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異世界での目覚め


「いやーしかし、こんなに仕事がうまくいくなんてトラック様様ッスねぇ」

「そうだな。思っていた以上に需要があるみたいで、食いっぱぐれなくて良さそうだ」

「同じ荷運びでも、アノ時(・・・)みたいなのはもう懲り懲りッスよ」

「そうだな……」


本当は思い出したくも無いのだが、こうして今の恵まれた環境を実感する度に頭を過るのはこの世界にやってきた頃のことだ。


***


度重なる睡眠不足と過労により深夜の高速道路のPA(パーキングエリア)でトラックの運転席に座ったまま意識を失った俺は、途切れる意識の中で『これが最期』と覚悟を決めたのだが――幸か不幸か、目を覚ました。


朦朧としながらも、死んでいないとすれば病院に運び込まれたハズなので病室の眩しい光を想像しながら目を開くと、薄暗い路地の冷たい石畳の上で何故か全裸で横たわっていた。


「あ? なんだ……? 寒いし暗いし、ここは一体……」


グラグラと揺らぐ視界の中、動くものを探して視線を彷徨わせた俺は視界の隅に映る人影と近づいてくる喧騒を記憶に留めると、再び意識を失った。


***


「――オイ! 貴様、いい加減起きんか!」

「っ……! ここは……? 俺は一体……?」


先ほどよりもハッキリとした思考と視界にホッとしながら、ノロノロと身体を起こす。

俺を強引に揺り動かしたのは、声をかけてきた男の靴先だったらしい。


……せめて手を使ってくれよ。


頭上から照らす光に眉を顰めながら、靴の持ち主を見上げる。

薄汚れた色合いの制服のようなものに身を包んだ、警官のような雰囲気の男だ。

文句の一つも言ってやりたかったが、やたらとふんぞり返っているのと腰元に警棒のようなものをぶら下げているので、逆らったらマズいと直感する。


「チッ、この酔っ払いが! さっさと服を着ろ!」


動かない俺にイラついているようで、言うなり投げつけられたのは粗末な上下の服だった。

そういえばさっきは全裸だったのだが、薄布のようなものはかけてくれていたらしい。


「……どうも」


何と言ったものか悩むが、とりあえず一言だけ絞りだして袖を通す。

――うん、薄い。

投げられた時にはわからなかったが、下着もあったので無いよりはマシと思うことにする。


「着たらさっさと立て。お前の房はこっちだ」


もう一度足で小突かれると、男はさっさと格子の向こうへ進んでいく。

立ち上がって見渡すと、どうやら俺は留置場のような場所の床に転がされていたらしい。

実際入ったのは初めてだが、俺の知る限り鉄格子の嵌った部屋なんて留置場くらいなものだ。


足早に男を追うと、説明されずとも事態はある程度把握できた。

俺が入れられたのは恐らく罪人向けの刑務所で、男は警官ではなく看守だ。

そしてもう一つ分かったこと。


――ここは、日本じゃない。


日本どころか、『異世界』としか言いようのない場所だ。

通り過ぎる人影の中には、俺と同じような粗末な服装の人間……以外にも、頭にふさふさの耳の生えたヤツや皮膚が緑色の鱗のようなヤツがいる。

看守らしき男を含め大柄な者が多く、右も左もわかったもんじゃないが、こんなところで誰かに目をつけられたらえらいことになるだろう。

俺はこのあいだ45歳になったばかりの正真正銘オッサンで、ただのトラックドライバーだ。

歳のせいか最近腹回りがぽってりとしてきたし、喧嘩なんぞせいぜい怒鳴りあって胸倉掴むくらいが関の山。


以前、後輩が熱心に読んでいた漫画の何が面白いのか聞いてみたら『異世界転生して神様がチート能力をくれて、それで無双するんですよぅ』とか言われたが、何故か似たような境遇に置かれた俺にはそんなもの一切ない。

転生なら若くて才能のある人間になれた可能性があるのかもしれないが、今も悲しいほど慣れ親しんだオッサンの身体である。

神様とやらにも会わなかったし、不思議な能力とやらが俺の中に眠っている確率はゼロだ。

俺の身体なのだ、俺が一番よくわかっている。

唯一挙げられるとすれば、せいぜい耳慣れない言葉が何故か通じていることくらいか。


それでも今の現状、頭がまだクラクラとしている以外に外傷のようなものもなく、身体も普通に動いている。

あの、視界が白く染まっていく中での、ふわりとしたあの感覚――もう二度と経験したくないと思う未知の感覚を味わった後では、死んでいなかっただけで十分と思うしかないだろう。


「ここがお前の房だ。詳しいことは中の奴に聞け」


それだけ言うと、看守は去ってしまった。

あまりに理不尽な扱いだが、それ以上考えるだけの心の余裕は今の俺には無い。


案内されたのは出入口を含めた壁の一面が鉄格子というオープン過ぎる空間にある二段ベッドと丸見えのトイレに、申し訳程度の机のような出っ張りと椅子――という、まるで海外ドラマに出てくるような二人用の雑居房だった。


中には、ヨれたビン底のような眼鏡をかけた俺よりも少し小柄な男がいた。

歳は俺と同じくらいだろうか?


「俺はマルクスだぜぃ。俺もまだ入って一ヶ月くらいだが、仲よくしようだぜぃ」


そう言って差し伸べられた手に、俺も同様に手を差し出して握る。

独特な喋り方をする男だが、同室の奴がイカツくなかったことに内心ホッとする。


「俺は吉倉(ヨシクラ) 孝雄(タカオ)だ。こちらこそ、よろしく頼む」


俺が名乗ると、マルクスは不思議そうに首を傾げた。


「ヨシクラタカオ? 随分長い名前なんだぜぃ?」

「あー、名前はタカオで、ヨシクラは姓だ」


俺がそう言うなり、慌てた様子のマルクスに口を塞がれる。


「オイオイオイ、家名を持ってるのは貴族だけなんだぜぃ? 見たところ、オメェはそうじゃねぇ。だろぅ? 事情があるのかもしれねぇが、不用意なこと言って目をつけられたら大変だぜぃ」

「ムゴ……、ムゴゴ」


もごもごと口を動かすと、理解したことが伝わったのかすぐに解放された。


「……すまない、とても離れた場所から来たので、このあたりの事情がよくわかっていないんだ」

「遠くったって、この大陸にいりゃアそれくらい常識なんだぜぃ? オメェ、一体……」

「悪いが、詳しいことはまた後にしてもらえるか……もう、意識が……」

「お、おィ! しっかりするんだぜぃ!」


再び慌て出したマルクスだが、俺がふらついているのを見て取ると心配しながら下段のベッドに寝るのを手伝ってくれた。

そして俺は、しばらくぶりの深い眠りについたのだった。


***


この世界に来る直前の俺は、極限の睡眠不足に苦しんでいた。

エナジードリンクをガブ飲みしてなんとか意識を繋いでいたに過ぎず、この世界で倒れていた間も意識を失っていただけで、きちんとした睡眠ではなかったのだろう。

ようやくしっかり眠ることのできた俺だったが、次に目覚めたのは丸一日後で同室のマルクスは大いに呆れた表情を浮かべていた。


「何事かと思ったんだぜぃ。熱もなかったからそのまま寝かせといたが、まさか寝不足とは予想外だぜぃ」

「すまんな、連勤が続いたもんで……」


ドライバーの拘束時間や労働時間に関しては基準が定められているが、俺が勤めていたのはブラック運送会社でそんなものはお構いなし、最近は一層業績が悪化していて誰もが僅かな休憩のみの中限界ギリギリで走り続けるというのが常態化していた。

今にして思えば俺がぶっ倒れたのは、起こるべくして起こった必然というやつだろう。

事故という最悪の事態を免れたのも、ただの偶然に過ぎないのかもしれない。


目覚めた後は細かい話はとりあえず置いといて、食堂で飯を食う。

――想像していたより、普通に旨かった。

残飯のようなものをイメージしていたせいか、俺より体格の良い連中に合わせているからか、量も丁度良く暖かい食事に『この世界でも生きていける』という気持ちが湧いてくる。


そうだ、どうせ俺はあの時死んでいてもおかしくなかった。

……なら、これからこの世界で生きるのは余生みたいなもんだろう。

今までせわしなく駆け抜けてきたんだ、逆に規則的な生活を送るには丁度良い。


そうやって気持ちを切り替えた俺は、マルクスにこの世界について教えてもらった。


電気機械の代わりに魔導装置が発達していること。

この大陸はエドガル王国とタッシール共和国という二国により支配されているが、お互い支配権を巡り争っていること。

今いるのは、その二国間の国境付近、エドガル王国のゲルンという街の外にある罪人向けの収容所であること。

この収容所は所長をはじめ看守サイドがタッシール共和国側へ寝返っており、機密情報や違法な品を流しているという噂があること。

特にここ最近は収容所内での不審死が多く、またどんな軽犯罪でも放り込まれたら最後、刑期を終え出て行った者がいないと言われていること。


「――腐ってるな」


身も蓋もなくそう言った俺に、マルクスは肩をすくめる。


「最近は特に酷ェもんだが、国の中心部ならともかく、長年戦争の気配に晒されている辺境の地域はこんなもんだぜぃ」


マルクス自身、罪を犯したわけではなかったが、雇い主の機嫌を損ねてここに入れられてしまったとのことだった。

なので街の人間でない俺が、道端に全裸で転がっていただけで放り込まれたというのも、さもありなんという感じだ。

詳しい罪状も、いつまでここに放り込んでおくつもりなのかも何も説明がなかったということは、マルクスの言う噂の信憑性が高いことを裏付けているようにも思う。


色々と教えてくれたマルクスだったが、俺が異世界(・・・)からやって来たようだと恐る恐る告げた際は「まぁ、そういうこともあるかもしれないんだぜぃ」とすんなり受け入れてもらえたので、それはそれでありがたかった。


こうして俺の異世界ライフは幕を上げたのだった。


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