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命がけの荷運び


異世界転移して数ヵ月、俺は順調にこの世界――収容所内に限るが――に慣れてきていた。


メシも旨く、それなりに清潔で、同室になったマルクスの面倒見も良い。

休憩や作業の時間には屋外に出られるし、高い塀はあるものの遠くには山が見え、木や植物に囲まれた長閑な環境で規則正しい生活を送っている俺は、ここ数十年感じたことのない充足感を得ていた。


ここでは各自にそれぞれ仕事のような作業も割り振られていて、マルクスは手先の器用さを見込まれて収容所内で壊れた様々なものを修理する担当をしており、俺は別の部署で作られた謎の金属を組み合わせるという部署に割り当てられた。

工場のラインと呼べるほどの規模ではないが、ただひたすらに単調作業を繰り返していると早々に飽きるよりも集中してしまうことに気づいたのは思わぬ新しい発見だ。


犯罪者の収容所と言うが、殆どは難癖のような罪……と呼べるのかどうかというラインでしょっ引かれてきた奴が大半なので、治安もそこまで悪くない。


――そう思って、気を抜いてしまったのが悪かったのだろうか。


ここにいる大半の奴と同じようにイチャモンつけて連れてこられた新入りと、殴り合いの大喧嘩をやらかしてしまった。

あんまり悲嘆に暮れて騒ぐものだから、『ここもそう悪くないぜ』とポロリと零してしまったのがそもそもの発端だ。


そりゃそうだ、ブラック運送会社で過労死に近い状態まで働いていたのに比べたら幾分マシだろうが、昨日までマトモな暮らしをしていたヤツからしたら『何言ってんだコイツ』ってなもんだ。

そんなわけで、俺の不用意な一言は愚痴吐きだけで我慢していた新入りに火をつけてしまった。

日本にいたらそんなことしなかっただろうに、いつの間にか収容所のやさぐれた雰囲気に染まってしまっていた俺はド突かれたもんで反射的にやり返してしまったワケだ。


冷静になればわかるが、俺が百パーセント悪い。

それに……この収容所に何故こんなにもブチ込まれる奴が多いのか、平穏な日々を送っていたせいで失念していたんだ。


喧嘩相手とは速攻で引き剥がされて看守に独房にブチ込まれた俺だったが、その日の夜にはそこから出された。


「……おい、こっちは俺の房じゃないだろう?」

「誰がキサマを房に戻すと言った!? 黙って付いて来い」


機嫌の悪そうな看守に一睨みされ、めんどくさそうに顎をしゃくられる。


――房じゃないとすれば一体何処に?


そんな俺の疑問は、数分のうちに解決することになる。


「フン、キサマが今日問題を起こした男か。それだけ体力が有り余っているのなら、この仕事で発揮してもらおうではないか」


案内された先にはでっぷりと肥ったチョビ髭の男――恐らくこの収容所の偉い奴――と数人の看守、そいつらに囲まれ身を縮こまらせた若者の傍らには、大きな布で荷台が隠された(・・・・・・・)一台の荷車があった。


若者は俺たちと同じように収容所に入れられていた人間で、言葉を交わしたことこそ無いが知った顔だった。

確かスラム出身でケチな物取り――飢えを凌ぐため果物を盗んだところを捕まったそうだが、かなりすばしっこいので『罠を張られて捕まえられた』という噂の男だ。

運搬担当なのか、俺たちが作業で作らされている謎の物体を運んでいるのを何度か見かけたことがあった。


俺が来る前に荷台に荷物を積まされていたのだろう、既に荒い息を繰り返してヒョロりとした身体を上下させている。

チョビ髭が言うところによると、俺たちはこれから収容所の外に出されるらしい。


「喜ぶのは早いぞ! 逃げられんように、ちゃんと鎖に繋ぐからな。それに加えて、首輪も付ける。逃げたり、時間内――夜が明けるまでに戻ってこれなければ、爆発させる。積み荷に傷は付かんが、キサマらの首と胴体が分かれるくらいには強力だ。くれぐれも要らん気を回さぬようにな」


ニヤリと告げられ、眉を顰める。

腐ってるとは思っていたが……いざ目の当たりにするとそれなりにショックだ。


不審死が多い筈だ。

この収容所の外には森が広がっている。


問題は、これがただの森ではない(・・・・・・・・)ということだ。


マルクスに聞いた話になるが、この世界には魔獣と呼ばれる化け物がいるらしい。

開拓された地域を除けば、そこは魔獣たちのナワバリである。

そのため、それなりの大きさの街は高い壁に囲まれているし、街の外に収容所が作られているのは万一の時にこちらを先に襲わせることで時間稼ぎを期待してだ。

そしてその収容所の外――となれば、危険地帯に他ならない。


このチョビ髭共はそんな危険地帯に収容所の人員を送り出しているというわけだ。


告げられた行先は、国境を超えたタッシール共和国のここから一番近い街らしい。

積み荷が何か知らないが、敵国へ秘密裏に運び込むんだ、真っ当な品ではないだろう。

違法な品を流しているという噂も本当だったようだ。

そして違法な品だけに国境警備に見つかるわけにいかず、深夜から早朝の時間帯に街道を避けて国境警備すら近づかない森の中央付近を横断させるのだという……クソッタレめ!


「お前たちが魔獣に喰われようが、回収に行かせるヤツはまだまだいるんだ。せいぜい命からがら戻ってくるんだな!」


グフォフォ……と腹の立つ笑い声を上げると、チョビ髭の合図で裏門らしき場所の扉が開く。

――俺ともう一人の若い男は腰のあたりを荷車と鎖に繋がれ、太い金属のようなものを首に巻かれて暗い闇の中に送り出された。


***


「なぁ、俺はタカオだ。……お前、ティムだろ? 噂は聞いたことあるんだ。この『荷運び』、お前はやったことあるのか?」


大の男二人掛りでようやく動かせるような荷車を曳きながら、俺は尋ねる。

あまりの重量に、出発早々二人とも息が上がっていた。


「……あぁ、そうッスよ。このクソッタレな往復を何度もやらされてるッス! 昨日も一人大怪我を負った――だから、お前が寄こされたんッスよ」


既に辺りは闇に包まれ、お互いの顔がようやく見える程度の月明かりの中、ティムは吐き捨てるようにそう言った。

身体が細いだけじゃない。

顔もげっそりと痩せこけ、疲れ果てた様相である。


ティムは自らがこの仕事に抜擢された理由を歯ぎしりしながら教えてくれた。


「俺は『足が速いから』だとよ! 昨日まで一緒だったヤツは『力が強いから』! ご丁寧に、連中そこまで考えてわざわざ俺たちを捕まえていたッス。……アンタも、今日喧嘩したって聞いたッス。小柄なようだが、それで目に付いたんだろうなぁ。アイツらは若い連中から使い潰していくつもりなんッスよ」

「オイオイ……若いって、俺は四十五だぞ?」

「ハァ!? そのナリでか!? 冗談言うなッス。オッサン連中とつるんでるらしいが、どう見たってガキじゃないッスか?」


日本人が若く見られやすいという話は、この世界でも通用するらしい。

マルクスに年齢を告げたときも同様に驚かれたものだ。

俺はもう白髪交じりのゴマ塩頭だが、奇抜な髪色の奴もいるこの世界では『そういうモン』と思われるだけなのだそうだ。

若白髪って場合もあるだろうし一概に年齢を判別できるものでもないが、こんな場で若く見られても良い事は何一つ無い。


「お前さんらには若く見えるかもしれないが、中身はオッサンだ。力仕事もそれなりに出来るが、こんなの毎日は続けられんぞ」


ドライバーの仕事には荷物の積み下ろしも含まれている。

俺は大型車のドライバーだったので大抵フォークリフトを使っていたが、手積み・手降ろしの作業も勿論あった。

相手先の担当者がやってくれる場合もそれなりに多いが、荷台が広い分それなりに重労働だ。

……が、それも持ち上げられる段ボールなんかに限定される。


重たくなかなか進まない荷車を長時間曳くのは、文字通り流石に荷が重い。


俺の言葉に、ティムは大きく溜息を吐いた。


「続けられなくても、やるしかないんッス。あぁ……相棒がオッサンじゃあ、俺の命もここまでか」


悔しそうに首を振る様子に、俺のせいではないものの申し訳ない気持ちが広がる。


「……俺だって死にたいわけじゃない。精一杯足掻くさ」

「期待しないでおくッスよ。……魔獣に出くわして、パニックにならなけりゃ御の字だ」


運悪く魔獣に出くわしたら、なりふり構わず全力で走るしかない――そんなアドバイスにもならない忠告を受け取ると、俺たちはひたすらに無言で荷車を曳く作業に集中したのだった。


***


経験者であるティムの誘導のおかげもあり、数時間かけて隣国タッシール共和国との国境を抜け、指定されている街の裏門付近で積み荷の受け渡しを行う。


やって来た向こうの連中も、俺たちが使い捨ての駒であることを知っているのだろう。

積み荷を移す際は腰の鎖は外してくれたが、積み下ろしに手を貸す様子はない。

深くフードを被り、銃のような武器をこちらに向けている。


ようやくこちらの荷物を向こうの荷車に移し終えると、水をくれただけマシなのだろうか。


しばしの休憩の後、再び鎖を荷車と繋がれ、道なき道を戻る。

行きと比べれば無いようなものだが、金子でも積まれているのか荷車は空ではない。

俺たちには見せないようにか、鎖と繋がれた後に放り入れられたものだ。


それでも格段に軽くなったことに変わりはなく、行きはゼイゼイと息を切らせていたが、帰りは大きな音を出さないように注意深く足を運ぶ余裕があった。


魔獣が出ると脅されていたものの、実際に遭遇しなければ何の脅威でもない。

ただ単に運が良かっただけだろうが――遠くに朝日が薄っすらと収容所を照らすのを見て、そう安心してしまったのが良くなかったのだろうか。


茂みの音に振り向くと、今まで気配を消していた化け物がその大きな鉤爪を振り下ろすのが目に入った。


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