『ルシーラ・スノウ』を運ぶ
梱包材の試作は、なるほどと思う形になっていた。
背面から縦に真っ二つに開くように改造した木箱の内側に羊毛を薄く押し固めたものを貼り、さらにその内側に綿が花を押しつぶしてしまわない程度に詰められている。
羊毛で木箱から伝わる衝撃を和らげ、綿で花を固定しているということだろう。
鉢も動かないように、高さに合わせた中板が追加されていた。
茎を傷つけないよう中央を丸くくり抜いているらしい。
鉢が収まる部分には綿の代わりにその分羊毛が増量されている。
どこか、高い酒の入った木箱を思わせる風貌だった。
ぱっくりと開いた前面から鉢を収め、左右を閉じて留め具をし、更に外側をフラフ草を編んだものでぐるぐる巻きにして、試作梱包の完成だ。
花の状態が見えるように木箱の一部を開け、ごくわずかに綿を除いた部分を作ることで常に中が確認できるようになっている。
まずは使えるか確認する必要があるので、今はテスト用に購入した別の花の鉢が入れられていた。
「さて、それじゃあトラックに積んでみるか」
マルクスとザックで試作している時点である程度揺らしたりして試したらしいが、トラックに載せてみないことには判断できない。
ザックも、トラックの荷台が実際にどのくらい振動するのか知らないわけだしな。
「ほう……屋根も木製なんだな」
荷台を覗き、驚いたように呟くザックの反応は意外なものではない。
荷馬車は屋根の付いていないものも多いし、屋根付きといっても軽量化のために幌という防水布がかけられたものだ。
トラックの荷台にも幌がかけれているが、これは単純に荷台の屋根に使っている木材を傷めたくないからという理由である。
軽量化よりも頑丈さを優先した荷台だが、これは魔導エンジンのパワーがあるからこそデキる芸当だった。
一番揺れの少ない荷台の前方に木箱を固定すると、マルクスとザックにはランプを持って一緒に乗り込んでもらう。
ティムは倉庫の扉を開けて、周囲を確認しながら少し進んだ先で合図を出す。
一応街はずれとはいえ、夜間にトラックを動かすと近所迷惑にならないか気になるからな。
エンジンをかけ、めったに使うことのないヘッドライトを点けて発進する。
大したスピードは出せないが、一応の確認にはなるだろう。
小屋の周りをグルっと一周して戻ると、ザックは興奮した様子で感想を教えてくれた。
「トラックは素晴らしいな! 我が家の馬車とは比べ物にならないくらい振動が少ないし、確認に使った花も無傷だ。荷台の乗り心地も良かったし、これならきっと『ルシーラ・スノウ』も運べるはずだ!」
「おう、ありがとうよ」
その後も何度か梱包の微調整を(主にマルクスの納得いくように)繰り返して、ようやく完成となる。
今夜はもう、これ以上できることはない。
あとは明日に備えて、ゆっくり休むことだ。
ザックは宿の方が快適だろうが、『ルシーラ・スノウ』を何度も移動させるのは怖いし置いて行かれても困るので、今夜はウチで泊まりこみとなった。
来客用の用意などないのでソファ寝だが、マルクスもよく使っているので寝れないことはないだろう。
***
翌朝、トラックの最終点検を行い、朝日で一帯が照らされたところで出発だ。
今回は積み荷よりも乗員の方が多い。
運転席には俺、助手席にはティム、荷台の前方には『ルシーラ・スノウ』の入った木箱が固定され、ザックとマルクスが左右を囲んで花の状態を見張る。
更に荷台の後方には、ザックの連れである護衛を数人乗せている。
これは魔獣対策でもあり、なるべく揺らしたくないトラックの荷台を安定させるためでもあった。
元々ザックが乗ってきた馬車とその御者たちは、マニロの街で留守番となった。
まだ魔獣に襲われた際の馬の傷が癒えず、車体の修理も追いついていないので、ザックと護衛が再び今いるマニロの街に戻ってから回収して、共に首都のミュルンへ帰る予定だ。
「よし、発車するが何かあったらすぐに言うんだぞ」
運転席から荷台に向かって声をかけると、ガヤガヤと了解の声が上がる。
荷馬車よりマシだろうが、酔うときは酔うだろうしな。
荷台に乗っているだけとはいえ、それなりに気を張っているだろうし疲れるだろう。
今日のルートはかなり安全な道を選んでいるので、止まろうと思えば止まってやれるからな。
後部扉を閉めた荷台は暗い。
『ルシーラ・スノウ』の状態を見るためにランプを持ち込んでいるので暗闇というわけじゃないが、それでも薄暗いし外の状態は見えない。
空気穴もあるが、あくまで空気の入れ替えのためのものだしな。
マルクスは寝て過ごすかもしれないが、ザックや護衛たちはそれどころじゃないだろう。
トラックに乗り込む前、ザックが神妙な顔で話し始めたことを思い出す。
「皆、聞いてほしい。――この花を運ぶため、尽力してくれていることに感謝する。特に<ラッキー・デポ>の三人には、時間も無い中で無茶を言っているにもかかわらず、依頼を受けてくれたこと、本当にありがたいと思う。今日は、どうかよろしく頼む」
そう言って頭を下げたザックに、護衛連中は「坊ちゃん!」「坊ちゃん、そんなの言いっこなしですよ!」と男泣きが始まりそうになり、ティムは「水臭いッスよ」と照れ笑いをし、マルクスは「まだ終わってねェんだぜぃ」と背中をどついていた。
「マルクスの言うとおりだ。まだ配達は終わってない。……そういうのは、全部上手くいってから言うもんだぞ」
俺の言葉に、ザックはやけにサッパリとした表情で首を振る。
「……上手くいっても、そうじゃなくても、とにかく協力してくれたことに感謝していると伝えたかったんだ」
キッパリとしたザックの言葉に、肩をバシンと叩いて俺は運転席へ向かったのだった。
***
道中は極めて順調だった。
いや、何度か挟んだ小休憩中に一度だけ小型の魔獣が近づいてきたが……ザックの連れてきた護衛が優秀過ぎて、あっという間に討伐された。
そして瞬く間に皮を剥がれて昼食のおかずが一品増えた。
魔獣の肉は普段から口にしているが、今回は産地直送過ぎてやけにワイルドな味がした。
俺にとっては珍事だが、ザックたちは首都から長距離移動してきただけあって慣れた様子だった。
マルクスとティムも小さいながらも街育ちのハズだが平然としていたので、単純に俺がまだこの世界に慣れていないだけなんだろう。
「無事に到着できそうで良かったッスね」
「そうだな。油断は禁物だが……ここまで来れば、まぁ大丈夫だろう」
すっかり日が傾いた中、視線の先には緩やかな坂道と壁に囲まれた街が見える。
見晴らしは良いので、これから何かが起きることも無いだろう。
「にしても、ザックの恋人の『アリッサ』さん、ッスか? 一体どんな人か気になるッスねぇ」
「さぁな……イイトコのお嬢さん、って事しかわからんな」
「プロポーズだからザックが足を延ばすのは分かるんッスよ。でも首都まで行くのも大変なんて、病気か何かなんッスかねぇ……。ザックは何も言ってなかったっスけど」
そういえば、そんなことも言ってたな。
気になると言えば、今朝出発前にマルクスが作っていたものも何だったのか。
昨夜寝る前の雑談で『俺の故郷ではプロポーズの時に指輪を渡すヤツが多い』という話をしたんだが、起きたときにはマルクスがザックの話を聞きながらノリ気で金属の輪っかを作っていた。
既に割れてしまった『ルシーラ・スノウ』のガラス細工のような花弁を飾りに使ったそれは、マルクスが隙間時間に作ったとは思えない出来だったが……やけに太くて存在感のあるリング状の金属は、到底指輪には見えなかった。
かといって腕輪にしては細いような、不思議な大きさの輪っかだった。
それを見たザックは上機嫌で嬉しそうにしていたので、指示を間違えたわけではないんだろう。
指輪は止めたのか? まぁ、必ずしも指輪である必要も無いしな。
「……ま、着けばわかるだろう」
そうして俺たちは、夕暮れの薄明りに包まれながらタンテノの街に到着したのだった。