帰還
「や・・・やっとスタート地点だ・・・」
緊張と興奮で支えられていた身体に疲れがドッと溢れ出してその場で倒れ込みそうになる。初めての場所で長時間のハンティング&重たい獲物の運搬なんて、激しくバテるのも当たり前の話だ。
「ハル、お疲れ様。君がちゃんと猟ができることがわかったよ。君が悪人でもないってこともね。もちろんこれからどうするかは君たち次第ではあるけど、我々は君たちを受入れる」
そう言って差し出されたターミンの握手を、一瞬握り返すのを躊躇った。この意味不明な状況全てを受入れると言うことになってしまいそうな気がした。
「あ、ああ・・・。よろしくお願いします」
しかしまあ、ここは拒否する意味もないだろう。猪狩の爺様も半年以上帰れてないわけだし、すぐには帰れなさそうな以上、彼らと迎合して世話になるのが現状一番良い選択肢じゃないかと思う。
「あ、てか今更だけどこの鹿なんなの?飛んだんだけど・・・」
「これは普通の鹿だよ。逃げるために二歩だけ空中を駆けるのは普通の行動なんだけど、君のいた所の鹿は飛ばないのかい?」
「うーん、飛ばないよ。誰も見たことないだけがもしれないけど・・・」
「そうなのか。飛べない鹿は敵から逃げるのが大変そうだね。他にもいろんな鹿がいるから今度習性を教えるよ。今はとりあえず肉を引き渡して風呂に入ろう」
「風呂あるんだ!よかったー!」
頭の片隅に風呂に入れる場所があるかどうかという心配事を抱えていたが、どうやら大丈夫そうだ。彼らの指す風呂がどんなものなのかはわからないけど。
「今日の所は合格だ。何度も言うように、条件を完全にこなしていない以上まだ試させてもらうからな」
エルクが釘を刺すようにこちらを睨め付ける。疲れてるしもうちょっと優しくしてくれてもよくない?
「あと、風呂はいいが我々の村の中心に入るのは明日だ。今はまだ族長の許可を得ていないからな。許可が得られれば明日顔合わせさせる」
「了解。じゃあとりあえず明日は狩りはなしって感じ?」
「明日は我々の狩りの日じゃないからな。とりあえずさっさと帰るぞ」
エクルもさすがにお疲れの様子だ。そりゃあの華奢な体で重たい肉を背負ってきたんだから疲れるだろう。
木々が濃いエリアを抜けてもそこはまだ山林の中であることは変わらなかった。誰かの手で整備され、木々が間引かれた平らな場所という感じだ。
村の方に向かう途中、何人かのダークエルフ達と合流して肉を預ける。
彼らは興味半分警戒半分的な目でこっちをチラチラ見てくるが、特に話しかけてくる事もないままエルク達といくつか言葉を交わして去っていった。
その後、緩やかな下り坂をゆるゆると歩いて沢沿いに降り、それなりに流量の多い沢から水を引いてすり鉢状の湯船に溜めた風呂に入ってやっと一息つくことができた。
こんな世界で秘湯のような風呂に入れるなんて思ってもいなかったのでかなり満足感がある。やっぱり、過酷なハンティングの後に入る風呂は格別だ。