捕食者
音もなく飛び、大口を開けて食らいつこうとする獣。
狩る側から狩られる側に変わるなんて、日本にいるほとんどのハンターは経験しない。しかも相手は熊のような巨大な相手ですらない。
自分を喰らおうとする捕食者の、鋭い牙の本数すら数えられそうなくらいに近づいた時---
バシュッ!
と何かの飛翔物が高速でトビキツネに直撃し、滑空していたトビギツネは横合から思い切り弾き飛ばされて藪の中に消えた。
飛翔物がきた方に目をやると、短めの弓を構えたサンバーと目が合う。どうやら彼が矢を射てくれたらしい。
「ありがとう!助かった!」
「気をつけて」
サンバーは控えめな感じで言いながら、目深に被ったフードを更に深く被りなおした。
「ターミン!サンバー!毛皮分はもういい!あとは駆除だ!」
足元にキツネの死骸を積み上げた死神エルクが、得物を羽子板みたいな道具から弓矢に持ち替えていた。
応えるようにターミンとサンバーがサッと散会し、それぞれ弓矢をつがえて中空に獲物を探す。
「お、俺も・・・!」
「当たり前だハルト!お前もやってみせろ!」
エルクが容赦なく矢を放ちながら檄を飛ばす。
3発フル装填したM1100を抱え、皆と少し離れるように小走りに駆け出した。
「お、おい!あまり離れると危ないぞハル!」
「ターミン、俺の矢は耳に悪いんだ!少し離れないとお前たちも危ない!悪いけど背中を頼むよ!」
ターミンが心配そうに声をかけてくれる。しかし少し振り返りつつも止まらなかった。目的はハッキリしてる。
3人とも後方にいる事を確認して、木々の少し開けた場所に立ち、スキート射撃の要領で銃床を肩から少し下げた位置に構えて樹上から飛来するだろう標的を探す。
カサカサと微かな枝葉の音を頼りに目を凝らすと、右手にある木の葉に隠れるように毛皮が見えた。
目を離さずに据銃し、ドットサイトで狙いを定める。ここには日本の鳥獣保護法も銃刀法もない。言ってしまえばどんな獲物でも撃っていいはずだ。
トリガーに指をかけ、邪魔な枝葉から獣が体を現すのを待つ。
気配の読み合いの様な一瞬ののち、獣が痺れを切らしたのか、面と向かって飛んだ。
真正面から滑空してきた大きめの標的に当てるのはそんなに難しくはない。ましてや装填してあるのは数百粒の鉛の礫を撒き散らす7.5号弾だ。
我慢してある程度標的を引きつけ、トリガーを絞る---
バンッ!
炸裂音と共に、慣れ親しんだ衝撃が右肩を揺さぶる。
俺を喰おうと飛んだ獣は、想定外の攻撃をくらって途中でボトリと地に落ちた。
「よしっ」
銃を構えたまま思わず小声で言う。聞いたこともない爆音に驚いたのか、獣が動いて木の上がガサガサと騒がしくなった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
そんなに激しい運動をしたわけではないのに、心拍と息があがる。
狩猟中に獲物と遭遇して射掛けた時、緊張と興奮でこうなる事がある。しかし休んではいられない。次の獲物を求め木々の間に視線を彷徨わせ、枝を這っていたり枝から枝へ飛んだり、こちらに向かって飛んだ狐に射かけた。
何匹落としたかな。7つは落としたはずだけど。と考えながら、おそらく8つめになる成果を探していた時、
「お、おい、ハルト・・・」
控えめな呼びかけと共に、トンと肩を少し叩かれ、トリガーから指を離して首だけで振り返った。
「もう、いい。十分だ。キツネは十分減った」
「あ、あぁ、そうか。わかったよ」
あれほど威圧感のあったエルクが、なんとなく小さくなっていた。
「お前のその魔法の矢は恐ろしいモノだな・・・」
「・・・まあ、実際危険な物ではあるよ。だから少し離れて、みんなを背にしたんだ。矢先が向かなければ危なくないし。それは弓矢もこの世界にある魔法も一緒でしょ」
少し威勢の削がれたエルクは、見た目通りただの可愛らしい女の子だった。
「くれぐれも私たちには向けるなよ」
「勿論。それは銃を持つ人間全ての義務だからね」
「あと、煩すぎるぞ!お前の矢!今日狩るのは狐だけじゃないんだ!そんな音を立てたら他の獲物たちがいなくなるだろ!」
銃を下ろしたのを見てふと我に帰ったのか、元の調子を取り戻したエルクが目を吊り上げて捲し立てた。
「うーん、経験上意外と大丈夫だと思うけどね。獲物撃ったすぐ近くの場所で別のやつが呑気にしてる事あるし。ここの動物がどうかはわかんないけど」
「今日獲物が獲れなかったらお前のせいだからな!」
エルクはそう言い残し、ビシッと踵を返してスタスタ行ってしまった。
「キツネを拾って早くこい!次は大物を狩る。お前が仕留めるんだ。獲れなきゃ追放だからな!」
「はぁ、りょーかいですよー」
手厳しいエルクに段々と慣れてきた。もう少し接しやすければいいんだけどなと思い、ため息をつきながら落とした獲物の回収に向かう。
エルクの言うように、もうキツネの気配は全くなくなっていた。
リュックから45リットルのゴミ袋を取り出して、討ち取った獲物を拾う。食べないらしいのでとりあえず血抜きもせずにキツネを袋に入れる。確かに毛皮は上等そうだが、そんなに食べるところは無さそうだ。
実際手にしてみると、トビギツネは痩せて野性味のある小型犬と言った感じの生き物だった。
「まさかここでの初猟果が空飛ぶキツネとはね・・・」
自分で殺した命だ。食わないにしても、苦労して藪漕ぎしながら全部拾い集める。回収したところ、数えた通り7匹落としていた。
落ちていた空薬莢も全部で7発分。M1100の薬室と弾倉に1発ずつ残っていた弾を脱砲して弾刺しにしまい、他の皆と合流する。
「ハル、お疲れ様。すごいな君の弓矢は」
獲物の詰まっているであろうボロ袋を担いだターミンが労ってくれる。
その隣では足元に同じようなボロ袋を置いたサンバーが微動だにせず突っ立ってこちらを興味深げに見ているようだが、フードをすっぽり被っているせいで顔はほぼ見えない。
「遅い。日が高くなればなるほど獲物は山奥に行って出会いが少なくなる」
「7匹獲れた」
相変わらずのエルクをガン無視して、獲物の入ったゴミ袋を足元に置いた。
「初めてのキツネ狩りで7匹。やるなハルト!。それにその透明の袋、すごいな。みせてくれないか」
自分にとってはただのありふれたビニールに過ぎないが、彼らには縫い目もない透明の袋は珍しいようだ。
「ふーん。ずいぶん薄いんだね。これはすごい。魔法の品かい?」
「いや、俺の世界ではビニール袋っていうありふれたただの袋だよ。欲しければまだたくさんあるから後であげるよ」
「いいのかい!頼むよ!イガリからも聞いてはいたけど、君の世界はやっぱり凄いところだな」
対人スキルの高いターミンのおかげで、ずっとピリピリしているエルク由来の居心地の悪さが紛れているのであった。ちょっとだけだけど。