『ルシーラ・スノウ』到着
夕暮れの中タンテノの街に入った俺たちだったが、街の一番奥にあるお屋敷に到着する頃にはすっかり日が沈んでしまっていた。
ザックの恋人である『アリッサ』嬢がイイトコのお嬢さんだと分かっていたものの……まさかタンテノで一番大きなお屋敷に住んでいるとは思わなかった。
ザックが事前に話を通しておいていたので、歓迎の言葉と共に門が開けられる。
ここで一度ザックが降りて、しばらくしてやって来た屋敷の主――恐らく『アリッサ』嬢の父親――と言葉を交わす。
相当熱心に歓迎されているので、『ルシーラ・スノウ』が無くてもプロポーズは成功しそうに思うが……お嬢さんがどう思っているかわからないし、これはザックの男の意地みたいな部分もあるんだろう。
両家とも親の承諾は得ているということだったので、あとは『アリッサ』嬢の気持ち次第なわけだ。
まさかここまで来て断られるということは無いだろうが……無事成功してほしいと思う。
身綺麗にはしていたが、それなりにくたびれた様子のザックを見て「先に身なりを整えてからでも良いのでは?」という屋敷の主の言葉にザックは首を振り「一刻も早く、彼女に見せてやりたいのです」と答えると、屋敷の主は苦笑しながらも『アリッサ』嬢が過ごしているという離れに案内してくれた。
彼女は大きなお屋敷ではなく、敷地内にある温室が併設された離れで暮らしているらしい。
広い敷地なので、そのままトラックで離れの前まで向かう。
「ようやく、ここまで来れた」
安心しつつも緊張した様子のザックの声に、俺たちもホッとする。
とはいえ、見せ場はここからなんだけどな。
離れの前にトラックを停め、テキパキと準備を行う。
荷台から防水用の幌を剥ぎ取り、『ルシーラ・スノウ』は木箱から出された。
離れの入り口付近は『アリッサ』嬢の両親に加え執事やメイドのような人々に囲まれ、マルクスは護衛たちと共に脇に避け、俺とティムはトラックの両脇で待機する中、ザックが離れの中に入り『アリッサ』嬢を連れてきた。
「――さぁ、見てくれ! アリッサ、君のために用意した花だ!」
ザックが大きな手振りでトラックの荷台を示すと、俺とティムで荷台の側面――ウイングサイドパネルを持ち上げる。
油圧シリンダなんて無いので、固定位置まで腕力で持ち上げているんだが……俺とマルクスこだわりの機能だ。
本来積み下ろしの効率化のための機能だが、テーブルなどに置いた状態で見せるより効果がありそうだというザックの希望に従った形となる。
手が滑れば全て台無しになってしまうので、実は運転よりもよっぽど緊張したが……何事もなくて本当に良かったと思う。
大きく側面が開いた荷台はさながら小さな舞台のようでもあり、姿を現した『ルシーラ・スノウ』に真っすぐ月光が差し込み、花弁を照らした。
「まぁ……!!!」
真正面から見たアリッサ嬢を含め、周囲の人々が感嘆の声を漏らす。
丁度見ごろの時間帯だったようで、大ぶりの花弁が月明かりを浴びてキラキラと反射しているようにも見える。
淡く煌めく花弁に、瑠璃色のような青いラインがよく映えていた。
「君のその夜明けの空のように輝く瞳と同じ色を入れたんだ。僕が品種改良したので、君と同じ『アリッサ』と名付けた。……君に、この花を捧げる」
しばらく花に見惚れていたアリッサ嬢だったが、続くザックの言葉を聞くと泣き出してしまった。
「アリッサ、愛している! どうか、僕と結婚してほしい」
周囲がワッと沸く中、ザックが跪いてリングを差し出した。
「はい……! 喜んで」
ぐずぐずと鼻をすすりながらアリッサ嬢が頷くと、ザックは嬉しそうに微笑んで彼女の左手の薬指に指輪を通した。
ザックはマルクスにかなり正確な数字を伝えていたらしく、美しい装飾が施された指輪は彼女の指にピタリとはまっていた。
やっぱりアレは指輪だったのか……。
今や辺りはお祭り騒ぎで、たった今プロポーズを交わした若者たちよりも周囲のほうが盛り上がっている。
囃し立てられる中、ザックとアリッサ嬢が頬を染めて微笑みあう様子は実に絵になっていた。
感動的なシーンだ。
うん、実に、感動的なシーン、なんだが……。
そっと荷台の反対側にいるティムを見れば、見事に白目を剥いている。
想像とは違ったんだろう。
……気持ちは、よくわかる。
こんな時不謹慎に大笑いを決めそうなマルクスは、意外なことに護衛連中に交じって大はしゃぎしている。
微塵もこの求婚劇に違和感を感じていないらしい。
……俺とティムは、ずいぶんと先入観に染まっていたんだな。
言い訳させてもらうが、別に可笑しいと思っているわけじゃないし、実際に感動している。
プロポーズの場に居合わせるなんて、一生にそう何度もあることじゃないからな。
ただ……ザックのあの惚れ込み様を見せられて、彼女の名前を付けられた花は極めて繊細な美しさだったし、イイトコのお嬢さんだと聞いていたので、『アリッサ』嬢は病弱な深窓の令嬢のようなお嬢さんを想像していたんだ。
それが、実際にお屋敷の離れから登場したアリッサ嬢はかなりその……肥えていた。
コロコロとしていて、まるでちょっとしたボールのようだった。
この世界に巨人族というのがいるのかは不明だが、ご両親は多分普通の人っぽい感じだし、彼女も普通にぽっちゃり体型という事なんだろう。
……横幅だけでザック三人分くらいは余裕でありそうだが。
彼女が『気軽に移動できない』理由はよくわかった。
馬車で移動するにも、あれでは大変だろう。
この世界にも新居には花嫁を抱えてドアをくぐるという風習があるのか、もしあったとしてザックがそれを行えるのか、非常に気になるが……俺が気にするようなことではないだろう。
愚にもつかない先入観を持ってしまったことを反省しつつ、大きく拍手をしながら、ふとそんなことを思った。
その後はアリッサ嬢の父親により、ザックの連れである護衛や俺たちまで慶事に沸くお屋敷で過分にもてなされた。
実はニコニコと人当たりの良いこのアリッサ嬢の父親がまさか男爵で、ここが貴族のお屋敷だったと知ったときには腰が抜けそうになったが……。
階級制度に馴染みがない俺でも、不興を買えばとんでもないことになるのは理解している。
「領地はこの街一つで、領主というよりは少々発展した村の村長に近い。殆ど平民のようなものなので、気楽にしてもらって良い」とは言われたものの、正直どうしていいのかわからず困惑したが、年齢が近かったせいか話題に不自由することは無かった。
現代で飲んでいたものと比べてもかなり上質な酒も飲ませてもらって、非常に充実した時間を過ごせたと思う。
聞いたところによるとザックは婿養子に入るわけではなく、アリッサ嬢が商家の三男に嫁ぐ形となるらしい。
今まで雑に接していた男が貴族になるわけではないと知って胸を撫で下ろしたが、客の縁者に貴族がいると思うと変な感じだ。
今後彼らは両家の支援で、この屋敷の近くに植物研究施設を併設した新居を建ててもらって、そこで暮らすことになるそうだ。
……道楽っぷりが凄いが、新種開発は植物を取り扱うザックの実家の商品開発のようなものでもあるので、親の金で遊ばせてもらっているだけではないらしい。
そんなことを酒の席でアリッサ嬢の父親にペラっと話されたが、俺が聞いて良い話だったのかは正直微妙なところだ。
ザックはまだアリッサ嬢と積もる話もあるとのことで、護衛たちと共にしばらくお屋敷に滞在する。
『ルシーラ・スノウ』を運び終えた時点で一旦依頼は完了したのだが、いたくトラックを気に入った様子で帰りも乗せてほしいと再度依頼があったので、二週間ほど後に今度はタンテノからマニロへ彼らを運ぶ契約を新たに交わした。
翌朝、しっかりと酒を抜いてから俺とマルクス、ティムの三人は帰路に就いたのだった。