ダークエルフ
猪狩が去ってしばらく経った。
たまに窓からチラッと外を覗いても、相変わらず陰気な森の景色が広がっているだけでなんの変化もないし、誰かが来る気配もない。見えないところから監視はされてるんだろうけど。
交渉が難航でもしているのだろうか、猪狩が戻ってこなさすぎて不安と焦りが募るばかりだ。
社長は疲れたのかソファーに寄りかかって顔だけ天を仰ぐような姿勢で寝てしまったし、先輩は膝を抱えて丸くなって微動だにしない。
---そんなこんなで、事態が進展しないもどかしさと、ちょっとした好奇心が制御を失い、少し外に出てみたくなってしまった。やる事もないし仕方ない。
ドアから少し出て様子を見るだけだ。猪狩の爺さんが平気なんだし、こちらの様子もそのダークエルフ達に伝えてくれているはずだし、命の危険はない気がする。
ソファーの二人を刺激しないようにそっとドアに向かい、亀が甲羅から顔を出すように、ゆっくりと周囲の様子を伺いながら外に出た。
---秒で後悔した。
「い、いやあ、どうも。こんにちは。ははは」
---好奇心は猫を殺す。後悔と共にそんな言葉を思い出した。とりあえず挨拶と愛想笑いしてみる。
「ここで生きたければ力を示せ。さもなくばここを去るか、死ぬか。選べ」
出来心で店から出てすぐ、影から湧き出たかのように突如現れた銀髪に褐色の肌の若い女に、鏃の先が刺さりそうな距離で弓矢を突きつけられ、一方的に選択を迫られていた。
煌く銀糸のような長い髪に、尖った耳、やたら整った顔立ち。ルビーのような赤い瞳のその女の姿は、なかなか現実離れしている。
これが猪狩の言っていたダークエルフだろう。ファンタジー小説なんかでは大凡悪役で描かれているが、ファーストコンタクトの印象はまさにそんな感じだ。
野生の肉食獣の様に容赦のない、話が通じなそうな相手だ。
心臓が止まりそうなほどの殺気を放つ彼女の迫力に、出会った瞬間に一瞬で降参のポーズをとった。
店内から外を見た時は気配すらなかったのに、今や彼女を筆頭に十数名のダークエルフ達に囲まれていた。
戦装束なのか、普段着なのかわからないが全員黒いマントを羽織り、その下には身軽そうなレザーメイルを身につけている。
取り囲まれて店のドアの前で情けなくホールドアップし、どうしたらいいものか思考を巡らせていたが彼女が何を求めているのか測りかねている。
武器を突きつけられながら死を含む選択肢を提示されるなんて、平和な日本育ちでは経験する事もほぼないだろう。
「イガリからお前は狩人だと聞いた。イガリは我らの盟友だ。彼が貴様らを迎え入れてほしいと言わなければ問答無用で殺していた。だからこうして選択肢を与えているんだ。どうするか早く答えろ」
どうやらあの罠猟師の爺さんは物騒な彼女達の信頼をちゃんと得ているらい。
なんで戻って来てくれないんだよと心の中で少し愚痴る。
こうして彼女の言葉を理解できているのも、爺さんがくれた"言葉が通じるようになる魔法の首飾り“なるアイテムのお陰のようだ。
「わ、わかった。獲物を獲れればいいってこと・・・?」
猪狩の言っていた通りなら、彼女らが納得するような狩りのスキルを披露するしかない。働かざるもの食うべからずといったところだろう。
「そうだ。我らダークエルフは森に生きる狩人。獲物を仕留められない者に存在価値はない。ましてや同族ですら無い、どこから来たかも知れない人間なんかな」
「あ、あの、イガリさんはどこですか?」
「イガリなら族長と話をしている。私は族長の遣いだ」
「わ、わかった。じゃあ、狩りの準備をさせてほしい。ちゃんと獲物獲れれば俺らは殺されないし、ここにいていいってことね?」
「我らが納得するような獲物が獲れれば、だがな。夜明けまで待つ。必ず出てこい。もし出てこなかったらこの妙な建物に火を放つ。いいな?」
無言でうなずき、弓を下ろした彼女とその後ろの方に控えていた数名のダークエルフ達は、見張りっぽい人員を残して木々の向こうへ帰っていった。
張り詰めた殺気から解放され、フラフラと店内に戻り二人に事情を説明する。
「マジ?ちょーっと危なすぎない?大丈夫とは思えないんだけど」
「でも行かないと放火されちゃうんでしょ・・・?」
「まあ、この建物は鉄筋コンクリの耐火建築だから耐えられそうな気もするけどなぁ・・・本当に魔法とか使われたらどうなるかわかんないけど」
店内にいた二人にダークエルフと邂逅したこと、どうやら猪狩のおかげで猟果さえあげればなんとか生存を許されるらしい事を伝えた。
勝手に外に出た事に対して二人からこっ酷く叱られ、明日の夜明けに彼らと共にハンティングに行く事を伝えて唖然とされる。
しかし、行かないと店を燃やされると言うことで、二人とも心配しつつ助かる方向性がそれしかないのか考えているようだった。
「俺、行きますよ。いいと思える選択肢それしかないですし。こんな訳の分からない世界、この拠点を捨てて出て行った方が生存確率下がりますし」
「うーん・・・。俺も行こうか?さすがに春君だけ行かせるのも雇主的にも年長者としてどうかと思うし」
どちらかというとビビリな社長が珍しく勇気ある提案をしてきたが、正直、年に数回北海道でガイド付きの楽チンな流し猟しかしない、運動不足な社長には酷な気がする。
「いやあ、とりあえず一人で行ってみますよ。社長になんかあった方が困るし。ヤバかったら乱射して逃げてきますよ」
冗談を交えつつ傷つけないように伝えると、
「あ、そう。了解ー」
ちょっと安堵感を隠せてないトーンで返事が返ってきたのであった。
しばらく今後の不安点なんかを話し合っている内に、元々薄暗かった森に夜の帳が降り外は完全な暗闇となった。
冷蔵庫にあった早く食べないとダメになりそうなものを集めて簡単な夕飯を済ませ、各々部屋に戻る。
この建物は地下一階付き、地上三階建ての4層構造だ。
地下は防災グッズとか、ゴミなのかコレクションなのか判別のつかない社長の私物が詰め込まれた倉庫、1階は銃砲店。2~3階は居住エリアになっている。
社長の部屋は3階にあり、俺の部屋は2階の隅っこにある。2階には風呂トイレもあるが、これから水回りはどうしたもんかと言ったところだ。屋上に非常上の水タンクがあるのでトイレと手洗いだけならしばらく保ちそうだが、そもそも排水溝がまともに機能しているとは思えない。
先輩は3階の空き部屋を使う事になり、とりあえずそれぞれのパーソナルスペースは確保された。
自室に戻って早速、一度作った巻狩りセットをまた床にぶち撒けて明日の猟用のセットに組み替える作業に取り掛かる。
「うーん・・・銃はM1100でいいな。弾は一応スラッグと9粒のOOBそれぞれ5発ずつでいいか?・・・いや、何があるかわかんないしスラッグは10にしておこうかな。そもそも獲物はなんなんだ?」
ぶつぶつ独り言を言いながら、これまで経験してきたハンティングの脳内アーカイブを再生して、適切かなと思う装備を作っていく。
結局出来上がった装備は、M1100にスラッグ弾10発とOOB弾5発、鳥や小動物が獲物だった時に備えて狩猟用7.5号弾25発。
バレルは26インチのスラッグ銃身ではなく、28インチのリブ銃身に換えて7.5号弾でも回転するようにした。
長いし重いが、それよりもちゃんと撃てる事に重きを置くことにしたのだ。
社長曰く、「あんましリブ銃身でスラッグなんか撃たない方がいいよー」との事だが10発程度なら問題ないだろう。
「こういう時ポンプアクションはいいよなぁ・・・」
俺のM1100は撃発時のガス圧を利用して廃莢と次弾装填をする。
26インチの短いバレルで、いわゆるクレー射撃に使うようなバラ弾を撃つと、ガス圧が足りずに回転しないのだ。
その点、ポンプアクション式ショットガンは手動なため、どんなバレルでどんな弾を撃ってもほぼ問題なく回転する。
社長と相談して、M1100のポンプアクション版みたいなM870を持ち出そうかとも思ったが、今まで扱ったことのないポンプアクションより、使い慣れた自分の銃を使うべきだろうという結論が出た。
とりあえず、猟場に行くまでの大きな登山リュックから忍び猟の時に猟場で背負うミステリーランチの狩猟用リュックに解体用の刃物類、ゲームバッグ、応急セット、行動食、予備弾を詰めてとりあえず荷造りは終わりだ。すぐに使う弾を入れた弾差しと、止め刺し用の大きめのナイフはデューティーベルトにセットしてある。
"明日の夜明け"が何時頃なのかわからないので、とりあえずスマホと腕時間で7時間後くらいにアラームを設定して布団に潜り込んだ。
明日はいったいどんなハンティングになるのか。
シチュエーションは?獲物は?
もし何も獲れなかったらあの弓矢で射殺されるのか?
不安が募り鼓動が高鳴り続ける。
しかしその心の底には、未知の世界で狩猟に挑む事への高揚感が渦巻いているのを自覚していた。
すでにアドレナリンが出てしまっている気がする。
「あー、今夜は絶対眠れないなこれは・・・」
そう言いながら、1時間後には夢の中に落ちていた。