのは彼らに見つからないためだったのだから、腐った所長の作戦は成功していたと言えるだろう。

国の施設である罪人向けの収容所で、敵国用の武器の一部が生産されているとあれば対処は必須。

砦でそれなりの地位にいるらしいスタンリー自ら部隊を率いて、即座に収容所の解放へ向かうことになった。


すぐには収容所へ向かわず、証拠として荷車に積んだ部品を半分だけ(・・・・)降ろすと、俺は数名の兵士を連れて再び国境付近の森へ車を走らせた。


今回持ち出す積み荷を増やしたのは、証拠として残しておく分と実際に受け渡しの現場を見せるのに使うためだ。


積み荷を受け取ろうと待機している先方に気づかれない程度まで近づくと、車と荷車を離して、俺と付いてきた兵士の一人で荷車を曳く。

荷運び人は二人、荷車も積み荷も通常通り。

鎖も巻きなおすという徹底っぷりだが、爆発の危険のある首輪だけは既に取り外してもらっていたので、首には似たような色の金属を巻いた。


これは、普段と違うことをして向こうの連中に警戒させないためだった。


一緒に荷車を曳いている兵士は目立たなそうな雰囲気の男で、名指しで選ばれたということは隠密作戦が得意なのかもしれない。

受け渡しの現場――受取人の人数や容貌、向けられた武器とその数、俺たちに対する態度や報酬の取り出しなど――をつぶさに観察していた様子から、そう感じただけなのだが。


やり取りが終わると、再び車と残りの兵士を置いてきた場所まで戻り、砦へ帰還。


積み荷の代わりに荷台に入れられた謎の袋の中身はやはりカネで、ご丁寧にエドガル王国の金貨が入っていたらしい。

戦時中ではないので審査さえ通ればお互い入出国は可能らしいが、それでもこれだけの外貨を日々渡していたということは、恐らくそちらも独自のルートがあるのだろうと苦い表情を浮かべていた。


中身を確認すると、袋は再び荷台へ戻される。

軽くなった荷台にはスタンリー率いる部隊の兵士たちが乗り込み、ようやく収容所の解放へ向かう。

馬に乗った別動隊もしばらく後に出発するそうで、マルクスはそちらと一緒に行動することになった。


ヒポグリフと対峙したときは後ろに乗った連中が応戦しないか不安だったが、車体での体当たりで退けることに成功したので目立たず戻ることが出来た。


森の切れ目――収容所からギリギリ視認できない位置でスタンリーたちを降ろし、俺は単身収容所へ。

ここから俺は渾身の囮役を全うし、その間に別の場所から収容所内へ潜入したスタンリーの部隊が所長をはじめ看守たちを襲撃したというわけだ。


しばらくすると別動隊も到着し、収容所は完全に彼らの手中に落ちた。


そこからしばらくはバタバタとしていたが、調査が進むにつれ収容所の常軌を逸した運営の実態が明らかになり、俺やマルクス、ティムを含め殆どの連中は無事解放された。


――収容所にいたのはごく一部を除き、拉致まがいに連れてこられた一般人だったからだ。


凶悪犯を含めた血気盛んな犯罪者はいの一番に荷運び要員として使われ、既に魔獣の餌になっていた。

残った犯罪者はヤク中のような日常生活すら困難で使い物にならない連中だけだったそうだ。

そのせいで、近隣から収容所にブチ込んでも問題にならなそうなヤツを中心に選び、難癖をつけて捕らえていたのだろう。


所長をはじめとした収容所の運営メンバーは、国を裏切るという重大な背信行為によって後日処刑されることが決まったらしい。

収容所外にも協力者がいることは調べがついているので、そちらもスタンリーが手を回して順次捕縛されている。

マルクスのかつての勤め先の店主も、事情を知りながらマルクスを差し出したことは分かっているのですぐに捕らえられたという。

腐敗の根が想定よりも深いらしく、スタンリーは苦い顔を浮かべていたが……。


俺が跳ね飛ばしたヒポグリフだが、動けない程度には弱っていたようで後続の部隊がトドメを刺したそうだ。

生息域でもなく翼に傷があったことから、どこかで負傷した個体が紛れ込んだのだろうということで、弱っていたのに加え通常の成体より小型だったという話もあり、俺とティムは相当ツいていたことを実感した。


収容所解放の鍵となったマルクスと俺の作った小型車だが、ヒポグリフを跳ね飛ばした際にフレームが大きく歪み、エンジンにも負荷がかかったことで再びスクラップとなった。

それでもまだ修理すれば動く可能性があったので、ドサクサに紛れて出所の際に荷車ごとコッソリいただいてきた。


俺はもう危ない辺境の土地は懲り懲りだったので、もっと中心部寄りの大きな街へ移動することに決めていた。

魔導装置を使ったトラックで運送屋をやろうという俺の構想を聞いたマルクスは故郷を離れることを決め、あの後再会したティムも一緒に来たいということだったので、三人でスクラップを載せた荷車をえっちらと運んだのだった。


――そしてしばらく旅は続き、マルクスの手によって改良された小型車は簡易トラックとなり、マニロの街にたどり着いた俺たちは小規模運送会社<ラッキー・デポ>を開業した。


過去編はここまで。

次回からは現状ターンに戻ります。

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