休息
「ほんっと無謀」
稼働していない冷蔵庫の中身を寄せ集めて作った夕飯を食べつつ、今日の報告をし合う。
今日のハンティングであったこと(飛んでくる凶暴なキツネとかデカい鹿に突き飛ばされて踏まれたこととか)を話したら、この異常事態にやられて顔色も機嫌も悪くなっている先輩に普通にキレられた。
正直、命を張って行ってきたのに理不尽だなとは思ったが、状況的に仕方ないので反論はしないでおく。その方がきっと平和だ。
「まあ、とりあえず"オマエコロス!"みたいな感じじゃなくなったから当面大丈夫だと思います。話してみれば結構いい人たちだし」
「まだ俺たちは罠師の爺さん以外は顔すら見てないからなー」
「明日迎えにきたらのお楽しみですよ。あ、社長、冷凍庫の中身の鹿とか鴨とか、献上品にしたらいいかなと思うんだけど」
「あー、手土産ね。大量にあるし持って行こうか。御歳暮でもらった酒もたくさんあるから持って行こう」
「私も行かなきゃダメなの?全然行きたくないんだけど・・・」
「これからの為に顔合わせはしておいたほうがいいんじゃないかなー。春君の言う通りなら悪い人達じゃなさそうだし」
「ターミンは特にいい奴ですよ。エルクはちょっと・・・いや、だいぶキツい性格してるかもだけど・・・」
先輩は全然行きたくなさそうな感じをバリバリに出してるが、明日は行ったほうが良いだろう。ずっと引きこもっているわけにはいかないし、どうせそのうち顔合わせするなら早めに終わらせた方が得策だ。どうしたら先輩を引きずり出せるか・・・。
「あ、社長、そういえばお風呂ってどうしました?」
「とりあえず鍋にお湯沸かしてなんとかしたよ」
「はぁ~。お風呂入りたい・・・」
椅子の上で膝を抱えて心底しんどそうにしている先輩。これだ。日本人にクリティカルなやつ。
「あ、パイセン、お風呂入れますよ。渓流沿いの結構いい感じの露天風呂。気持ちよかったな〜。明日行けばそのまま風呂入れると思いますけど?」
「え・・・・・・うーん・・・・・・じゃあ・・・・・行く」
思ったよりチョロかった。これでなんとか全員引っ張り出せそうだ。朝になって駄々こねられるとめんどいけど。
その後とりあえず解散して各々寝る準備に取り掛かる。俺はコットに倒れ込んで一瞬で寝落ちした。色々あった一日だったが寝る前に思考を巡らす暇もなかった。スマホのアラームは8時間後にセットしてある。多分、10時間寝ても間に合うくらいの時間だと思うけど。
---そしてアラームが鳴る時間になった。聞き慣れた電子音がうるさい。疲れすぎていたんだろう。まるで時間が消し飛んだみたいに一瞬だった。
まだ真っ暗だがこのまま寝袋でダラダラしてると二度寝しそうなので気合いで起きる。
「うっ・・・身体中痛え・・・」
昨日のダメージは結構なものだ。ハードだなとは思ったがここまで筋肉と関節に来るとは。
身支度をして部屋を出るとコーヒーの香りが漂っていた。もう社長が起きてるみたいだ。
「おはようございます」
「おはよー」
リビングでカステラとコーヒーを楽しんでいる社長の前に座り、卓上コンロで沸かしたパコレーターからコーヒーを注ぐ。
「豆も無駄にできないですね。この世界にコーヒーがあればいいんですけど」
「ないと悲しいよねー」
他愛無い会話から、異世界生活3日目が始まった。
その後先輩も起きて来てそれぞれ出かける準備を始める。ここの常識がどんなものかわからないが、正装は襟付きの方がいいんだろうか。
自室に置いてある服も限られるというか、基本的にわずかな普段着+アウトドアに出かける時の格好+猟装しかない。
とりあえず白いネルシャツの上にフィルソンのグレーのベストと赤チェックのマッキーノクルーザージャケットを羽織り、パンツはllbeanの黒いチノパンにした。まあ、ジーパンでもなんとも思われなさそうだけど。
ここまでアメリカンカントリーなスタイルにしたら、ついでにお気に入りの黒いステットソンも被る。足元はビーンブーツでいいだろう。
これでお出かけスタイルの完成だ。
とりあえずいつ迎えが来ても良いように皆準備して、俺は1階で待つことにした。
冷凍庫から出してきた肉や余り物の酒を手当たり次第リュックやトートバッグに詰め込んで準備完了だ。3人で分担してもめちゃくちゃ重たい。猪、鹿、雉、鴨なんかをポイポイ詰め込んだが、冷凍庫の中身はあまり減らなかった。どんだけの量が入ってるんだろうか。
準備を終えて、コーヒーを啜りながら銃のカタログを読んだり狩猟雑誌を読んだり、たまに外を覗いたりしながら過ごす。昨日とは一転、いつも通りの暇な日曜日といった感じだ。昨日疲れた分、休息出来ていいけど。
そうして待つこと半日ほど。やっと外で呼ぶような声が聞こえてきた。