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決死の賭け


そして迎えた、深夜。

気持ちが昂ってしまい、十分に休めたとは言い難いが――なるようにしか、ならないだろう。


所長の怒鳴り声が響く裏口付近に到着すると、真っ青な顔をしたティムが震えながら抵抗していた。


「だ、だから、お、俺は、もう行かない! 動けない!」

「何を言うかキサマぁ!? どの口がそんなことをッ……! 早くソイツを縛り付けんか!!!」

「い、嫌だ……! 無茶言うなッス……あ、あんな化け物のいる森にはもう――」

「まだ言うかッ! オイ、さっさと――」

「止めろ!!!」


押し問答をしていた所長とティムだったが、俺も負けじと怒鳴る。


「ティムは今朝死にかけたんだぞ!? 怪我だってまだ治ってないんだ、無茶を言うんじゃない!!」

「何だと……ッ!? ――オイ、キサマぁあ! それは一体何だ!?」


顔を真っ赤に染めてチョビ髭を震わせた所長は俺に向き直ると、俺たちの運んできたもの(・・・・・・・)に気づき、一層剣呑な表情を浮かべた。


「……お前ら、有能な荷運び人がいなくなって随分と切羽詰まってるようじゃないか。俺はもうオッサンだが、コイツ(・・・)を使えば、一人ででも運んでやるよ!!!」

「な……ッ、何を言うかキサマ! 戯言を抜かすな!!!」


俺がクイッと親指で背後を指すと、唾を飛ばして所長が喚く。

いやいや、運べちゃうんだなーこれが。


俺とマルクスが看守を丸め込んでえっちらと運んできたのは『二人乗りの小型車』だった。


マルクスが廃品からくすねて修理した魔導装置をエンジンとして搭載したもので、いずれこの収容所を脱出するつもりでコツコツと作っていた虎の子だ。

探求心が強すぎて、働いていた店で魔導装置の中でも貴重で高価な品をバラしてしまったせいで収容所送りになったほどの魔導機械オタク・マルクスのスキルと、俺の現世アイデアによって作られた。


収容所はそれなりに過ごしやすい環境ではあったが、不当に捕らえられた身の上だったことや不穏な噂が絶えないことから、いつかこんな日が来た時のために準備を進めていた。

まさかこんなに早く使うことになるとは思っていなかったが……こればっかりは、言っても仕方ないか。


拾い集めた金属で作ったので窓もなく、ギリギリ屋根の付いた程度のツギハギだらけの見かけだが、なんとか今日一日で最終調整完了までこぎ着けることができたのは幸運以外の何物でもない。


想定していた使い方ではないが、コイツの馬力なら荷車を曳くのもラクラクだろう。


「なんなら、積み荷を昨日の倍にしたっていいぜ」

「なっ、なんっ……! 倍量だとォ!?」


チョビ髭をヒクつかせて喚いているが、所長は俺の自信満々な様子に興味を惹かれ始めたらしい。

――もう一息だな。


「ヒポグリフ騒ぎで、明日もまた同じように荷運び出来るとは限らないだろ? 持って行けるうちに持って行った方が、アチラさんの心象も良いと思うんだがなぁ」


コイツらの契約内容なんて知る由もないので、どういう反応をされるかは完全に賭けだったが……所長は俺の言葉を聞いてしばらく考えると、積み荷を増やすように言ってきた。


「――だが、キサマが一人で積み荷を持ち逃げしないと、どうやって信じられるというのだ!」


思惑通りにコトが運びそうになり、うっかり口元が緩んだところに看守の一人が叫んだ。

……ごもっともなことで。


「別に、逃亡防止に昨日と同じように鎖に繋いで首輪も付けるんだろ? 大体、この積み荷が何なのか知らんから欲しくも無い。それに……もし俺が失敗しても、回収(・・)させるヤツはまだいるんだろ? ――なぁ、俺は昨日そう聞いたんだが、何か間違ってるか? ……それとも、信じられないならお前さんが一緒に来て見張るか? まず確実に昨日の化け物は待ち構えていると思うがな。勝手にしな」

「ぐ……」


反論できないのか、自分の命が惜しいのか、それ以上イチャモンをつけてくる看守はいなかった。


増量分を含めて、積み荷である重たい木箱を荷車に積み込んでいく。

その間、ティムは俺たちにしきりに感謝と謝罪をしていたが、気にしないように伝えておく。


元々の作戦は、俺とマルクスでこの小型車に乗って強引に脱出するだけのものだった。


だが今日その作戦で脱出してしまうと、間違いなく今夜ティムは別のヤツと荷運びをさせられ、今度こそ魔獣に食われるだろう。

非常に自分勝手な話だが……仮に俺たちが助かったとして流石にそれでは寝覚めが悪いし、見捨てられない。

そもそもこの荷運び自体、実際に関わるまで目を逸らして放置していた問題だったわけで、結果としてティムを助けたい気持ちもあってこのような事態になっているのだが、今まで見ないようにしていた後ろめたさもある。


……上手くいくかも、まだわからねぇしな。


何に使うのか知らない――恐らく金属の部品の入った木箱は一つでもそれなりに重量があり、二人掛かりで運べる量ではどのみち荷車の全てのスペースを使い果たすことはなかったおかげで、載せる木箱を増やす余裕は十分にあった。

積み荷を倍量にしたことで裏口付近に集められていた木箱では足りずに、作業部屋まで取りに行ったりしていたせいで時間はかかったが、無事積み込みを終える。


小型車の後部と荷車を繋げば、即席トラクタとトレーラーだ。


重量が増えた分、荷車の強度が心配だが……そこそこ頑丈そうな作りをしているので、信じるしかない。

そして俺には例の爆発する首輪が付けられ、車の座席に座ったところを鎖でぐるぐる巻きにされる。


――準備は整った。


「それじゃあ、行くぜ!」


ハンドル横のスイッチを押すと、魔導エンジンがヴゥゥゥンと低い唸り音を上げる。

ディーゼルとも、ガソリンともまた違ったエンジン音に違和感を感じるが――かなり静かだ。

これなら夜の森でもエンジン音はあまり目立たないだろう。


足元のアクセルを踏み、ゆっくりと走りだすと周囲でどよめきが起きる。

この世界で車はごく一部の金持ちしか持っていないらしいので、恐らくここにいる誰も見たことがないのだろう。


ティムと所長と看守たちに見守られながら、ノロノロと裏口を出発したのだった。


***


昨日ティムと二人で荷車を曳いたときとあまり変わらないスピードでしばらく走り、ヒポグリフに襲われた辺りを通り過ぎてしばらく進むと、周囲を念入りに見回してから一度ブレーキを踏む。


「――おい、もう出てきて良いぜ」

「……ふぅ、緊張したんだぜぃ」


ゴンゴンとかなり風通しが良い背後の壁を叩くと、積み込んだ木箱の一つからマルクスがのっそりと出てくる。

倍量に増やした積み込みのどさくさに紛れて、隠れていたのだ。


マルクスはキョロキョロと周囲を見回して、収容所から脱出したことを確認すると「やったんだぜぃ!」とガッツポーズを決めてから助手席に乗り込む。


「まだこれで終わりじゃないからな」

「わぁ~かってんだぜぃ。早くコイツの本領を発揮するんだぜぃ!」


期待に満ちたマルクスの声に、俺はブレーキペダルを離してアクセルを踏み込む。


あえて収容所を出る時に人力と変わらないスピードで走ったのは、本来の速度(・・・・・)を悟らせないためだ。

ペダルの踏み込みに応じて、俺たちの乗った車はグングンとスピードを上げて夜の森を突っ走る。


「おぉ!? 速い! 速いんだぜぃ!!」

「もっと出せそうだが、まー整備されてない獣道じゃあこれが限界だな」


40kmも出てないだろうが、エンジン性能や道のことを考えれば十分速い方だろう。

元々はスクラップ同然の在り合わせだったことを思えば、感動もひとしおだった。


俺たちは昨日辿った隣国への国境に向かうための道を逸れ(・・・・)、『目的地』へ向かう。

僅かな月明かりの中、俺たちは頭に叩き込んだ地図とここから一番近いゲルンの街に住んでいたマルクスの助言を元に進んだ。


方角さえ間違えなければ、問題なく到着できるだろう。


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