初めての出猟
スマホのアラームで目覚め、二度寝の魔力に吸い込まれる事なくベッドから軽やかに飛び起きる。
猟に行く朝は毎度そうだ。二度寝よりも、山の誘惑の方がよほど強い。
さっさと猟に行く格好を整えて、自室でビスケットとチョコレートを齧り、コーヒーでカフェインをキめて朝食を済ませる。
外の気温はだいたい忍び猟で通う冬場の山と同じくらいなので、猟装は特段変える必要は今のところなさそうだ。
疲れているだろう二人を起こさないように出来るだけ静かに部屋から出る。
1階まで降りて銃砲店内で装備の最終チェック。ここは日本ではないらしいので、狩猟者バッヂや登録証、銃の所持許可証なんて持たなくてもいいはずだが、なんとなく落ち着かないので一応全部身につけている。
建物から出る前にリアルツリーオレンジのハンティングベストを羽織り、ベルトの弾刺しの他、左右のポケット内の弾刺しにも12ゲージの弾をセットして完全に準備完了だ。
「よし、行くか・・・」
意を決して、ドアを開け放った。
森の香りに満ちたの冷たい空気を感じながら外へ踏み出すと、昨日の女と、そのほかに二人のダークエルフ達が待ち構えていた。
「ちゃんと出てきたか。もう少し遅ければ火をかけていたぞ」
「朝から物騒だなぁ。あ、そういえば、俺の名前は矢絣春人。よろしく」
「私はエルクだ。精々死なないように足掻いてみろ」
腕を組んで顎をツンと上げている彼女の手厳しい態度に先が思いやられるというか、初っ端から精神を削られる感じだ。
「やあ、人間のハルト!俺はターミン。よろしく!にしてもすごい格好だね!」
エルクの後ろにいたスラっと背の高い男が思いの外愛想のいい感じで挨拶を返してくれた。エルクと同じ銀髪褐色肌、パッチリした赤い瞳の目に鼻梁の通ったえらいイケメンだ。
「サンバー。とりあえず頑張れ」
テンション低めで怠げな雰囲気を出すもう1人は挨拶は返してくれたものの、頭からすっぽりとフード付きのマントを羽織り、顔もあまり見えない事もあって少しとっつきにくそうな相手だった。
「ターミン、サンバー、よろしく!」
一応、舐められないように威勢よく挨拶をしておく。
ダークエルフの一味という事以外正体不明、ファーストインプレッションな相手だ。下手に出たりして舐められるのは避けたい。
「じゃあ、さっそく行くか!獲るぞー!」
長身イケメンのターミンが溌剌と出発の号令をかけた。
狩猟開始前のミーティングとかないらしい。少人数で連携するスタイルなんだろうけど。
ダークエルフ達の装備はみんな似たり寄ったりで、フード付きの黒いマントを羽織り、中はベージュ系の柔らかそうな服を着ている。足元は革のブーツのようだ。
背に矢筒を背負い、得物はショートボウ。左腰には短剣というスタイル。
短剣とは別に、羽子板みたいな物も腰に下げているがさっぱり用途不明だ。マントの腰部分が膨らんでいるので、そこにも何か装備しているのだろうと思う。
「・・・お前、その格好で森に入るのか?」
ターミンの出発号令をガン無視したエルクが、不信感満載の目でこちらを睨め付けてくる。
「あ、ああ、俺はいつもこんな格好だけど、なんかまずい?」
「そんな派手な色では目立ちすぎる。その変な格好では獲物を見つけるより先に獲物に見つかってしまう」
「あー、なるほど」
指摘された格好といえば、リアルツリー柄のオレンジベストに、オレンジ色のソフトシェルパーカー、同じくオレンジ色のレミントンキャップのド派手ハンターカラーだ。
パンツと登山靴はベージュだが、靴から膝下をカバーするゲイターもオレンジ色と、とにかく目立つカラーリングである。
「イガリも獲物のいる所に向かう時に目立つ帽子をかぶっているが、お前たちのしきたりか何かか?」
「あー、まあ、そんな感じかな。あと、鹿とか猪にはオレンジ色は見えないらしいんだよ。人間の目には派手に、獲物には地味に見える装備ってこと」
「ふん、にわかには信じられないな。誰か鹿の目と視界共有の魔法でも使って調べたのか?」
「あー、うん。そんな感じだと思うよ」
適当な事を言って誤魔化すが、実際どうやって四つ足動物の見ている世界を調べたのかまでは知らない。
「そうか。まあ、お前が獲物を獲れなくても私にはどうでもいいが、私達にとっては生活の糧だ。邪魔になるようなら殺す」
「おっかなすぎるだろ。もうちょっと優しくしてくれよ・・・」
「ふん。とにかく、お前の存在価値を確かめさせてもらう。行くぞ」
エルクはサッと踵を返し、ツカツカと出発してしまった。
ターミンとサンバーも別に慌てるでもなく、当然のようにズンズン先に行ってしまう彼女の後に続く。
「おーい、はぐれちゃうぞー」
少し呆気にとられて出遅れた俺に、ターミンが振り返って声をかけてくる。
「さすがに土地勘がないんだから、まずはしっかりついてくるんだ。君の実力はまだ未知だけど、危ないモンスターもいるからね」
パチンとさりげにウインクを投げてくるターミン。さすがはイケメン、コミュ力もイケメンだった。
「お、おお。よろしくお願いします」
ターミンは話ができそうなタイプだ。よかった。みんながみんなエルクみたいだったらどうしようかと思っていた。
そしてしばらく後に着いていくと明らかに景色が変わり、異界の森に踏み込む。ほとんど素性もわからないダークエルフ達と共に、生き残りをかけた狩の始まりだ。
エルク猟隊は木々の開けた場所から、白い大木の乱立する森に入った。
森に手入れがされているのか、下草やごちゃついた低木なんかの障害物が少なく、まだ歩きやすい。そんな森の中を、ゆるゆると曲がりくねりながら伸びる獣道を行く。
無言で迷いなく先頭を進むエルクと、その後ろにサンバー、俺、殿にターミンというフォーメーション。やはりエルクがリーダー格のようだ。
一応、ターミンが後ろから気をかけてくれている。単に監視役なのかも知れないけど。
「ハル、君が肩に背負っているのがイガリの言っていた魔法の弓矢かい?」
ターミンが後ろから耳元に小声で話しかけてくる。どうやら猪狩のじーさまから鉄砲のことを聞いているようだ。
「そうだよ。猪狩さんがどう説明したか知らんけど、俺らの弓矢みたいなもんさ」
「イガリからその魔法の弓矢はとても強力故に危険で、認められた者にしか扱うことが出来ないと聞いている。イガリはもう扱えなくなって手放したとも言っていたね」
猪狩は年齢的にもう重たい銃を持って獲物を追い回すのがキツくなったのかもしれない。よく聞く話だ。
「まあ、実際のところ試験とか色々と合格しないと触ることすら許されない物ではあるよ。本当に危ないし」
「凄いじゃないか。特別なんだね君は。その矢を放つ様を早く見てみたいよ」
そう言ってターミンはイケメンスマイルを放った。
「ターミン、ハルト、静かにしろ。そろそろ獲物がいるエリアだ」
ほんの僅かに振り向きながら、エルクが苛立った様子を醸し出してくる。
「すまないエルク。ハル、そろそろ気を付けて」
ターミンがより小さな声で囁き、少し後ろに離れていった。
それからもう少し森の奥に入った時、エルクがピタッと立ち止まり、振り返らず左手で止まるように指示を出した。彼女の指示通り、後ろの3人も立ち止まり気配を探る。
俺もサッと肩から銃を下ろし、ガンカバーを静かに外す。
別に隠す必要もなかったのに、ついガンカバーを今の今までかけっぱなしだった事は反省点だ。マジックテープの音がしないように静かに外すのは意外と難しいし、こんな事してたら獲物に逃げられてしまうと内心焦る。
いったいどんな獲物が飛び出すのかわからないので、どの弾を込めようか迷いどころだ。スラッグか、大物用のOOB弾か、鳥~小動物用にバラ弾か。とりあえずいつでも装填できるように、どの弾がどのホルダーにあるか確認して身構える。
その時---
後ろで風が舞った。ターミンが何かに反応して素早く身を翻したのだ。
バシッ!っと、振り向くと同時に、何かがぶつかる音と、獣の悲鳴のような声が弾けた。
「な、なに⁉︎」
ターミンの背後から覗き込むと、そこにはビクビクと痙攣する、小型犬くらいのサイズの焦げ茶色の生き物が落ちていた。
「トビギツネだよ。木の上から飛んできて、背後から獲物に食らいつく厄介な奴らさ。これが増えると俺たちの獲物が減ってしまうんだ」
腰につけていた謎の羽子板は対トビギツネ用の武器らしく、どうやらそれで飛んできたトビギツネを叩き落としたようだ。
地面に伏せた瀕死の獲物に短剣でトドメを刺しながらターミンが教えてくれる。
「ほら。ここに飛ぶための膜があるだろ。これを使って静かに飛んでくるのさ」
ターミンは息絶えたトビギツネの首根っこを掴んで前脚を持ち上げて見せた。
確かに、顔はキツネだが、まるでムササビやモモンガのような皮膜があり、口からは鋭く長い犬歯が飛び出ている。
「これ、食うの?」
俺のハンティングへの情熱の根底にあるのは食い意地だ。美味しい物を食うために猟をしているのだ。仕留めた獲物が食べられるのか食べられないのかは一番重要な事だ。
「うーん。正直いうとトビギツネはそんなに美味しくはないんだ。ただ、こいつらは毛皮がいいから、毛皮を利用して何か作ったり、人間に売ったりするよ」
「なるほど」
実食レビューは残念なようだが、キツネを食べたことがないので味見はしてみたくはあった。
「ターミン!サンバー!まだたくさんいるぞ!気を付けろ!」
エルクの声に仄暗い樹上を見上げると、ハッキリとは姿を見せないものの、何かが蠢いて居るのがわかる。
狡猾な捕食者たちが飛びつく機会を窺っているのだろう。
エルクは、横合の低めな位置から飛びついたトビギツネの頭を、ラケットでスマッシュを決めるように叩き落とし、トドメを刺す必要もなくその一撃で絶命させていた。
「エルクこええ・・・」
飛びつくキツネたちをバチンバチンと叩き殺すエルクにちょっと引く。
自分もさっさと準備しなければと、ハンティングベストの左ポケットから7.5号弾を3発取り出す。
「ハル!危ない!」
しゃがんで7.5号弾を装填していたところに、ターミンが叫ぶ。
ターミンのカバーできない範囲から獣が背後に向けて飛んだのだ。
「マジか」
振り向いたすぐ目の前に、捕食者の顎門が迫っていた。
ご覧いただきありがとうございます。完結まで書き続けたいと思いますので、よろしくお願いします。