銃砲店にて
2月13日、金曜日
いつもながら荷物が多い。フローリングの床に所狭しと広げたハンティングギアを見るたびにそう思う。しかし、こんなものいるか?と装備から外すと必要になって現地で後悔する事もあるから仕方ない。
めちゃくちゃに置いてあるように見えて、並べた本人的には並び順の秩序がある。
普段着の着替え、猟の時に着るハンティングウエアー、偏光レンズのサングラス、刃物類、行動食、水、ロープ、地図、救急キット、弾(12GAスラッグ5発、OOB5発)10発、銃の所持許可証に狩猟者登録証。
今期から念願の狩猟に挑んでいる俺---矢絣春人が猟に行くための下準備だ。
忘れ物がないか全てチェックして、真っ赤な登山リュックにパンパンに詰め込む。
猟に行くための準備も、だいぶ慣れて手早くできるようになってきた。
狩猟を始めて3ヶ月、長時間の山歩き&重たい獲物の回収と解体のおかげで、身体つきは少しずつ逞しくなって来ていた。山ばかりの本州でのハンティングはそれ程体力を使う。
「よっし!後は鉄砲だけ!」
ビシッと、格好ばっかりの指差し確認とともに、明日の出猟を想像してテンションを抑えきれず声が出てしまう。
明日、明後日は猟期最後の土日。
初めて挑んだハンティングシーズンが終わってしまう寂しさもあるが、終わったら終わったで、今度は射撃のシーズンがくる。
射撃に勤しんで、また次の猟期に備えるのだ。
と言っても、終わるのは猟友会の巻狩りだけで、仲良い友だちと忍び猟に行っている他県の猟場は狩猟期間が延長されていて3月15日まで猟が出来るので、そっちでは後1ヶ月遊べる。
18歳でクレー射撃協会に加盟して推薦を受け、普通の人より早くクレー射撃を始めた。大学でも射撃部に入ってそれなりに真面目に撃っているつもりだが、元々クレー射撃がやりたかったわけではなく、狩猟目的で銃の所持を始めた。普通に暮らしてたら手に入らない肉、自分の手で手に入れた肉を食べたいという食欲の賜物だ。
そんな努力?が身を結び、初の猟期でもそれなりの獲物をとることができた。
その記念すべきハンティングトロフィーは、六畳ほどのこの部屋の壁に白骨化させて、でーんと飾ってある。
壁のハンティングトロフィー以外にも、鉄砲関係、狩猟関係の本やグッズに溢れ、まるでアメリカの田舎の家の様相になりつつあるこの部屋は、俺がバイトしている立花銃砲火薬店の2階の一角だ。好きに使っていいと言われ、本当に好き放題に使っている。
推薦を得てすぐ、俺はこの店で初めての実銃を手にした。
人生初の銃は中古の元折式上下二連銃。
日本に現存する唯一の国産メーカーの銃で、程度も良かったし、若年で射撃を始める俺にプレゼント的な感じでここの社長が安く出してくれたのだ。
その後、この店で狩猟用の銃を更に二挺購入し、現在三挺の銃を所持している。
最初はただの珍しい若い客に過ぎなかったが、大学の射撃部の先輩がここの社長の姪だったり、なんだかんだの縁でここでバイトすることになった。
銃以外の荷造りを終え、重い荷物を背負ってルンルンと足取り軽く1階への階段を降り、居住空間と店舗を仕切るドアから店舗スペースに入った。
店内は黒を基調とした内装で、壁一面、ショーウィンドーの中に銃がズラッと並んでいる。
そんな感じの銃砲店の店内は、自分にとっては日常的な空間だが厳しい銃刀法の下、銃のない日常生活を送っている普通の日本人にとってかなり非日常的な空間だろう。
特に、この店はレイアウトからしてアクション映画に出てくる武器屋そのものだ。
「うわ、またデッカい荷物背負ってるねー」
機械油とコーヒーの香りが漂う店の中、パンパンのリュックを背負って2階から降りて来くると射撃部の先輩、伊坂美奈が来店していた。彼女はここの社長の姪でもある。
髪型こそスポーティなベリーショートだが、色白でかなり華奢。背も小さいため、とても銃を撃つようには見えない。本人も射撃場にいると知らんおっさん達にそんな事をよく言われて絡まれるので辟易しているようだ。
しかし、美奈の射撃の腕前はなかなかの物で、教えたがりのおっちゃん達も美奈のスコアをみてそっと退散していくのはもはや見慣れた光景だった。
「あれ、先輩来てたんですね。そういえばお久しぶりッス」
「ほんと、猟も良いけど部活は普通にあるんだから、こっちにもちゃんと顔出しなよね」
「あー、もう、明日明後日で巻狩りは終わりッスから・・・忍び猟は延長期間のエリアで後1ヶ月やりますけど」
「元気だねぇ・・・。なんか、ちょっと身体ごつくなってるし」
狩猟熱に呆れ半分という感じで、美奈は応接の黒いソファーにぐったりもたれかかった。
美奈は狩猟はやらないのだ。
彼女曰く、「ハル君は獲ってくる人!私は食べる人!」らしい。
暫しの間、2人で猟の話やら部活の話をグダグタしていると、店舗応接室の隣にある、在庫銃や弾薬庫を保管する倉庫兼、ガンスミス的な作業をする部屋とを繋ぐ鉄の扉がガチャリと開いた。
隣の部屋から白い段ボール箱を2箱抱えてヨタヨタ出てきたのは、ここの社長である立花順三だった。
野暮ったいカーキ色のセーターに、年季の入ったジーンズを身につけ、年の頃は50後半、白髪まじりの短髪で身長は春人より少し低い、眼鏡で小太り気味なおっちゃんだ。
後ろに反り気味になりながら社長が抱えている小ぶりな箱は、見た目よりずっと重たい。何しろ鉛と火薬がたくさん詰まっている。
「美奈ちゃん、この弾500発でいいんだよね?」
「うん。明日明後日と来週も撃ちに行くから500でオッケーだよ」
「はいはいー、じゃあ火薬の譲受証出しといてねー」
「はーい」
鉄砲屋でよくある会話だ。弾の種類と量の確認、あと弾を買う為の許可証の提示と記入。この手続きも大切な仕事である。ミスると警察的な意味でヤバい。
「ああ、社長、運びますよそんな重いの」
サッと社長のもとに行って手を差し出す。一応雇用主だし色々世話になってる以上、できることは積極的にやる。
最近、あっちが痛いこっちが痛いと関節に悩みを抱え始めたお年頃なので、店で重い物を運ぶ時は特にだ。
「これくらい大丈夫だよ。それより、自分の鉄砲出すなら今のうちに出しときな」
そういって、社長はヨタヨタと重たそうに応接のテーブルまで弾を運んで行った。
「あー、了解です。じゃあ自分の銃取ってきますね」
自宅に銃を保管するのは何かと面倒なので、俺はこの店に委託保管という形で自分の銃を置かせて貰っている。
社長と入れ替わりで鉄扉をくぐり、ケミカルな香り漂う散らかった作業スペースを抜け、店の最奥にある銃専用の倉庫に入る。
頻繁に倉庫から引っ張り出す愛銃は、入ってすぐ一番手前のガンラックに立てて並べて厳重にチェーンロックされている。
禍々しく黒光りするような自動銃とボルトアクションハーフライフル銃、クラシカルな元折式上下二連銃の三挺が俺の相棒達だ。
明日、明後日は巻狩りに行く。
巻狩とは、複数名で山に入り、それぞれタツマと言われる決められたポジションに着いて獲物を待って撃つ役割と、犬を放って獲物を追い立てる勢子と言う役割の連携で獲物を獲る、スタンダードな狩猟の技法だ。
自分は専らタツマだ。勢子は山を知り尽くしている上に、猟犬を飼っている人にしかできない役目なのだ。
巻狩では犬に追い立てられた獲物が全力で走ってくる。獲物がタツマの至近距離を駆け抜けてくる事もあるので、チョイスするのは引き金を引くだけで3連射できる自動銃のレミントンM1100。
銃身は26インチのスラッグバレルで交換チョーク式のものだ。
アイアンサイトだと獲物にしっかり当てられる自信がないので、レシーバーを加工してマウントレールにオープンタイプのドットサイトを乗せて使っている。
この銃は世に出てから既に50年以上経っていて、今となっては型落ちも良いところなモデルだ。
しかし「世界で一番売れた散弾銃」らしく、故障しても替えパーツも入手性がいいし、トラブルシューティングできる人も多い。自分のこの愛銃も、出会った時は中古のぼろっちい物だったが、社長がパーツを変えてくれたりと、手を尽くして綺麗にしてくれた。
ついでに、クレー射撃や鳥撃ちに使えるリブ銃身も中古で売っていたので、それも一緒に購入することで用途の幅を広く使えるため選んだ一挺だ。
M1100はガス圧で廃莢装填するタイプなので、機関部に煤がたくさんついて掃除も手間がかかるし、重たいしでたまに嫌になるが、それも含めて割と愛着が湧いている。
ちゃちゃっとロックを外し、手にしたM1100をオレンジ色の銃袋に入れ、更にソフトガンケースに仕舞い込む。
それでやっと銃のお出かけスタイルの完成。
もし裸のままの銃を公道に出したら即、銃刀法違反で鉄砲の許可は取上げになってしまう。
中身が入ってずっしり重たくなったガンケースを肩にかけ、チェーンをしっかり締め直して店に戻る。
間にテーブルを挟んで、二人がけ用の黒いソファーが二脚向かい合っている応接スペースでは、どこの射撃場で誰に会ったとか、あの鉄砲が欲しいとか、立花社長と美奈が射撃談義に花を咲かせていた。
重たいリュックと銃をソファーの後ろに置き、美奈の隣にどっかりと腰掛け、射撃の話に混ざる。
議題は次欲しい銃は何か、というよくあるネタに及び---
「ー--俺は次欲しいのは410番のレバーアクションですね。こないだ見たウエスタンな映画でめっちゃカッコよくて」
「また渋いとこいくねえ。何に使うの?」
「うーん・・・罠のトメとか?」
銃の所持許可において「かっこいいから」とか「ただ欲しいから」という理由は許されない。明確な使用目的、こういうシチュエーションでの狩猟で使うとか、標的射撃で使うためとかいう、ちゃんとした理由が問われるのだ。
「まあ罠のトメなら使えるけどねえ。巻じゃあ威力的に歓迎されないし、忍びで使うにも微妙だよね」
「ロマン枠といえばロマン枠ですけど。欲しくなったものは仕方ないッスよ」
銃砲所持者が3人集えば話すネタが尽きることは中々ない。趣味の集いの中でもなかなか濃い方だろう。
「ハル君、猟期明けたらすぐ新歓期間になるんだから、そこら辺はちゃんと手伝ってね」
「も、もちろんですよ先輩」
猟期中にまったく部活に顔を出してない分、射撃部の部長である美奈に対してちょっと徳を積まなくちゃならないな・・・。
ただでさえ参入障壁の高い射撃という競技な上に、他のメジャースポーツと競り合う新歓はなかなか難易度が高い。
が、新入生を獲得できなければ数年で廃部になってしまうし、毎年毎年苦心する重大事項だ。
今のところ、現役部員どころかOB、OGまで出動してなんとか毎年10人ほど新入部員を確保している。
そんな取り止めのない会話を三人で繰り広げていた時だった。
--突然、世界が暴れ、壊れた。